失敗事案で学ぶ
-教え合う組織になる-

滞納整理責任者が語る「公務員としての仕事の進め方」 [第5回]
2015年8月

執筆者:東京都主税局特別滞納整理担当部長
藤井 朗(ふじい あきら)氏

概要

私が滞納整理の研修を始めたのは、私と同じ失敗を他の職員に繰り返してほしくないという単純な理由からであった。なぜなら失敗に伴う時間や労力は大変な手間となる。この失敗のコストを考えれば、同じ失敗をしないことに限る。

私がこの仕事を始めた平成7・8年頃は、滞納整理を進める上でそれまで処理したことのない滞納事案を積極的に取り組んだ。そのため新たな滞納処分をすることで失敗も数多く発生した。それゆえ失敗事案の記憶がいつまでも鮮明に残ることとなった。反対に上手く行った滞納事案は結果のみ心に残って、教訓となることは少ないように思う。

これまでの失敗も含めて一人ひとりが自分の経験を組織のメンバーに教え合っていけば、人数分の経験を共有することとなる。失敗を通して組織知を高める努力が組織全体を強くすることになる。これまで以上に失敗という機会を逆転の発想で活用したい。

失敗事例をピックアップして項目別に分ける

滞納事案を処理する上で失敗した事例はどの自治体にもたくさんあると思う。その失敗事案を繰り返さないためには、組織内で情報の共有化を図ることが重要である。一般的には失敗したことを組織内でオープンにする組織風土が少ないのではないかと考える。組織内で情報の共有化を図らなければ、また別の職員が同じ失敗をすることになる。

そこで、例えば過去5年間とか10年間遡って、トラブルになった滞納案件を全部ピックアップする。それらを内容別に割り振る。具体的には、トラブルになった滞納事案を項目別に窓口・電話・財産調査等に分けることで一つのマニュアルになる。これらを4月1日に異動してきた人に渡して「この10年間でトラブルになった事例ですよ。気を付けてください。」と言えば良い。これこそ職場における活きた失敗事例と言える。

私は現場の事務所で課長をしていたとき、トラブルが発生し処理が終る毎にトラブルを担当した職員にA4版の紙一枚にトラブルの原因・経過・今後の改善点をまとめさせ課内回覧とした。

私の失敗の人生

畑村洋太郎著の『失敗学のすすめ』という本の中で「経験しなければならない失敗」があることを述べている。これを「よい失敗」「必要な失敗」と記載されている。私は職場の部下職員にどう説明しているかというと、「私は失敗の人生だ。」といつも言っている。正直に言いますと、私は1回離婚をしているし、仕事では決算直前に大きな穴をあけた。体では、心臓の他にも手術しないといけなくなり、大学病院のベッドで手術の順番を待っていた。

私の場合の失敗は「よい失敗」「必要な失敗」とは言えないが、人生における辛い出来事だった。たまたま30代後半に三重苦を味わった。その時、脳裏に浮かんだことは「なんでこんなに一生懸命やっているのに自分だけ空回りするのだろう。何でこんな悪いことが自分ばかり続くのだろう。」と思った。

と同時に、「そうか。ここがどん底だ。もうこれ以上悪いことはないのだ。」と思い、気持ちを切り替えてポジティブに考えるようにした。それからは好循環のスパイラルとなった。これらの失敗も踏まえて職員には、消極的発想ではなく積極的な考え方を提案している。今は人生の失敗も含めて自分の強みとして、職員の話を聞くことができる。失敗の痛みを理解した上で、前向きなアドバイスを心掛けている。

小学校卒業時の恩師の言葉

私の小学校卒業時の恩師が「これからは頭を使いなさい。そして、自分で判断しなさい。例えば、下校するときに置傘もなく突然雨が降ってきた。どうやって家に帰るか考える。中には、家に電話を架けて、迎えに来てもらうこともある。また、友達の傘に入れてもらって帰る。どうしようもなく、ずぶ濡れになって帰る。いろいろな選択がある。自分で考えることが大切なのだ。それらの経験を次にどう活かすか考えることが求められる。」と諭された。

