Amazon Prime Dayに本をネット注文しながら
~モノとサービスの関係について考えてみた~

情報化モデルとICTを巡るポリフォニー [第5回]
2015年8月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

Amazonといわた書店の対照的な書店の事業展開

先月の7月15日、アマゾン創業20周年の記念セール「Amazon Prime Day」では、世界中で3,440万個の商品がネット注文され、昨年一位の売上高を計上したブラックフライデー(感謝祭の翌日の金曜日)の売上記録を更新しました。翌日16日の米株式市場では、「Amazon」の株価は一時474ドルの過去最高値となり、その後も高値で推移しています。

私もこの日「Amazon Prime Day」で本を購入した一人ですが、創業当時から20年間ユーザーに対して常に斬新なサービスを提供し続けた結果が、現在の920億ドル(10兆円)を超える巨大企業を実現させ、今日の「Amazon」の隆盛につながったのではないかと感じています。
一方、我が国には顧客から届いたメール一通ごとに目を通して、それぞれのお客さまにふさわしい本を1万円分送り届ける「一万円選書」に取り組んでいる、北海道砂川市の「いわた書店」のようなユニークな本屋さんがあります。

この規模も内容も異なる、一見真逆とも言える2つの書店のマーケット展開ですが、その根底に流れるお客様を起点としたサービス提供を目指すその方向性には、共通した指針のようなものが存在すると思われます。そして、この顧客の側に立ったサービス展開は、1995年7月「Amazon」がネット上でサービスを開始した当初からの理念にもなっています。

今回のコラムでは「Amazon」と「いわた書店」、2つの対象的な書店の事業展開から、システムとサービスについて考えたいと思います。

Amazonが行ってきたユニークなサービスの変遷

まず、「Amazon」のこれまで20年間のサービスの変遷を振り返ります。
「Amazon」は、ジェフ・ベゾス氏が1994年に米国ワシントン州で「Cadabra.com(カタブラ)」を設立し、インターネット書店を開業したことに始まります。

「Amazon.com」に事業者名を改めた後、1995年にはネットで注文を受けて発送する「BOOKSELLING」を開始し、「Amazon」は世界最大の書店であるとアピールします。当時、米国の巨大書店チェーン「バーンズ・アンド・ノーブル(Barnes & Noble)」もネットでの書籍販売を始め、オンライン上での熾烈な競争が開始されます。

創業3年目の1997年には、今では当り前になった、ワンクリックで本を購入できるシステム「1-Click Purchasing」を導入しています。そして、同年に「NASDAQ」への上場を果たし、初日の終値は20.75ドルを付けています。

その後、事業は赤字が続きますが株価は下落せずに、少しずつ上昇を続けていきます。当時は不思議に思われていたこの現象ですが、いま振り返って見ると、赤字など気にせず、顧客への便益提供を優先させて、収入を新たなサービスの革新に投入していく「Amazon」の事業展開を市場関係者が歓迎した結果ではないでしょうか。

2005年には、利用者が年会費を支払いプライム会員になることで、購入した商品を即日出荷するサービス「Amazon Prime」を開始します。現在、プライム会員数は全世界で4千万人と言われていますので、世界平均の会費を30ドルとして積算すると、プライム会員からの会費だけで12億ドルの年間収入になります。

また、2006年からは「Amazon」の小売システムを支えるクラウドコンピューティングシステムを「AWS(Amazon Web Services)」の名称で企業・個人にも公開することで、年間16億ドルの売上を達成しています。

2007年からは、電子書籍サービス「The Kindle」を開始し、顧客が「書籍」という「モノ」を持たずに読書ができる、デバイスを活用したオンデマンド型の読書体験をビジネスモデルとして確立します。

2013年12月には、「Amazon Prime Air」という名称でドローンによって30分以内に注文の品を届けるという目標を表明しました。実際の商用利用には様々な規定をクリアする必要があり、現時点でのサービス開始時期は未定ですが、商品デリバリーの分野で注目を集めることは必至です。

翌年、2014年12月のクリスマスシーズンからは、全米10カ所の配送センターに配置した1万 5千台のロボットによる発送「ROBOT FULFILLMENT SYSTEM」の運用を開始しています。

なおこの年から、一部の地域ではプラス8ドルで1時間以内に購入した商品を自宅まで届ける、バイクメッセンジャーを利用したサービス「Prime Now」を始めています。

そして、今年の春からはドイツの自動車メーカー「Audi」、配送会社の「DHL」と提携することで、購入した商品を顧客のマイカー(アウディ)をGPSで「DHL」の配送車が検索し、その車のトランクに商品を届ける「Audi Connect Easy Delivery」サービスの運用を開始しました。

また同時期に、家の掃除、配管工事、テレビの据え付け、電気工事など家庭内で必要なサービスに関する職人を紹介する「Amazon Home Services」を、地元シアトルのほか、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨークの4大都市からサービスを始めて、全米に拡大するとしています。

