2017年はモバイル決済大躍進の年になるのか
~Google「Android Pay」が目指すものは~

テクノロジーとイノベーションの協奏と共創 [第9回]
2017年1月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

「Android Pay」の提供開始について

Googleは昨年の12月13日、世界で9カ国目となるAndroidスマートフォン用のデジタルウォレットサービス「Android Pay」の提供を日本でも開始しました。

「Android Pay」は、Androidスマートフォンを電子マネーリーダーに「かざす」だけで決済が完了する非接触型デジタルウォレットサービスです。現時点では「楽天Edy」との提携によって、ビックカメラ、ファミリーマート、ローソン、マクドナルド、ヨドバシカメラなど、コンビニエンスストアや家電量販店、国内の約47万以上の店舗で「Android Pay」による支払いが利用可能になっています。

「Android Pay」を利用するには、Androidスマートフォン(Android 4.4 KitKat以上搭載)に、Google Playから「Android Pay」アプリをダウンロードする必要がありますが、インストール完了後、画面に表示された電子マネーの追加メニューから、「楽天Edy」を選択するだけで、店舗のレジなどでスマホを「かざす」して決済が完了する「タップ&ペイ」による支払いができるようになります。すでに「楽天Edy」を利用しているユーザーは、既存のアカウント情報を「Android Pay」に登録することで、すぐ利用開始することもできます。

また、「Android Pay」アプリでは、購入履歴を簡単にチェックできる機能の他、楽天グループで提供する共通ポイントと電子マネーを一元管理することも可能になっています。

今回、「楽天Edy」と提携したことで、飲食店での支払いや、自販機でコーヒーを購入した際、スマホをポイントカードとして使うこともできるようになっています。

このような利用シーンは、「おサイフケータイ」では既におなじみの光景ですが、「楽天Edy」のロゴマークは国内の多くの店舗で目にするようになりましたので、Androidスマホで「楽天Edyカード」と同様のサービスを利用できるのであれば、デジタルウォレットサービス普及の起爆剤になるかもしれません。

なお、Googleでは2017年以降にFeliCaネットワークスと連携することで、三菱東京UFJ銀行、Visa、Mastercardなどで「Android Pay」による決済が行えるように、電子マネーサービスを順次拡大していくと公表していますので、今後はSuicaなどの交通系ICカードに対応したサービス展開も期待できると考えられます。

「Apple Pay」、「Android Pay」どちらも、日本の「おサイフケータイ」と同じように、店舗などに設置された読み取り装置にスマホを「かざす」と、支払いすることができる電子決済サービスです。また、リアルな店舗だけではなく、決済の提携をしているアプリやウェブサイトで、商品やサービスを購入した際に利用することも可能になっています。

この両者のサービスでは、「NFC(近距離無線通信)」に対応しているところは共通していますが、「Apple Pay」と「Android Pay」では、利用できる機種が明確に分かれています。前者はiPhoneなどのアップル製品で、後者はAndroid 4.4以降のOSを搭載したGoogleのNexusなどのアンドロイド端末でできますが、「Apple Pay」をアンドロイド端末で、「Android Pay」をアップルの製品で利用することはできません。

日本は「おサイフケータイ」で、モバイル決済サービスの分野をリードしていましたが、2015年から米国を中心に始まった「Apple Pay」、「Android Pay」、「Samsung Pay」などの非接触モバイル決済サービスの世界的な潮流に加えて、2016年には日本国内でも「Apple Pay」、「Android Pay」の提供が開始されたことによって、2017年はデジタルウォレットサービスのグローバルな市場が、一気に活性化するような予感がしています。

日本国内でのサービスリリースでは「Apple Pay」が一歩先行しましたが、「Android Pay」は今後、どのような事業展開を図るのでしょうか。

「NFC(近距離無線通信)」について

ここで、まずはサービスの基盤となっている「NFC(近距離無線通信)」について、整理してみたいと思います。「NFC」は、Near Field Communicationの略称で、13.56 MHzの周波数を利用する、通信距離10cm程度の近距離無線通信技術です。非接触ICカードの通信および 機器間相互通信が可能で、機器を近づけることで通信を行うため、「かざす」動作をきっかけにした、わかりやすい通信手段として昨今注目を集めています。

「NFC」の規格は大きく分けると「NFC Type A」、「NFC Type B」、「NFC Type F(FeliCaチップ対応)の3つの規格に分類されます。

「NFC Type A」は、Mifare(マイフェア)と呼ばれる規格で、オランダのNXPセミコンダクターズ(フィリップス)が開発し、「NFC」の中では世界的に最も普及しています。

国際通信規格ISO14443 Type A とも呼称され、安価に生産することが可能です。

日本ではタバコ購入カードの「taspo」に使用され、海外ではロンドン、モスクワ、ソウル、北京の公共交通システムにも採用されていますが、日本の「Suica」と比較すると読み取り機にタッチしてから、決済を完了するまでの処理速度が遅いという弱点があります。

「NFC Type B」は、アメリカのモトローラが開発した規格で、日本ではマイナンバーカード、住民基本台帳カード、自動車運転免許証、パスポートに採用されています。

「NFC Type B」のシステムはCPUを必要としますので、処理速度が遅くなるのに加えて、「NFC Type A」と比較すると製造コストが高価になるのが難点です。

「NFC Type F」は、ソニーが開発した非接触型ICカードの技術です。

日本での利用率が高いSuicaやEdyは、「Type F」のICチップが搭載された端末を利用しなければなりませんが、「おサイフケータイ」では、ガラケー(フィーチャーフォン)に「Type F(FeliCaチップ)」を搭載することで、この機能を実現していました。