その当時はこの恩師の言葉が理解できなかった。仕事をするようになってようやく理解できるようになった。自分の頭を使うことの意味がわかってきたような気がする。さらに失敗の経験を単に自分だけの経験にするのではなく、組織の経験知に高める努力が今こそ求められている。失敗事例を組織の教訓にするという“ルール付け”を図ることがあっても良い。

頭の中で滞納事案処理のトレーニングをする

各自治体の職員は受命事案の処理に日々努力している。当然、そこには処理できる滞納事案の限界というものがある。そのため滞納事案の処理を訓練として自分自身の頭の中でトレーニングする。

具体的には、自分以外の滞納事案やトラブルの事案等、同僚の処理方法や管理監督者の係長がどのような判断をするか見守る前に、自分であればどのように判断するか、その理由はどういうことかを考えた上で、滞納事案の進展を見守る。

経験が少ないと最初のうちは自分の判断と係長等の判断が大きく違っているが、何回も何回も繰り返すうちに処理判断の違いが許容範囲内となってくる。私はこのことを「ブレがなくなる」と言っている。いわゆる正常値の範囲内に判断が収まることで、いつでも上位のポストに就ける。つまり日々の業務の中で常にトレーニングを行なうことで、判断のブレを少なくすることができる。

一般職員の人は5年先、10年先自分が主任や係長となり、判断をする立場になる。また、現在係長の人は課長の判断を自分のものとしてほしい。何も考えることなくポストについた場合は、どう判断していいかわからず困ってしまう。そういうことの無いように気づいた時から開始してほしい。

学習する組織から教え合う組織へ

私たちが日常的に使っている「学習する組織」という言葉は、ピーター・M・センゲ(マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院教授)が「学習する組織」の概念を一般化したもので、学習する組織においては、競争優位は個人と集団の両方の継続的学習から生まれるというものである。つまり個人が学習したものや経験した知識を組織全体の知識(組織知)として蓄積することが求められる。

私たちは実務を行う上で様々な失敗等を繰り返して当該業務をより内容のあるものに努力している。そのことを考えると職員が経験した貴重な経験知を組織に還元することをしなければならない。これはベテラン職員や中堅職員だけでなく、全ての職員が経験したことを出し合うようにする。例えば、昨年職員になったばかりの2年生であれば、この1年を振り返り多くの失敗したことをそれぞれ簡略にまとめて発表する。

また、他部門から異動してきた人でケースワーカーの経験がある人であれば、生活保護受給者との折衝の仕方を説明する。さらに課税部門から異動した人であれば、課税事務の流れを説明する。つまり自分の経験を他人に伝えることで組織全体が強固になると考える。経験という暗黙知を他人に説明するということで形式知に転換する。情報の共有化が求められる。

ハインリッヒの法則

1件の大事故の下には29件の小事故がある。29件の小事故の下には300件のヒヤリハット(ヒヤッとした、ハッとしたことをいう)があると言われている。これがいわゆる「ハインリッヒの法則」と呼ばれる労働災害に関する法則で、大事故・小事故はいくつものミスが重なって起きるということだ。単なるヒヤリハットであるにしてもミスを誰かがチェックし、防止することが求められる。

滞納事案もまた同様で、管理監督者・管理職が適正・適切なアドバイスをすることでトラブルを事前に食い止められることもある。それでもトラブルが発生することもある。そのときは組織全員でトラブル事案の内容を共有認識することが基本である。

最後に、「他人と過去を変えることはできない。変えられるのは自分と未来である」という言葉がある。
「志」を高く持って、自分自身を成長させてください。今、皆さんの努力が5年後、10年後、20年後の自分に繋がると私は確信しています。

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