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協和発酵工業株式会社 様
Vol.1 ビジネス戦略編
基幹システム / 情報系 / システム運用 アウトソーシング
経営資源の徹底的な選択と集中。
生き残りをかけた経営戦略のなかで、高まる情報化ニーズ。
協和発酵はフルアウトソーシングという回答を見出した。

発酵技術を核とするバイオテクノロジで躍進を続ける協和発酵にとって、ライフサイエンスが大きく開花するといわれる21世紀は、まさに飛躍の世紀である。その協和発酵の経営戦略は「選択と集中」。医薬およびバイオプロダクト事業を中心にスピード経営を実現し、競争力強化と企業価値の向上を目指すのである。そしてその実現のためにはITシステムのさらなる高度化が必要だったが、IT自体により以上の経営資源を投下することは許されない。そのような二律背反する条件のなかIT協和発酵が満足する回答を提供したのが、NECネクサソリューションズによるフルアウトソーシングサービス「ネクサソーシング」だった。

協和発酵工業株式会社のネクサソリューション効果
あらゆる可能性が検討された。
そして唯一ネクサソーシングだけが残った。
協和発酵の21世紀を
NECネクサソリューションズが支えている。
協和発酵工業株式会社
情報システムセンター
センター長
保坂 誠一 氏
協和発酵工業株式会社
情報システムセンター
課長補佐
斎木 始 氏
1949年の設立以来、発酵技術を核とするバイオテクノロジで発展を続けてきた協和発酵工業株式会社にとって、ゲノムの世紀ともライフサイエンスの世紀ともいわれる21世紀は、飛躍のためのチャンスの世紀でもあり、生き残りをかけた熾烈な競争の世紀でもある。協和発酵の今日の経営戦略は、医薬およびバイオプロダクツ事業を中心とする「選択と集中」。医薬研究開発では重点領域を「がん」と「アレルギー」という2つの領域に絞り込むとともに、シナジー効果が発揮できない事業からは思い切って撤退。2002年に酒類事業部をアサヒビールに売却したのは、この戦略の顕著な現れだ。一方、医薬品事業へのさらなる注力は、営業支援と研究開発の両面で、IT戦略の重要性が高まることにもつながった。医薬品の世界では、各病院への医薬品の納入実績が他社製品も含めてすべてオープンになっている。このため医薬品の営業活動は一種の情報戦といった様相を呈しており、効果的な営業支援ツールの開発は、競争力を直接左右する重要なファクタとなっている。新薬の開発においても、申請書類などの巨大ドキュメントをITによっていかにスピーディに作成できるかが企業の競争力を左右する。
さらに、万が一にも機密情報が漏洩しないよう、シビアなシステムを構築する必要もある。つまり協和発酵の「選択と集中」という経営戦略の実現にはITの更なる活用が不可欠となっているのである。
ところが、協和発酵情報システムセンターの保坂誠一センター長が現職に着任した2000年春当時は「協和発酵はカンパニー制をとっているが、カンパニーからの情報化要求は、マンパワーがネックになって実現できないことが多く、情報化戦略自体が企画立案できないカンパニーもあった」という。「このままでは競争力を維持できない」。
危機感を抱いた保坂センター長は、情報化戦略企画力の向上と、それを実現するための開発力アップ、そしてシステム運用業務の効率化および質的向上をゴールとしたIT改革に着手する。まず、各カンパニーの情報化企画力向上を狙って、センター所属社員約2割をカンパニーに譲った。開発については外部委託度を高くすることで対応。
そして最後に残ったのが、システム運用の効率化と質的向上という課題だったのだが、これが難問だったのである。情報システムセンターでは、システム運用に多くの外部スタッフを活用していた。しかし、この方式では、派遣会社の売り上げ減につながる効率化には協力が得られにくい。また、社内でスペシャリストを育成すれば、近い将来処遇の問題に直面する。コンピュータセンターは動かさずに運用管理を1社に完全依託する方法も検討したが、この場合は運用コストが大幅に上昇してしまう。保坂センター長がフルアウトソーシングしかないと決断したのはこの時点のことである。「コンピュータセンター全体をアウトソーシングすれば、設備や要員の共有化によるコストメリットがあるはずだ」協和発酵のRFP(Request For Proposal:提案依頼書)がNECネクサソリューションズを含むアウトソーサ4社に送付されたのは2001年10月8日のことである。
協和発酵は、外部コンサルタント会社による評価も参考にするなど、RFPに応えた4社の提案を徹底的に選考。そしてその結果、2001年12月にアウトソーシングパートナーとしてNECネクサソリューションズが選定されたのだった。
決め手となったのはNECおよびNECネクサソリューションズが医薬品業界に豊富な経験があること、運用業務について明確なSLA(Service Level Agreement)が設定されていること、全国に多数の保守拠点があること、データセンター設備が非常に高信頼であったことなどである。システム移設のXデーは2002年8月14日。ホストコンピュータ3台、サーバ140台という大量の機器を移動させて5日後の8月19日にシステムを本稼動させるというシビアな作業だったが、結果としてこの移行作業は大成功だった。「私も待機していたけど、結局出勤したのは2日だけ。それも何もすることがなかった」と保坂センター長は振り返る。
このアウトソーシングによって、毎月の運用コストは約10%削減されたうえに、24時間365日の監視運転も実現。事業のグローバル化にも万全の対応が可能となった。さらに、積極的な人的資源のシフトにより、情報化戦略の立案・企画機能が大幅に強化された。また、今後はSLMによる継続的な改善活動により運用品質も確実に向上が期待される。
協和発酵は、医薬品やバイオプロダクトの分野で今後ますますの飛躍が期待される。そしてその協和発酵のIT基盤を、NECネクサソリューションズのフルアウトソーシングが支え続けているのである。
