ところが、協和発酵情報システムセンターの保坂誠一センター長が現職に着任した2000年春当時は「協和発酵はカンパニー制をとっているが、カンパニーからの情報化要求は、マンパワーがネックになって実現できないことが多く、情報化戦略自体が企画立案できないカンパニーもあった」という。「このままでは競争力を維持できない」。
危機感を抱いた保坂センター長は、情報化戦略企画力の向上と、それを実現するための開発力アップ、そしてシステム運用業務の効率化および質的向上をゴールとしたIT改革に着手する。まず、各カンパニーの情報化企画力向上を狙って、センター所属社員約2割をカンパニーに譲った。開発については外部委託度を高くすることで対応。
そして最後に残ったのが、システム運用の効率化と質的向上という課題だったのだが、これが難問だったのである。情報システムセンターでは、システム運用に多くの外部スタッフを活用していた。しかし、この方式では、派遣会社の売り上げ減につながる効率化には協力が得られにくい。また、社内でスペシャリストを育成すれば、近い将来処遇の問題に直面する。コンピュータセンターは動かさずに運用管理を1社に完全依託する方法も検討したが、この場合は運用コストが大幅に上昇してしまう。保坂センター長がフルアウトソーシングしかないと決断したのはこの時点のことである。「コンピュータセンター全体をアウトソーシングすれば、設備や要員の共有化によるコストメリットがあるはずだ」協和発酵のRFP(Request
For Proposal:提案依頼書)がNECネクサソリューションズを含むアウトソーサ4社に送付されたのは2001年10月8日のことである。