もう一度読み解く情報通信白書2016
~「IoT」「AI」の先にある近未来とは~

テクノロジーとイノベーションの協奏と共創 [第8回]
2016年12月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

はじめに

今年納めの師走12月、今年を総括する意味で「情報通信白書2016」をもう一度読み返しながら、「IoT(モノのインターネット)」、「AI(人工知能)」などについて、我々が近い将来に体験するかもしれない今後の展開を考えてみました。

情報通信白書2016

2016版の情報通信白書では、情報通信技術投資の進展によって2020年度にはGDP(実質国内総生産)を約33兆円押し上げるとするなど、「IoT」、「ビッグデータ」、「AI」等の新たなICT関連の動向について、少子高齢化や人口減少による労働人口の減少を補う生産性向上や、イノベーションの手段として紹介するとともに、その重要性を強調しています。

また、「IoT」を活用した製品やサービスの導入率や「IoT」関連設備投資、関連売り上げなどから「IoT」進展指標(導入率)を作成し、日本は携帯電話契約数やモバイルBBなどネットワークインフラ環境は米国や英国、中国、ドイツ、韓国等の諸国の中で最も整備されているものの、「IoT」への投資額は韓国に次いで低いと、我が国の産業動向を分析しています。

このような状況の中、収集、蓄積の段階で停滞している日本のデータ活用実態や「IoT」の市場規模予測などのデータを考慮すると、2015~2020年に他国の「IoT」導入率は2~3倍になると予測しています。一方で、相対的に日本は「IoT」導入意向が低く、他国と差が開いてしまう可能性があるという結果を導き出し、日本での「IoT」導入意向が低い理由として「IoT」導入を推進できる人材の育成が課題であると指摘しています。

また、「IoT」時代の新たなサービスについては、日本は各国と比較して「FinTech」や「民泊」などシェアリングエコノミー関連サービスの認知度や利用意向が低いものの、今後利用が進めば事故やトラブルへの対応への不安が軽減され、利用が進む可能性があるとしています。

そして「AI」については、普及に向けた今後の対応を日米で比較して、日本での調査結果は「特に何も行わない」が51.2%で過半数を超え、米国の22.8%を大きく上回ることから、「AI」活用に関する我が国の導入意識の低さを浮き彫りにしています。白書では経済成長の中心となる「AI」や「IoT」導入に日本が乗り遅れることのないよう、苦手意識を取り除くことや、企業や就労者が人材育成の課題に対応していくことが重要であると示唆しています。

このように、例年にも増して充実した内容となっている情報通信白書2016版ですが、「AI」、「IoT」等の将来にまで言及する記載内容の中で、私が興味を持ったのは、ICTを活用することでシステムやサービスが生み出す、「非貨幣的価値」としての「消費者余剰」等の分析を試みているところです。

ICTの価値はサービス提供者と、それを利用するユーザーのそれぞれにもたらされますが、サービス提供者の企業等については、GDPの増加として既存統計で把握できます。これに対して、ユーザー側の便益・ベネフィットは既存統計では把握することができない「非貨幣的価値」があるとして、2016版の情報通信白書では、「消費者余剰」、「時間の節約」、「情報資産(レビュー等)」の三つの観点に着目しています。

ユーザー側の消費者が支払っても良いと考える価格と、実際に支払われている価格との差である、「消費者余剰」については、音楽・動画視聴サービスを事例として分析すると、利用者は1カ月あたり150円~200円程度の余剰を得ていると試算し、年間の消費者余剰額合計を約1,097億円と推計しています。

そして、「時間の節約」については、ネットショッピングを事例としてショッピング1回あたり、40分~60分程度の節約時間を生み出したと推計し、「情報資産(レビュー)」については、8割以上の利用者がレビューによって購入する商品を決定した経験があると分析しています。

ICTの進化が生み出す副産物の「非貨幣的価値」

今回の白書では、このICTの進化が生み出す副産物の「非貨幣的価値」について、経営学者エリック・ブリニュルフソンの『ザ・セカンド・マシン・エイジ』の事例を紹介しています。情報通信技術の急速な進展を抑制することは原則難しいと仮定すると、そこから生み出される「進化の副産物」をポジティブなものとして捉え、それをどのように活用していくのか考えることが、我々に与えられた課題なのかもしれません。