Vol.2 プロジェクト実践編
メインフレーム3セット、サーバ140台の移行Xデーは8月14日。
準備作業が開始されたのは1月のことだった。
緻密な計画と準備作業が、タイトなプロジェクトを成功に導いた。
発酵技術を核とするバイオテクノロジで躍進を続ける協和発酵にとって、ライフサイエンスが大きく開花するといわれる21世紀は、まさに飛躍の世紀である。その協和発酵の経営戦略は「選択と集中」。医薬およびバイオプロダクト事業を中心にスピード経営を実現し、競争力強化と企業価値の向上を目指すのである。そしてその実現のためにはITシステムのさらなる高度化が必要だったが、IT自体により以上の経営資源を投下することは許されない。そのような二律背反する条件のなかで、協和発酵が満足する回答を提供したのが、NECネクサソリューションズによるフルアウトソーシングサービス「ネクサソーシング」だった。
NECネクサソリューションズでは、アウトソーシングの運用形態やサービス内容を詳細に規定したSLAに基づく契約を行っている。
協和発酵とNECネクサソリューションズは、2002年4月から6月にかけての足かけ3ヶ月をSLAの策定に費やした。策定にあたっては、NECネクサソリューションズ側から各項目について雛形が示されて、それを双方が検討していくという形をとったが、協和発酵情報システムセンター斎木課長補佐は「守れないSLAは作っても意味がない」という。「当面の目標値は我々が普通に考えて達成しなければという値をそのまま使っている」今回のプロジェクトでは、業務分析や移行プランの立案と併行して、SLAの策定が行われているが、「NECネクサソリューションズ側の業務分析や移行プランが固まらないとSLAが作れないという考えもあるが、その場合はSLAがないまま移行準備作業がかなり進行してしまう。だから多少不備があってもとりあえず作って遵守するという方針をとった」と斎木氏は語る。NECネクサソリューションズも、SLAは継続的に見直し改訂すべきものと位置づけて、SLM(Service Level Management)というコンセプトを打ち出している。SLAの策定に際してもそのコンセプトが活かされた形だ。今後もSLAはレビューが繰り返され、サービスレベルは常に改善されていくことなる。
保坂センター長のSLAに対する考え方は明解である。「運用改善につながらないSLAだったらないほうがいい」
システムの移設には、段階的に移行する方法もある。今回のプロジェクトでは、一括移行方式を採用して成功したわけだが、それは協和発酵側の既定方針ではなかった。2002年の年末休みまでに完全に移行が完了していること。それが協和発酵側の条件である。
一括移行で行うとすれば、そのチャンスは8月の盆休み期間だけとなり、移行準備はタイトなスケジュールとなる。しかし協和発酵とNECネクサソリューションズは、段階移行方式を採用すれば、分散拠点間で併行運用となるため運用負荷が増大すること、一括移行を行えば全マシンが同時に停止できるのでシステム間の相互依存関係を配慮する必要がなくなり、リスクが低下するなどの理由で一括移行方式を採用。
その正式決定は移行Xデーまで5ヶ月を切った2002年3月末のことである。残された時間は少ない上にいかなる失敗も許されない。そのために重要になるのが事前準備作業だった。
NECネクサソリューションズが提案した基本方針は「IPアドレスやラックの構成を含めて、データセンターでは移設前の状態をそのまま再現する。そのために必要な変更は、移設前の段階で実施して整理を完了させておく」というものだ。斎木課長補佐は「これだったらいけるなと思った」という。「移設と同時にシステム環境を変更という話になると大変なことになりますからね」そのために発生するのは、IPアドレスの設定変更が発生しないように、システムのIPアドレスを事前整理することと、サーバラックを移設後の構成になるよう組み直すことだが、これらの作業は平日に行えないことが多いため、7月に入ってからは、NECネクサソリューションズの作業員が、毎週のように協和発酵のシステムセンターで作業を重ねた。また、サーバを始めとするあらゆる機器およびケーブルには、この時点でラベリングが開始されている。回線の切り替えについても、影響とリスクを最小にするためにさまざまな工夫がされた。関連・協力会社向け専用線については、移設時は従来の協和発酵のセンターを経由するブリッジ接続として、NECネクサソリューションズのセンターへの敷き直しを9月以降に実施することとしたほか、電話回線もボイスワープ(電話転送)機能によって旧電話番号から変更なく新電話回線へ転送。また、移設に伴うISP切り替えについても事前に旧センターに新データセンター経由の接続回線を引き込み、移設時作業の安定化が図られた。
一方のデータセンター側でも、3台のACOSのための電源ケーブルとCCUケーブル、140台のサーバを収める30台のサーバラックが事前に設置されるなど、移行当日の作業を軽減するためのあらゆる方策が取られた。そして2002年8月14日。いよいよ移行作業の開始である。斎木課長補佐は「このプロジェクトは完璧を目指したわけではなかった」という。
「一括移行と決めたからにはとにかくやる。100点はいらない。95点はとれるだろうからとりあえず走ってしまえという感じだった」
保坂センター長もある程度のトラブルは覚悟していたようだ。「最後の動作確認で、いくつかミスが起こると思っていた。しかし、結局ぼくが出勤したのは4日間のうちの2回だけ。それも短時間だけで、何もすることがなかった」
システムの本稼動は8月19日だが、8月16日夕方には、すでに稼動の目処が立っていた。
驚くべきことに、今回の移設プロジェクトにおいて、ケーブルの接続ミスはわずか1ヶ所のみであった。1000本以上のケーブルのうちの1本。このプロジェクト全体を通じて、トラブルと呼べるものは、この接続ミス1件にとどまったのである。
(2002年10月現在)