iPhone 7は「おサイフケータイ」を越えたのか
~スマートフォンの電子決済サービスを考える~

テクノロジーとイノベーションの協奏と共創 [第7回]
2016年11月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

「Apple Pay」は電子マネー決済の世界を急変させるのか

AppleのiPhone 7が「おサイフケータイ」に対応したと話題になっています。
今回のiPhone 7、iPhone 7 Plus、Apple Watch Series 2の新型iPhoneシリーズで、Appleが提供する決済システム「Apple Pay」は、電子マネー決済の世界を急変させるのでしょうか。

Appleは過去5年間、この時期にサンフランシスコ市内で開催する秋のスペシャルイベントでは、新型iPhoneに関する発表を行うのが恒例行事になりましたが、今回発表された「iPhone 7」シリーズも順当な進化を遂げています。

この「iPhone 7」の機能向上で最も注目すべき点は、「防水対応」と電子決済の「FeliCa(フェリカ)」に対応したことです。この機能追加によって、国内のコンビニや公共交通で広く利用されている、電子マネーのインフラを利用することが可能になっています。

このサービス開始に合わせて、Appleがこれまで世界9カ国で展開している決済サービス「Apple Pay」の日本でのサービス提供を開始し、東日本旅客鉄道(JR東日本)の「Suica」、NTTドコモの「iD」、JCBなどが推進する「QUICPay」サービスを利用することが可能になりました。

JR東日本の「Suica」カードや、「iD」、「QUICPay」のクレジットカードをiPhoneに登録することで、これら3種類のサービスが利用できる駅の売店・コンビニや、鉄道の駅の改札などで、iPhoneを端末にタッチするだけで支払いが完了する、電子マネーの機能が使えるようになったのです。

このサービスの基盤となっている「NFC(近距離無線通信)」の規格には、NFC Type A、Type Bと、「おサイフケータイ」「FeliCa」に対応したType F、3種類の国際規格があります。日本国外で生産されているグローバルモデルでは、一般的にType A/Bの2種類を搭載したスマートフォンが市販されています。

その一方、国内で流通しいてる「NFC」に対応したスマートフォンには、「FeliCa」のみ搭載、「NFC Type A/B」のみ搭載、「NFC Type A/B/F」搭載の、3種類のモデルが市販されています。これらの中で、現在日本国内の携帯電話キャリアが販売するAndroidスマートフォンでは、NFC Type A/B/Fの3種類を搭載するモデルが主流となり、これによって「FeliCa」に対応した「おサイフケータイ」サービスが利用できる環境を作り出しています。

そして、「NFC」には上記の3つの規格に加えて、スマートフォンなど端末がICカードと同じ動作をする「カードエミュレーションモード」、端末でICカードなどの情報を読み取れる「リーダー/ライターモード」、端末同士で直接データを交換できる「P2Pモード」3つのモードが存在しています。

このように、「3つの規格」「3つのモード」が存在するのに加えて、「NFC」関連では国内だけでも、決済向けの「EMV Contactless」、JRと私鉄などの相互乗り入れ用の「サイバネ規格」など、これらを利用する様々なサービスが乱立し、互換性の確保に多くの課題が山積していました。

NFC Type Fの搭載で国内外を問わずシームレスで活用できる環境へ

このような状況を改善するため、国際標準化団体の「NFCフォーラム」では、各規格間の調整を行う「ハーモナイゼーション(協調)」によって相互運用性の確保を目指す活動を続けてきました。

この「NFCフォーラム」での「ハーモナイゼーション(協調)」に、第二回目の会合から公共交通分野のワークショップにJR東日本が参加して、「FeliCa」に対応した「NFC Type A/B/F」も含めて国際的な相互運用性の確保に向けて提案を繰り返しています。

「NFCフォーラム」のワークショップにおいては、まずは決済分野から始まり、公共交通分野へと議論が移行しますが、JR東日本が「モバイルSuica」の事例紹介などを行い、NFC Type A/B/Fそれぞれの違いの分析、どのようにハーモナイゼーションするかといった論議が行われています。