「IoT」関連の産業動向としては、2020年までに「IoT」を導入するか企業に調査したデータをもとに、米国や英国など海外5カ国の企業は新サービス・商品開発・業務効率化などを目的として80%前後が導入意向を示しています。これ対して、日本企業の導入意向は40%程度と低迷し、IT活用によるプロセス標準化や新事業創出について、国内の経営者層の理解度の低さを露呈する結果となり、欧米各国との格差が拡大する可能性があると警鐘を鳴らしています。

また、「AI」の利用状況については、日本の企業等の取り組みの中で、「AI」への対応・準備は特に行わないとする企業が多く見られることから、「AI」の知識・スキルを積極的に習得するなど、「AI」を使う側に立って、自らの事業展開に活用しようとする米国企業等の姿勢との対極的な傾向を明らかにしました。

このような傾向は、以前から情報通信白書が指摘してきた我が国の課題であり、従前からの日本企業の体質とも言える業務効率化やコスト削減などの「守りのICT投資」から脱却し、経営者層のIT投資に対する認識度を向上させることによって、製品サービスの開発強化や・ビジネスモデルの改革等にICTを活用する、「攻めのICT投資」の重要性を指摘しています。

一方で他の見方をすれば、自らの職場への「AI」導入や、「AI」を仕事のパートナーにすることの抵抗感は、米国労働者に比べて日本の就労者の方が小さい傾向がありますので、日本の職場環境への「AI」導入の方が、導入障壁は低いのかもしれません。

「AI」関連では、去年から今年にかけて世間を驚かせるようなニュースが続きました。今年の3月、Googleが買収したイギリスのベンチャー企業「Google DeepMind」が開発したコンピューター囲碁プログラムの「AlphaGo」が、韓国のイ・セドル九段(囲碁の世界トップ棋士の一人)との五番勝負に4勝1敗と圧勝したニュースが大きな話題になったのを皮切りとして、日本国内では同月3月に「AIが書いた小説がショートショート(掌編小説)の新人賞「星新一賞」の一次審査を通過しました。

さらに4月には、マイクロソフト、オランダの金融機関 ING グループ、レンブラント博物館、デルフト工科大学による共同プロジェクト「The Next Rembrandt」が開発した「AI」が、レンブラント自身が描いたとしか見えないような「レンブラント風の作品」を3Dプリンタを使用して描き、レンブラントのタッチや、油絵の具の盛り上がりなどを再現することに成功しています。

この「The Next Rembrandt」が描く「レンブラント風の作品」では、絵画の「モデル」についても、実物の人物ではなく、レンブラントの過去の作品に描かれた人物などのデータから、「AI」がレンブラントならこのような人物を「モデル」にするであろうと、創作した人物を「モデル」として描いています。

これらの「AI」に関する一連のトピックスは、我々が漠然と描いてきた「AI」にクリエイティブな作業は無理で、「AI」が「クリエイティブな能力を持つようになるのは先の話」という概念をくつがえす事実を示してしますが、今後「AI」の発達は私達の生活シーンや社会活動に、どのような影響を及ぼしていくのでしょうか。

コンピューターによって代替されにくい仕事

2015年10月、オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授が同大学のカール・ベネディクト・フライ研究員と共に発表した、『雇用の未来―コンピューター化によって仕事は失われるのか』という論文が世界的に話題になりました。この論文によると、今後10年から20年の間に米国の総雇用者の内47%の仕事がコンピューターによって代替されると、センセーショナルな予測をしています。

そして、その一方でコンピューターに代替されにくい仕事「なくならない仕事」として、以下のような職種をこの論文では予測しています。

  1. レクリエーションセラピスト
  2. 最前線のメカニック、修理工
  3. 緊急事態の管理監督者
  4. メンタルヘルスと薬物利用者サポート
  5. 聴覚医療従事者
  6. 作業療法士
  7. 義肢装具士
  8. ヘルスケアソーシャルワーカー
  9. 口腔外科
  10. 消防監督者
  11. 栄養士
  12. 施設管理者
  13. 振付師
  14. セールスエンジニア(技術営業)
  15. 内科医と外科医
  16. 指導(教育)コーディネーター
  17. 心理学者
  18. 警察と探偵
  19. 歯科医師
  20. 小学校教員