ここまで、「Amazon」の過去20年を振り返ることで、そのユニークな事業展開を見てきましたが、920億ドルを超える超大企業となった今でも、常に顧客の側に立って新たな試みにチャレンジする姿勢には、好き嫌いは別にして拍手を贈りたいと思ってしまうのは私だけでしょうか。

いわた書店の究極の顧客密着型サービス

さて、ここからは大手企業の「Amazon」とは対局ともいうべき、本の読者とどのように向き合うのかという命題に挑戦する、北海道砂川市にある小さな本屋さん「いわた書店」のサービス「一万円選書」のお話しです。

「いわた書店」は、店主が顧客からのアンケートを元に「1万円分の書籍を選んで送る」という究極の顧客密着型サービスが評判になり、600人待ちになっていることで話題になった小さな店舗です。

書店という店舗形態を考えると、お店で扱う「本」はどこの書店でも同じ「モノ」を購入することができます。言い換えれば、書籍販売ビジネスでは大量生産の「モノ」しか存在せず、商品そのもので他業者との差別化は出来ないことになります。

そう考えると、多量の品揃えを誇る大型書店や、ネット販売の「Amazon」などが圧倒的に有利となり、街の小さな書店に勝機はなくなります。しかし、「あなたのためだけに1万円分の本を選びます」という顧客に向き合った要素を加えることで、既存大型書店の在庫数や「Amazon」の利便性とは全く異なったビジネス展開が可能になります。

個々の「モノ」である「本」は、大型書店や「Amazon」で同じものを買うことができても、「いわた書店」の店主が選んだ「一万円選書」の本の選択と組み合わせは、他のどの書店も提供できないサービスになります。

つまり、「モノ」しかなかった書店ビジネスの業態に新たなサービスを組み合わせた、「独自サービス」の提供に繋げることができるのです。

もちろん「Amazon」にも、レコメンド(オススメ)機能がありますが、顧客とのメールでのやり取りを通じて「あなたのために選びました」という付加価値が加わることで、他の誰にも真似の出来ない独自ビジネスが完成することになります。

最近、大手書店などで、店舗スタッフが選んだ書籍を集めた特設コーナーを目にすることがありますが、これなどは「いわた書店」のビジネスモデルからエッセンスだけを抽出したような「セミオーダー」的な展開ではないでしょうか。

「いわた書店」では、顧客からのアンケート一つひとつへ目を通して、それぞれのお客さまにふさわしい本1万円分を選び出していますが、今年は日本全国から666人もの人たちから問合せがあり、すでに受け付けは終了しているそうです。

「いわた書店」の店主は、「お客さんから頂いたメールには全て自分で目を通します」と語られていますが、最近読んだ本やよく読む雑誌などを綴ったアンケートを通して、一人ひとりのお客さんと向き合っておられる姿が印象的です。

いわた書店の「一万円選書」は2007年にスタートしています。最初は30人ほどのお客さまに対して、空いた時間にメールを確認しながら、本を選ばれていたようですが、テレビやメディアで紹介されたことで話題となり、今では日本全国から問合せが来るようになったそうです。

一時は、テレビで放送された翌日には数百通のメールが届くこともあったようですが、「いわた書店」ではお客さんとのメールや手紙でのやりとりで、これまでどんな本を読んできたのか、どんな本を面白いと感じたのかを確認しながら、お客さま一人ひとりの「カルテ」を作成されています。

そして「一万円選書」では、お客さまの心に寄り添うように、1冊1冊の本を選択されていきますが、実際の運用では顧客の一人ひとりに1万円でより多くの本を届けることができるように、文庫本を優先して選ぶように心掛けておられるとのことです。

「モノ」と「サービス」の在り方を見直す

さて、ここまで対照的な2つの書籍関連サービスについて考えてきましたが、この「Amazon」の各種サービスと「いわた書店」の「一万円選書」は、「モノ」と「サービス」の関係性を考える際の大きなヒントになると思われます。

「モノ」は大量生産によって低価格化が実現できますが、独自性・独創性に欠けたものとなります。また、「サービス」は個別にカスタマイズすることは可能ですが、手間やコストが掛かるため高価格にならざるを得ません。

しかし、発想を転換させることで「モノ」に「サービス」の要素を加える、あるいは「サービス」に「モノ」の要素を加える、というように従来の考え方とは違う形で「モノ」と「サービス」の在り方を見直すことで、新たな事業展開が見えてくる可能性があります。

商品やサービスのコモディティ化(遍在化)による価格競争から抜け出す方策は、「モノ」に「サービス」の要素を加えて「オーダーメイド化」することや、「サービス」に新たな「モノ」の要素をプラスすることが、新たなサービス展開につながるのではないでしょうか。

今回のコラムでは、書店の事業展開を例として、「モノ」と「サービス」の関係性について考えてみましたが、このコラムでは、今後もこのような独自の観点から、システムのあり方や、その先にあるビジネスモデルなどについて、考察したいと思っています。

最後に「本田 宗一郎」氏の言葉をご紹介して、今回のコラムを終わります。

「チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ。」

それでは、次回をお楽しみに・・・

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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