NFC Type Fが他の規格と異なる点は処理速度ですが、JR東日本では日本国内の公共交通機関の混雑時に対応するための仕様として、改札の処理が200ミリ秒以内に終了することを求めています。この要求仕様に基づいて、1分間に60人が改札を通過する処理性能があり、しかもICカードとリーダー/ライターまでの距離を85mm以内、という要件を満たすものとして、NFC Type F(FeliCa)規格を「NFCフォーラム」に提案してきました。

これに反して、欧米を中心する鉄道事業者等の仕様では、処理時間は500ミリ秒以内、改札機からカードまでの距離は20mm以内という要件であり、Type Fと比較すると処理が遅いものになっています。

この処理速度の課題を克服するため、JR東日本側としては説明を重ねる中で、欧米を中心とする現在の要件は、改札のリーダー/ライターのアンテナが小型であることや、消費電力の大きい旧式のICカードを想定していることから、JR東日本の改札機と同等のアンテナ(Class 1以上)を採用し、最新のNFCチップを使用することで、NFC Type A/Bでも同等の処理性能が確保できることを、繰り返し主張していきます。

このような、JR東日本の粘り強い説得が功を奏した結果として、ワークショップではNFC Forum規格とISO/IEC10373-6を変更することで合意が成立する快挙を実現することにつながっていきます。この合意によって、NFC Forum規格として「NFC Type A/B/Fを搭載する」ことが決定し、このNFC Forum規格を採用したデバイスは、「決済・公共交通分野双方で使用が可能な世界同一の規格」を使用できることになったのです。

この動きと同調するように、モバイル業界の団体「GSMA」とデバイスの認定試験を行う「GCF」が「NFC Forum」と提携することで、「GCF」の認定を受けるためには「NFC Forum」規格に準拠することが必要となり、グローバルモデルにも「NFC Type F」が搭載されるようになったのです。

このワークショップの合意に基づき、公共交通機関で利用されるGCF認定を受けたNFC対応のスマートフォン等のデバイスでは、「NFC Type F」が実装されることになり、公共交通等の標準化団体である欧州系の「STA(Smart Ticketing Alliance)」や「米公共交通協会(APTA)」、そしてJR東日本などが、新仕様に沿ったインフラ整備を進めてきました。

「NFC Type F」を搭載したデバイスが大勢を占めるようになれば、海外旅行などで国外へ行く場合でも、日本で日常使っているスマートフォンに、渡航する国のスマホアプリをダウンロードして交通機関を利用することや、また逆に海外のNFC対応スマートフォンユーザーが来日した際、モバイルSuicaアプリをインストールして、JR等の公共交通機関に乗車するなど、国内・国外を問わずシームレスで活用できる環境が現実のものになります。

とはいえ、電子マネー決済・公共交通双方の分野で、「NFC Type F」規格を活用するためには、今後さらにデータ記録用ICと通信用IC間の通信仕様、データ処理・アプリ仕様などの、クリアしなければいけない、多くのハードルがあることも事実です。

FeliCaを利用した非接触決済の交通カードシステムは、1997年に香港で「八達通(Octopus)」として世界で始めて運用を開始しました。その後、2001年に日本国内でも「Suica」のサービスが開始されてから、交通系ICカード(FeliCa)を利用したシステムが普及し、ICカードを駅の改札機にタッチして通過したり、駅構内の売店での買い物の際に、ICカードをレジの読み取り機にかざして決済することは、生活シーンの一部となりました。その後、2004年に携帯電話に「おサイフケータイ」機能が搭載されてからは、携帯電話をタッチして決済することは我々にとって身近な日常の光景になっています。

iPhoneが「おサイフケータイ」と同等レベル以上のサービスを展開できるのか

このようなモバイル決済が一般に普及した環境は、日本だけの特殊な状況であり、まさにガラパゴス化を象徴する事例のように取り上げられてきました。しかし、2014年10月に「Apple Pay」サービスが開始されてからは、米国内の都市部などでは珍しい光景ではなくなり、2016年時点でiPhoneユーザーの4人に1人は「Apple Pay」による決済をした経験がある、という統計データもあるようです。これは、米国でのiPhoneのシェアが3割強であることを考慮すれば、人口の1割程度の人々が「Apple Pay」の仕組みに触れサービスを体感したことを示しています。