現在、海外で生産されているグローバルモデルでは、一般的に「NFC Type A」、または「NFC Type B」を搭載した、2種類のスマートフォンが市販されていますが、日本国内では「NFC」に対応したスマートフォンは、「FeliCa」搭載、「NFC Type A/B」搭載、「NFC Type A/B/F」搭載の、3種類のモデルが流通しています。

これらの中で、国内の携帯電話キャリアが販売するAndroidスマートフォンでは、「NFC Type A/B/F」を搭載したモデルが主流となり、これによって「FeliCa」に対応した「おサイフケータイ」がスマホでも利用できる環境を作り出していました。

このような状況から、日本国内においてスマートフォン用のデジタルウォレットサービスを提供することを考えると、我が国の非接触決済インフラとも言える「FeliCa」を無視することはできません。

言い方を換えれば、「FeliCa」に対応する事がサービス普及の一番の近道とも言えるのです。

「Apple Pay」と「Android Pay」の違い

Appleでは、iPhone 7に「NFC Type A/B/F」規格を採用する事で、日本の「おサイフケータイ」インフラに対応する手法を選択しましたが、NFCを使ったコンタクトレス決済であること、トークンを使ったセキュアな通信、クレジットカード・デビットカードとの紐付け利用など、我々が店舗などで決済機能を利用する際の使い勝手としては、「Apple Pay」、「Android Pay」ともに大きな差は無いように思われます。

ただし、「Android Pay」では、口座情報・決済情報の取り扱いについて、「Apple Pay」とは異なる仕組みが採用されています。

「Apple Pay」の場合、「おサイフケータイ」と同じように、クレジットカード情報を保存する領域として、デバイスのSE(Secure Element)を利用していますが、これに対して、「Android Pay」では、スマホ等のデバイスの内部に口座情報は保存されません。

「Android Pay」では、インターネット経由でSE(Secure Element)と同様の仕組みを提供するHCE(Host Card Emulation)を採用することで、カード情報や口座情報はGoogleのクラウドに保管され、決済時にはシステムが生成した決済情報である「トークン」を介して決済が行われます。決済端末と口座の間にさらにもう一つセキュリティシステムを用意することで、より安全にモバイル決済が利用できる仕組みを構築しているのです。

また、「Android Pay」のメリットとして、ギフトカードやストアのショッピングカード、ポイントカードが登録できる点も大きな訴求力になっていると思われます。

特定の店舗が発行した割引券やポイントカードを事前に登録しておけば、使用時に自動的にサービスが適用されたり、ポイントが加算されたりするシステムですが、ポイント好きな日本人にとっては、この機能がキラーコンテンツになる可能性もあります。

そして、海外からのインバウンド観光客をターゲットとしてサービスを展開する場合においても、日本の非接触決済インフラ「FeliCa」への対応が重要な要素として浮かび上がってきます。

モバイル決済を巡るユーザーの動向としては、世界中で「海外旅行する人口が増加している」ことを反映するように、訪日外国人数が年々増加しているのに加えて、一大イベントが開催される2020年には、全世界からインバウンド観光客が日本を訪れることが想定されています。

そして、今後も訪日旅行者数は中国などアジアからの旅行者増が順調に拡大し、2020年には3679万人を達成し、物品購入金額は2015年の1.3倍となる1兆8764億円に到達すると推計されています。

このような、インバウンド観光客の獲得を国家間で競争する時代、モバイル決済市場においても、来訪者に提供するサービス・コンテンツの充実が喫緊の課題となってきますが、そこで注目されているのが「HCE」、「HCE-F」、と呼ばれている仕組みです。

「HCE」はHost-based Card Emulationの略称で、その名の通りホストだけでカードエミュレーションを実行するシステムです。単純に言えば、「HCE」に対応したAndroid OSが動作すれば、セキュアエレメントが無いNFC端末でもスマホ非接触決済が可能となる仕組みで、Android 4.4 "KitKat"から適用され、今回の「Android Pay」でも利用されている仕様です。

Googleでは、これに続くAndroid 7.07 "Nougat"から提供される機能「HCE-F」で、日本の「おサイフケータイ」インフラに適用していくと考えられます。「HCE-F」とは「FeliCa」に対応した「HCE」で、この「HCE-F」を利用する事で、NFCが利用可能なデバイスであれば、FeliCa決済が可能になるシステムです。

この仕組みによって、海外で使用されている「FeliCa」に対応していないNFC端末でも、日本国内で「FeliCa」決済が可能になると考えられます。これは、海外からのインバウンド観光客が保有するスマホで、日本国内での「Android Pay」による決済が可能になる事を意味しています。

今後は、ガラパゴスと揶揄された日本の「おサイフケータイ」アプリが、「HCE-F」に対応することによって、世界に進出してグローバル展開することも可能になるかもしれません。

今回、Apple「Apple Pay」と、Google「Android Pay」を比較して感じたことは、自らが理想とする世界観で垂直統合的なサービスモデルを展開するAppleと、Androidというオープンなプラットフォームを提供することで、様々なサービスモデルの創生を計るGoogleが見せる、同様の分野においても見事なまでに異なる、ビジネスモデルの相違です。

今年は、Apple、Google両社が繰り出す、デジタルウォレットサービスからは、目が離せないと思っています。

それでは、次回をお楽しみに・・・

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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