経営に役立つコラム

【賢者の視座】テラモーターズ株式会社 徳重 徹

「大企業に勝てない」という発想を捨てよ。
明確なビジョンを持ち、リスクを怖れるな

テラモーターズ株式会社
テラドローン株式会社
徳重 徹

「世界的な企業が名を連ねる電動バイク市場。そこに小さなベンチャー企業が参入し、設立2年で国内シェアNo.1を獲得。同時にアジア市場に目を向け、現在ベトナム、バングラデシュ、インドで市場占有率を上げている――それがテラモーターズだ。

創業者の徳重徹氏は国内の大手損害保険会社を退職し、米国でMBAを取得。その後シリコンバレーに渡り、現地で日本人起業家の会社設立や資金調達を支援したり、米国ベンチャー企業のアジア進出を支援するインキュベーション事業※に5年間携わった経歴の持ち主だ。

シリコンバレーでの雌伏の期間、徳重社長は世界中から集まる起業家と交流を深めつつ米国流ベンチャーのビジネススタイルを学び、自らの起業のチャンスを窺い続けた。目標はアップルやグーグルのようなメガベンチャーを日本から創り出すこと。一度は日本のコア技術を利用した起業を計画するが、ビジネスパートナーになるはずだった日本人技術者がリスクを前にひるんでしまい、計画がとん挫。喪失感と無力感にうちひしがれたこともあった。その後、現地のIT人脈からEV(電気自動車)の可能性を耳にするようになり、念入りに調査した結果、EVには破壊的イノベーションを起こせる可能性があると判断。帰国してテラモーターズを立ち上げた。以降の活躍はメディアでもよく紹介されている。

テラモーターズはアジア市場で順調に業績を伸ばし、2016年度の売上予測は約30億円。このままシェアを上げれば300億円に到達できる予測だが、徳重社長はそこに安住する気はない。2016年3月には新会社テラドローンを設立し、新たなビジネス領域に打って出た。

「メガベンチャーなら売上1000億円が当たり前。当社はまだ700億円足りません。僕が会社経営をする意味は、日本発のメガベンチャーを創り上げ、日本社会全体を覆う閉塞感を吹き飛ばし、日本人に自信を取り戻してもらうこと。ドローン技術にはその可能性があると判断し、事業をスタートさせました」

日本人が知らないドローンの可能性

テラモーターズ株式会社 徳重 徹

それにしても電動バイクメーカーの経営者が、なぜドローン事業に参画したのだろうか?

徳重社長の説明によると、ドローン技術は電池とモーターと制御で成り立っており、EVと重なる部分が多い。エネルギー、IoT、ビッグデータ、ロボティクス、AIなど社会的意義があり、イノベーションを起こせる分野をいろいろ検討したが、ドローンの持つ可能性は他に優るとも劣らないものだった。にもかかわらず、現時点でドローン市場の中心的メーカーとして世界で名前が挙がる企業といえば、DJI(中国)、3Dロボティクス(アメリカ)、パロット(フランス)の3社で、そこに日本企業の名はない。

「かつてドローン技術は日本が先行していたのですが、今や周回遅れと言われています。この現状を知ったとき、僕は“またか”という既視感に襲われました」

そもそも先行していた技術が周回遅れになる原因は、その技術に対する評価や捉え方の差にある。日本ではまだ「ドローンがビジネスになるのか?」と及び腰だが、米国ではIoTの最有力候補と捉えられ、大手IT企業がドローン技術に出資を惜しまない。現にテラドローン設立に当たり徳重社長が人材を募集したところ、応募があったのは米国在住者ばかりだったという。

「とはいえドローンは黎明期なので、まだ間に合う。グローバル市場での競争になるので、ぼーっとしているわけにはいきません。競争に打ち克つためには圧倒的なスピードと展開力・現場力が必要で、それも当社のカルチャーに近いと考えました」

グローバルビジネスの世界でよく言われるのが、「日本企業は意思決定が遅い」ということ。現地担当者に権限がなく、国内の本社にお伺いを立てるのにどうしても時間がかかる。そこで競争に敗れてしまう光景を数限りなく見てきた徳重社長は、電動バイク事業でも現地担当の20代社員に相当な権限を与え、会社としての意思決定を早めている。とくにドローンなどの最先端技術はダブルドッグイヤーで進化を続けているため、スピードは重要な経営資源だ。