元来、「Apple Pay」の設計思想は「手軽に誰でも使えるサービス」を目標に開発されていますので、米国内で発行されているクレジットカード・デビットカードを写真撮影してiPhoneに取り込むと、カードを発行している銀行から「バーチャルカード」と呼ばれる仮想的な決済情報がiPhoneに送られて安全な状態で格納されます。

この状態で、「Touch ID」と呼ばれる本体下部にある指紋センサーのボタンに指を載せてICカードリーダー(非接触の読み取り機)にかざすと、指紋認証を経て本人照合が行われた段階で決済が完了します。バーチャルカードは本来のクレジットカードとは異なる形でiPhone内に格納されていますので、スキミング等のカード番号を奪取する犯罪行為対策として、より安全に決済できる仕組みとなっています。

なお、iPhone 7に「Suica」を登録する方法は、「Suica」の上にiPhone 7を置くと、カード内の情報がiPhone 7に転送され、「Suica」が使用可となり、iPhone 7にクレジットカードが登録されていれば、チャージもiPhoneでチャージも出来るようになっています。

また、新規登録する場合は、専用の「Suicaアプリ」をダウンロードして、iPhone内にSuicaカード情報を作成することが出来ますので、それ以降は「おサイフケータイ」と同様に、改札やレジ横の読み取り機にかざすだけで通常のSuicaと同様に利用することができます。この際、Touch IDの指紋認証は必要ありません。

このiPhone 7シリーズが目指すものは、端的に言えば「Suica」や、クレジットカード等の「物理カードを置き換える」ソリューションの提供です。

今回、Appleがモバイル決済の分野で先行する日本市場に向けて、iPhone 7シリーズで「Apple Pay」サービスを開始し、日本のマーケットに適応する形でサービスを提供するのであれば、興味深い展開が期待できると思います。

現状、FeliCaが使えるインフラが日本全国に普及しているのに反して、「おサイフケータイ」の進化は2010年以降には停滞しています。この状況については、「おサイフケータイ」を使い始めるまでの初期設定の煩雑さと、「おサイフケータイ」の使えないiPhoneが国内のスマートフォン市場で大きなシェアを獲得していることが要因と考えられます。

2011年のアクセンチュアの報告によると、日本のモバイルユーザーの33%が携帯電話で決済をした経験があり、47%がモバイル決済に好感を抱いているというデータがあります。iPhoneが「おサイフケータイ」と同等レベル以上のサービスを展開することで、日本のモバイル決済のユーザー数が増加することと、将来に向けてもその使い勝手をさらに良くする提案を続けることを、iPhone 7に続く、次世代、次々世代のiPhoneに期待したいと思っています。

今年の春に開催された米CNBCのインタビューで、Appleの最高責任者ティム・クック氏はiPhone 7について、「その必要性を認識していないだけで、それなしでは生活できない機能」を搭載していると答えています。

今回の「おサイフケータイ」対応は、現状では「iPhone 7」「iPhone 7 Plus」「Apple Watch Series 2」の3モデルに限定されていますが、今後は海外で販売されるグローバルモデルがFeliCa対応になることで、海外からのインバウンド観光客や2020年に訪日した旅行者などが、iPhoneさえ持っていれば「お買い物」も「交通機関」も、「タッチ&ゴー」で支払いが完了するような、国境を越えた相互運用の世界が実現することを期待したいものです。

それでは、次回をお楽しみに・・・

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執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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