動画配信サービスはどこへ向かうのか
~Netflixとhuluに加入して考えてみた~

情報化モデルとICTを巡るポリフォニー [第7回]
2015年10月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

動画配信のサービスモデルについて

最近、ニュース番組以外の地上波テレビを見ていないような気がしています。
その反面、BS放送の「BSプレミアム」(NHK)と「WOWOW」の番組は見る機会が増えています。何故かと考えてみると、地上波放送がバラエティー番組中心になり、見応えのあるコンテンツが供給されない現状に不満を感じているからだと思います。

そんなところに、動画配信業界の黒船到来とも言われている「Netflix」が9月からサービスを開始しました。すでに、2011年8月から動画配信サービスをスタートさせた「hulu」に加えて、「Amazonプライムビデオ」も9月末から同じような動画配信サービスを開始したことで、我が国の動画配信サービスは、中国の後漢末期に群雄が割拠した「三国志」のような状況となっています。

今回のコラムでは、「Netflix」と「hulu」を題材として、ネットワーク時代のメディアとコンテンツの観点から、動画配信のサービスモデルについて考えたいと思います。

そもそも、地上波テレビになぜ注目を集めるような番組がないのか、失礼ながら視聴率至上主義の体制や、製作者側のマンパワー不足、番組製作に対する事なかれ主義的なチャレンジ精神の衰退などに要因があるのではと感じているのは私だけでしょうか。

Netflixについて

「Netflix」を視聴して驚いたのは、オリジナル作品を強くアピールしている姿勢と、そのコンテンツ製作に惜しげも無く資金を投入する戦略です。オリジナルドラマの「マルコ・ポーロ」では「東方見聞録」で有名な冒険家マルコ・ポーロを主人公に、フビライ・ハーンとの人間ドラマや壮大なストーリー展開、広大なモンゴルの大地と戦闘シーン、宮廷の重厚な雰囲気など、ハリウッド映画なみの歴史スペクタル作品を作り上げています。

マーベルコミックを原作とした、盲目のダークヒーローが活躍するオリジナル作品「デアデビル」では、単なるアメコミの実写版では、人として誰しもが一度は直面するシーンが複雑に絡み合うクオリティの高いドラマが展開されるなど、思わず連続で見てしまうような、映画作品、国内ドラマ、アニメなど非常に多くのコンテンツを視聴することができます。

なお、「Netflix」はマルチデバイスに対応していますので、このような多彩な動画コンテンツを、テレビやパソコン、タブレット端末やスマホで、いつでもどこでも、視聴できるようになっています。

そして、日本のテレビ局の脅威となるのは、最近のテレビではリモコンに「Netflix」のボタンが付いていることです。視聴者は、テレビのチャンネルを変えるのと同じ感覚で誰もが簡単に「Netflix」のコンテンツにアクセスすることができるのです。

これまでの、リアルタイムで放送を見る、レコーダーに録画された番組を見る、DVDやBlu-Rayを見るという選択肢に、「Netflix」を見るという新たな選択肢が加わったのです。

「東芝」の液晶テレビREGZA J10では、テレビの電源が入っていなくても、リモコンの「Netflixボタン」を押せば自動的にテレビの電源が入り、「Netflix」のメニューが画面に表示されます。我が国のテレビ番組が同じテレビ画面の中で、ハリウッド級の作品と比較された場合、それに打ち勝つだけのポテンシャルを秘めているとはとても思えません。この先、我が国のテレビ業界は米国発の動画配信サービスに淘汰されていくのでしょうか。

アメリカの動画配信サービスの動向について

ここからは「Netflix」、「hulu」、「Amazon」について、アメリカでの動向を中心に見ていきたいと思います。

「Netflix」は1997年に、DVDのオンラインレンタルサービスとして事業を開始した後、2007年には月額使用料を支払うことで動画を無制限に視聴できるサービスをスタートさせています。このサービスが人気を呼び、米国での契約世帯数が全世帯の約25%を占めるとも言われていますので、この点では「hulu」、「Amazon」に対して大きなアドバンテージを持っていると思われます。

この米国本土での実績をもとに、そのサービスを南米からヨーロッパへと拡大、そしていよいよ日本・アジア圏でのマーケットへと進出してきました。米国では、月額$7.99で、オリジナルドラマを含め、映画、ドラマ、子供向け番組など多くのコンテンツを楽しめることからユーザー層の支持を集めています。

その「Netflix」と覇権を競っているのが「hulu」です。同社は2008年米国内でサービスをスタートさせ、2011年に始めての海外進出国として日本でストリーミングサービスを開始しましたがその後、huluジャパンとして日本テレビの傘下に入り、国内での事業活動を続けています。