ドローン技術は進化も早いが、それ自体がもたらす作業のスピード化も桁違いである。たとえば、土木測量にドローンを使えば、従来の人を使った三角測量に比べて10分の1の時間ですむ。東京ドームの約半分の面積を人が測量するには3日かかるが、ドローンならわずか1時間で終了。画像データをソフトウェアで加工し、3次元データや断面図、土量計算結果などをクライアントに提供すると、コストも5分の1ですむという。

必要なものはビジョン、人材、資金

テラモーターズ株式会社 徳重 徹

現在、テラモーターズ・テラドローンを含めた社員数は、海外スタッフも含めて約200名。アジア諸国が売上の95%を占めるため、東京本社の人員はわずか15名。本社事務所は東京都のベンチャー支援事業が提供する共同オフィスの一角で、広さは10畳に満たない。

「当社はオフィスに投資しません。そもそもオフィスにこもっていては仕事にならないので、広いオフィスなんて必要ない。社員のコスト意識も養われますしね」

これほど小規模な企業が大企業の牙城に挑戦して、果たして勝算はあるのだろうか。その質問を徳重社長にぶつけると、こんな答えが返ってきた。

「日本でよく受ける質問ですが、僕はその発想から変えるべきだと思います。たとえばシリコンバレーなら、“大企業に負けるわけがない”と発想が真逆なんですよ。アップルもグーグルも自宅のガレージからスタートし、旧来の大企業を凌駕しています。こうした成功例が目の前にあるから、アメリカでは優秀な学生ほどベンチャーや起業を目指す。“寄らば大樹の陰”という日本人の発想とは、メンタリティが違うんですよ」

リスクのないところにイノベーションは起きない。

大企業に勝つために必要なものは次の3つ。まず1番目にビジョン。それもふわっとしたものではなく、経営者の想いをわかりやすく明確に伝えられるものでなくてはならない。できれば経営者個人の想いを超えて、社会的意義のあるものが望ましい。2番目は人材。どんな業種であれ、人材がすべて。3番目に資金だ。

「この3つが揃えば、大企業に勝てます。大企業でなにか新事業をはじめようとしたら、とにかく時間がかかる。それに資金が豊富といっても、新事業にはせいぜい10億円や20億円しか投資してくれない。今どき10億20億なら、僕たちベンチャー企業にも調達可能です。さらにテーマが良ければ、驚くほど優秀な人材が集まってきます」

同社では20代前半の若い人材をどんどん海外へ派遣し、市場調査から現地工場の稼働準備、部品調達ルートや現地販売ネットワークの構築まで任せていく。当然失敗もあるが、失敗は悔しさにつながり、若手社員の中にエネルギーをためていく。こうして挑戦の条件が揃ったら、最後に必要なのは経営者のリスクテイキングだ。

「リスクを取らないと、大失敗もない代わりに大成功もありません。リスクのないところにイノベーションなんて起きるわけがないですよね。すべてのリスクを潰さないと気が済まない日本企業が多いですが、それは不可能なこと。リスクを前向きに捉える発想も必要です」

旧来の発想をことごとく覆すベンチャー思考。しかし、長く続く日本社会の閉塞感に風穴をあけるには、新しい発想が不可欠なはずだ。ドローンという新しい事業テーマを得て、最後に徳重社長は次のように宣言した。「そう遠くない未来、ドローン事業で日本のトップに立ちます。1年以内には世界のドローン企業やメディアから“日本にテラドローンあり”と言われるようになることが目下の目標です」

※インキュベーション(incubation)はもともと「孵化」を意味する。ここでは創業・新規事業創出を支援すること。

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代表取締役社長 徳重 徹

1970年山口県生まれ。九州大学工学部卒業。住友海上火災保険株式会社(現・三井住友海上火災保険株式会社)にて商品企画・経営企画に従事。退社後、自費留学で米国Thunderbird経営大学院にてMBAを取得。シリコンバレーでベンチャーインキュベーション事業に従事し、事業立ち上げ・企業再生に実績を残す。2010年4月、テラモーターズ株式会社を設立し、電動バイク事業をアジア市場に展開。さらに2016年3月、新たにドローン事業に携わるテラドローン株式会社を設立した。