生産効率の飛躍的な向上によって余暇が増えるという状況は、かつてイギリスの経済学者「ジョン・メイナード・ケインズ」が想像して実現しなかった世界ですが、今後「AI」関連技術の進展は、これを可能にするのかもしれません。

さきの「オズボーン准教授」の予測どおり、「AI」が我々に代わって仕事の半分をしてくれるのならば、現在の労働力の半分は不必要になり、極論すれば就労者の半分が仕事を奪われることになります。そのような状況で生産量やGDPが確保できるのか、それで経済システムが維持できるのであれば、旧来の概念とはまったく異なる、新たな社会規範に基づく制度設計が求められることになります。

それに対する回答案の一つとして注目されているのが、欧州の経済学者を中心に提唱されている「ベーシックインカム(最低所得保障)」と呼ばれる制度です。

「ベーシックインカム」は、国家が無条件に(勤労や所得・資産の多寡にかかわらず)、最低限の生活を保障するための給付を行う制度で、元来は所得格差や貧困問題への対応として提唱されてきたものです。これが「AI」の発達という新たな要因が加わることで、社会福祉コストが増大する超高齢化社会に向けた大胆な政策プランとして、いま注目を集めています。

今年の6月、スイスではこの「ベーシックインカム」について、その是非を問う国民投票が実施されました。成人1人に月額2,500スイスフラン(約27万5千円)、未成年1人に625スイスフラン(約6万8千円)を毎月支給して最低生活保障する代わりに、年金や失業手当の支給を廃止するという、大胆な提案でしたが、賛成23.1%、反対76.9%で否決されています。

「年間2,080億スイスフラン(約22兆7千億円)」の巨額の費用とスイスの経済競争力の低下を懸念する反対派に対して、推進派では、財源については現行の社会福祉制度の切り替えなどで可能だと主張しましたが、支持を広げることが出来ず否決につながったと言われています。

たしかに、社会保障システムを根底から変革するような大胆な施策だけに、まずはいくらの「ベーシックインカム」なら社会保障廃止が実現できるのか、長期的な分析が必要ではありますが、選択肢のひとつとして検討に値する制度ではないかと感じています。

そして、それとともに必要なのは、公平で皆が納得できるような新たな時代の「富を再配分する仕組み」の構築と、労働に対する倫理観を再定義することが、我々に与えられた命題ではないでしょうか。

「第4次産業革命」による生産性向上

再び白書の話しに戻りますが、そこで述べられているとおり、我が国において急速に進行する少子高齢化と人口の減少、それが国内需要の縮小を招き、中長期的な経済成長を阻害する懸念などの対応策として、「IoT」、「ビッグデータ」、「AI」などを活用する「第4次産業革命」による生産性向上が必要であり、これについては「日本再興戦略 2016」においても取り上げられているところです。

今回の2016年版情報通信白書では「IoT」、「AI」などの情報通信技術ICTの活用で企業の生産性などが高まるとして、2020年度時点の実質GDPは590兆円に達すると推計し、潜在成長率並みで推移した場合の557兆円を大きく上回ると分析しています。

「第4次産業革命」は、蒸気機関の第1次、電気の第2次、コンピューターの第3次に続いて、「IoT」や「AI」などが巻き起こす産業構造の変化ですが、その先には我々がかつて体験したことのない社会が実現しているのかもしれません。

「AI」によって、労働者の半分が職場を追われるといったネガティブな思考ではなく、「AI」が我々に代わって仕事の半分をしてくれるのであれば、それを“良し”とするポジティブな発想に考え方を改めてもよいのではないでしょうか。

極端な言い方をすれば、今後人口減少が続くとしても、「AI」によって現在と同等の国力を維持することが出来るのならば、“それもまた良し”と思います。

我々が子供の頃から普遍的に抱いている倫理観「働かざる者、食うべからず」という考えは、生産性が不足している経済社会にあっては一定の意味を持ちますが、一部の人達が「働かなくても、食える」のであれば、その方がより良い世界のような気がしています。

「IoT」や「AI」の進展によって、我々は近い将来そのような新たな社会を体験しているのでしょうか。

今回のコラムでは、「情報通信白書2016」を読み返しながら、「IoT」、「AI」を中心に今後の展開を考えてみましたが、このコラムでは、今後もこのような独自の観点から、システムのあり方や、その先にあるビジネスモデルなどについて、考察したいと思っています。

それでは、次回をお楽しみに・・・

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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