アメリカ国内では、NBCユニバーサル、FOX TV、Disney-ABCなど大手マスメディア出資による合弁事業として事業を展開し、映画やドラマ、カートゥーン(アメリカのアニメ)、日本のアニメなど、多数のコンテンツをネットで配信するなど、米国では「Netflix」がライバル視するネット配信事業者のひとつです。
この「hulu」、米国内では視聴中に広告のコマーシャルを入れることで、パソコンでの視聴はフリー(無料)で提供しているところが「Netflix」とは異なるところです。

なお、「hulu」の月額サービスhulu Plusでは「Netflix」と同額の月額$7.99を支払うことで、パソコンの無料視聴では見ることができない作品なども含め、最新のコンテンツを全てのデバイスで視聴することが可能になり、定額料金のユーザー数は500万人を超えています。

一方、ネット業界の雄「Amazon」では、Amazon プライム インスタントビデオの名称でサービスを開始し、Amazon プライムメンバーはビデオサービスが見放題になるなど、他の2社とは異なるサービス展開で差別化を図っています。プライムメンバーになるには、年額99ドルの支払いが必要ですが、プライムメンバーには以下の特典が付与されます。

  • アマゾンマーケットプレイスで購入した商品は2日以内に無料配送
  • アマゾンミュージック100万曲の楽曲がストリーミングで視聴可能
  • デジタル写真のクラウド保存が無制限
  • Kindleを保有するメンバーは、50万冊の中から毎月1冊無料で読書が可能
  • 映画やテレビドラマ等のコンテンツが見放題

年額99ドルの支払いは月額換算では$8.25、「Netflix」や「hulu」の$7.99と比較すると、26セントをプラスするだけで動画配信以外でもこれだけの特典が付くのであれば、この「Amazon」のサービスもユーザーにとっては非常に魅力的です。

つぎに、コンテンツの充実という観点で見た場合、どのような状況なのでしょうか。
コンテンツの充実度では「Netflix」と「hulu」が一歩先を走り、後発の「Amazon」がそれを追いかけるような形で、魅力的なコンテンツの獲得で先行する2社を追随しているのが現状です。

「Netflix」は新規コンテンツの独占配信に力を注ぎ、優良な新作の独占配信権を獲得するとともに、積極的にオリジナル作品を製作し配信することで、テレビに替わる次世代型視聴サービスの実現に向かって、業界全体に新風を巻き起こしています。

「hulu」は作品の独自性では「Netflix」に若干の差をつけられた感はありますが、作品の独占権獲得に注力して、魅力的なコンテンツを確保することで、サービスの独自性を保持しようとしています。

この先行する2社に対して、クラウドネーティブとも呼ばれる「Amazon」は自社が保有するシステムリソースを活用することで、今後どのような戦略で対抗していくのでしょうか。そして、「Netflix」の日本でのサービス開始を契機に、動画配信サービスは今後どのような展開を見せるのか、しばらくは目が離せない状況になっています。

日本国内での利用料金については、「Netflix」が最も低額な月額650円(税抜き)の低価格コースを設定している(高解像度複数端末視聴可の950円コース、4K対応の1,450円コースも選択できる)。

それに対して、サービス開始で先行する「hulu」は月額933円(税抜き)、Amazonプライムビデオは、プライム会員(税込み年3,900円、月額換算325円)に加入すれば、追加料金なしでコンテンツが視聴可能になる。

このように、極めてシビアな価格競争になってくると、提供できるコンテンツの数と視聴者にとって魅力的な作品となるオリジナル・コンテンツの供給態勢を、どれだけ確保できるかが、勝負の明暗を分ける要員となることは必至です。

では、肝心のコンテンツはどのような作品が配信されるのでしょうか。
「Netflix」は、サービス開始当初のアーリーアダプターを若い男性層に設定し、フジテレビジョンと番組制作で提携することで、フジテレビの人気番組「テラスハウス」の新作「TERRACE HOUSE NEW SEASON COMING」と、女優の桐谷美玲が主演する連続ドラマ「アンダーウェア」(英題:Atelier)2本の作品を製作・配信しています。

「hulu」のイチオシは、アメリカ合衆国でネット配信されたドラマシリーズとして史上初めてプライムタイム・エミー賞を受賞した、「ハウス・オブ・カード 野望の階段」(原題:House of Cards) です。この作品、監督:デヴィッド・フィンチャー、主演:ケヴィン・スペイシーの話題作で、あのオバマ大統領もハマった政治ドラマと言われていますが、驚いたのは、このドラマのシーズン1をアメリカで配信したのは「Netflix」なのですが、現在日本では「hulu」が配信していることです。

