経営に役立つコラム

【賢者の視座】サグリ株式会社 坪井 俊輔

死ぬ間際に自分の人生に後悔したくない。
だからこれからも社会貢献を続けていきたい。

サグリ株式会社
坪井 俊輔

大好きな宇宙に関わる仕事がしたい――子どもの頃の夢を胸に、大学在学中に起業したサグリ株式会社の坪井俊輔代表取締役社長。
教育事業に携わる中で出会った途上国の現実や貧困問題、そして農業ビジネスへの参入など、「社会貢献」を軸に挑戦が続く。

舞台はグローバル!教育や農業への貢献を通じてひとりでも多くの人を幸せにしたい。

サグリ株式会社 坪井 俊輔

子ども時代に誰もが一度は抱く大きな夢。しかし人は成長するにつれ、周囲から「現実を見ろ」とたしなめられる機会が増え、いつのまにか夢を忘れて実現可能な目標へと置き換えるようになる。26歳の坪井俊輔社長もそのひとり。「宇宙飛行士になりたい」「宇宙エレベーターを創りたい」という夢を持っていたものの、中高一貫の進学校で同級生が現実的な夢にシフトしていく中、ひとり夢を追い続けて周囲から浮いてしまい、いじめに遭った経験を持つ。

「人に合わせられない自分は変わっているのか?と、精神的にもがいた思春期でした。同時に、自分が否定されてつらい想いをした分、周囲を否定しない環境を作りたいという気持ちも強く持ちました」

そんな坪井社長も一時は周囲に合わせるように横浜国立大学理工学部へ進んだが、やはり夢は捨てがたく、宇宙関連の研究室に所属。同じ頃、ボランティア活動で東京・神奈川の中学生と接する機会を得て、かつての自分と同じ状況の子どもたちに出会う。「小学生の頃、あんなに自分の夢を語っていたのに、いつのまにか言えなくなってしまう環境。これを変えたい。そのために自分にできることは何か?と考えたとき、宇宙をテーマに教育事業を始めればいいと考えました」

2016年6月、大学3年生のときに株式会社うちゅうを創業。小学生向けの宇宙教室を開催する民間初の企業となった。関東・関西でのスクール運営や出張授業のほか、大企業との連携プロジェクトなどを実施し、最近ではオンライン授業にも着手する。

「出張授業では小学生がロケットを飛ばす実験などに参加できますし、企業と組んでJAXA(宇宙航空研究開発機構)での宇宙飛行士訓練体験も企画しました。小学生でもできることをどんどん体験させて、限界を突破させたい。そんな思いを周囲に伝え、行動し続けるうちに仲間がついてきてくれるようになり、まだ学生でしたが起業を決意しました」

とはいえ、初年度の売上は年100万円程度。毎月赤字で金融機関から融資を受けながらなんとかやりくりしていたが、坪井社長自身はもちろん無給。「大学を休学して事業に専念したい」と両親に伝えると猛反対を受けたため実家を飛び出し、会社で寝泊まりする毎日だったという。

教育から農業へ。視点を拡げた途上国の現実

そんな中、2016年夏に教育事業の一環でアフリカ・ルワンダの小学校を訪れたことが坪井社長の視点を大きく転換させる。

ルワンダの小学生に将来の夢を発表してもらったところ、「宇宙飛行士になりたい」「パイロットになりたい」など、日本の子どもたちとよく似た夢を語る。ところが、授業後に子どもたちが集まって来て口々に訴えるには、「本当は〇〇になりたいけれど、中学校へ行かずに親の手伝いをしなくてはいけない。どうしたらいい?」。その率直な問いかけに、坪井社長は日本と海外の現実の差を思い知る。

「僕は教育を変えれば子どもたち一人ひとりが自己実現を目指せるのではないかと思って行動していましたが、実は何もできていなかった。日本と同じ考えが、海外では通用しない。そこでもっと現場を知ろうと考えました」

彼らの親の生業の多くは農業で、小売業がこれに次ぐ。そこで農業や小売業の現場を訪れたところ、そこには想像を超えた貧困があった。

「最低限生きていけるだけの収入はあるが、将来に選択肢がない。子どもたちは未来を選べないまま大人になり、その子どもたちも同じ道に進まざるを得ず、貧困がループし続ける。これを何とかしないといけない。途上国に対して何かできないか?彼らの環境を変えるには、まず農業から変えていく必要があるのでは?――そう考えるきっかけになりました」

帰国後、坪井社長は社内に農業関連の部署を立ち上げる。もともと宇宙に関する情報が豊富にあったため、「人工衛星の観測データが農業に使えるのではないか」と考えていたところ、ほどなく人工衛星データの無償化の動きが世界的に進み始めた。世界中でさまざまな国や機関が人工衛星を打ち上げているが、そこで取得するデータは軍事用など用途が限られている。膨大な観測データを取得できているにもかかわらず、活用し切れていないことは以前からの課題で、折しも2016年10月、欧州の一部の衛星データが民間へ無償で公開され、その後各国政府がこれに倣うという現象が起きた。

サグリ株式会社 坪井 俊輔

「これはすごいチャンスだと思いました。無償で手に入るデータから、新しい価値が生み出せるんですから」

そこで坪井社長は衛星から得た農地データと土壌分析などを組み合わせ、収穫量や農地評価ができるアプリを開発。2018年6月にサグリ株式会社を創業した。

「実証実験の場として選んだのが、先に教育ビジネスでご縁をいただいていた兵庫県丹波市でした。ただ、いろいろな事情でアプリの開発は困難を極めました。調達した資金も底を尽いてしまい、“このままではスタッフ全員の雇用も危ない”と危機感を抱き、事業を一時的に停止。悩み抜いた末に、数億人の農業人口があり、エンジニアも多いインドの農業技術ベンチャーの現場へ見学に行きました」

会社が瀕死の状態なのになぜインド?とスタッフから猛反発を受けたものの、坪井社長はインド行きを決行。そこで農家向けマイクロファイナンスの事業を思いつく。インドの農家の現状を調査したところ、肥料や農薬を購入する資金が必要だが、信用不足のため、金融機関が融資を渋るケースが少なくない。そこでサグリが人工衛星を活用した農地データを提供し、どれほどの収穫が見込めるのか定量化して伝えることで金融機関から融資を引き出すという仕組みだ。

インドの農業向けビジネスが国内の農地確認事業へと発展

早速インドで現地法人を立ち上げたところ、JETRO(日本貿易振興機構)の「日印インドスタートアップハブ」の第1号案件として注目され、2019年末にはマイクロファイナンスに約2,000件の申請があったという。ただし、2020年以降はコロナ禍でインドへ渡航できなくなり、現在もインドビジネスは平行線を辿っている。

ところが意外なことに、インドで作った技術が国内で非常にニーズがあることが判明した。というのも、全国の市区町村は農地の課税対象の確認のため、年1回管内の農地の利用状況を調査し、遊休農地の所在を確かめる必要がある。想像するだけで時間がかかりそうな作業だが、今のところ担当者が農地を回り目視で確認するのが一般的で、これを衛星データで代用できれば時間も人件費も大きく削減できる。そんな要望が茨城県つくば市から入り、サグリは「耕作放棄地検出システムACTABA」を開発。現在、名古屋市や神戸市、静岡県裾野市、石川県加賀市などとも連携が進む。

2016年の最初の起業から、まだ5年。しかし、複数の事業を立ち上げ、資金繰りに苦しんだり、事業が軌道に乗った直後にコロナ禍に遭うなど、坪井社長の経営者としての経験は密だ。

子どもの夢を育て、自己実現をサポートすること。途上国の支援をすること。その過程で出会った農業に貢献すること。一つひとつはバラバラに見えるかもしれないが、どの事業にも「社会貢献」という軸が一本通っており、坪井社長の中ではひとつにつながり、目指したい方向に向かっているという。

「なぜ社会貢献なのか?――その答えはとてもシンプルで、社会に貢献していれば自分が死の間際に“いい人生だった”と言えると思うからです。学生時代に一度自分の人生にフタをした経験があるので、もう後悔はしたくありません。これからもチャレンジを続けますし、前に向かって進むしかありません」

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サグリ株式会社
代表取締役社長 坪井 俊輔

1994年、神奈川県生まれ。横浜国立大学理工学部在学中の2016年に株式会社うちゅうを起業し、宇宙を起点とした教育事業の開発・運営に従事。人工衛星の観測データを基に農地管理や収穫予測を行うアプリ「Sagri」を開発し、2018年にサグリ株式会社を設立。「MAKERS UNIVERSITY」1期生、「DMMアカデミー」1期生。第3回日本アントレプレナー大賞受賞。世界経済フォーラムのGlobal Shapers Communityに選出。「Get in the Ring Osaka 2019」「SingularityUniversity Japan GIC 2019」で優勝。