海外での配給権の問題など、色々と憶測されてはいますが、このような優良コンテンツを巡る事業者間の熱いバトルは、ユーザーの側から見れば、よい作品に出会う機会が増える結果につながると期待しています。

一方「Amazon」でも、海外事業を担当するアマゾンジャパンのティム・レスリー氏が「日本独自のコンテンツを制作するため、スタジオやテレビ局などと協議を重ねている」とインタビューに答えるなど、日本での動画配信の展開ではオリジナル・コンテンツを重視する姿勢を示し、来年リリースする予定のオリジナル40作品の内、約半数を日本国内で製作するとも公表しています。

日本の市場の特性と、通信事業者との関係について

最後に我が国の市場の特性と、通信事業者との関係について考えたいと思います。

日本とアメリカの市場で、大きく異なる要素の一つが各家庭における有料放送の普及度合いです。日本ケーブルテレビ連盟によれば、2014年3月時点でのケーブルテレビの多チャンネルサービスは819万世帯で、これにスカパー334万世帯とWOWOW 265万世帯の視聴世帯数を合算すると約1420万世帯になりますが、これは日本の総世帯数約5200万世帯の約4分の1にすぎません。

対照的にケーブルテレビ事業者や衛星テレビ事業者が強いアメリカでは、9割弱の世帯が何らかの有料放送サービスと契約しており、「映像コンテンツは有料」と認知されている様子がうかがえます。我が国のように「テレビ視聴は無料」と思っている視聴者が多い市場と「映像コンテンツにお金を払う文化」が定着して市場では、事業展開する上で非常に大きな違いがあると思われます。

通信事業者との関係については、米国市場における「Netflix」と大手ケーブルテレビ事業者や通信事業者の事業展開モデルの変遷が、多いに参考になります。

アメリカ国内でも、当初は大手ケーブルテレビ事業者などが「Netflix」に対抗する形で独自のストリーミング動画配信サービスを開始しましたが、最近はその方向性を大きく転換して「Netflix」と共存する道を模索する戦略へと大きく舵を切り直して、独自のストリーミングサービスからの撤退を決定しています。

この現象の背景には「Netflix」が普及することで、より高速なブロードバンドサービスへの需要が急速に増大したことが要因になっています。冷静に考えてみると、ネットワークに接続するための回線はどの家庭でも必要になります。「Netflix」に加入することが、ケーブル回線契約を解約する理由にはならないのです。

また、ケーブルテレビ事業者側にしても、得意とは言いがたい分野で映像コンテンツを調達するために資本を投入するよりも、回線を高速化させるために資金を使った方が、ユーザーの満足度向上につながり、収益が改善することに気付いたのです。

その結果、ケーブルテレビ事業者は「Netflix」を優良なコンテンツ供給元として認識するようになり、元来の得意領域であるブロードバンド事業へのシフトを加速させることを決定し、「Netflix」と接続契約を結ぶことで、トラフィックを優先して高速化する、いわゆる「ファストレーン」モデルを推進しようとしています。

このような動向の中、日本国内では、「Netflix」は「SoftBank」と業務提携し、キャリア課金と、デバイスへのアプリの事前ロードを10月から開始すると発表しています。

この業務提携は、先ほどの米国内のケーブルテレビ事業者を巡る動向と同様に、通信回線を提供事業者とコンテンツ配信事業者が、互いにWin-Winの関係を構築するため手を結んだ結果ではないでしょうか。

そして、動画サービスを強化することで、スマートフォン(スマホ)や光ファイバーサービスの加入者増につなげたい「SoftBank」の思いは、サービス開始当初のアーリーアダプターを若い男性層に設定して事業展開を図る「Netflix」の思考とも合致していると考えられます。

通信技術やネットワークインフラの進展によって、様々な方法でコンテンツが配信され、従来とは異なる視聴スタイルを手に入れることが可能になりましたが、結局コアな部分においては、ユーザーが求める良質なコンテンツを配信することが事業者の王道であり、我々ユーザー側には膨大に膨れ上がったコンテンツをキューレーションする技量が問われているように感じています。

今回のコラムでは「Netflix」と「hulu」を題材として、ネットワーク時代のメディアとコンテンツの観点から、動画配信のサービスモデルについて考えてみましたが、このコラムでは、今後もこのような独自の観点から、システムのあり方や、その先にあるビジネスモデルなどについて、考察したいと思っています。

最後にアメリカの歴史家「アラン・アクセルロッド」の言葉をご紹介して、今回のコラムを終わります。

前向きな目的を伴った、積極的な「ノー」という理由がない限りすべてのチャンスに対して「イエス」と言うべきである。

それでは、次回をお楽しみに・・・

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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