顧客第一主義のその先にあるものは?
~Amazonのリアル社会参入を考える~

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質 [第9回]
2018年1月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

はじめに

ハードウェア・ソフトウェアがIoTによってつながり、AI(人工知能)と連携することで、大量のデータを活用した本当の意味での、顧客第一主義のサービス提供が可能になる環境が構築されつつあります。

前回までのコラムでも、AIを搭載した「スマートスピーカー」人気が海外で高まっている状況をお伝えしました。IoT・AIがクラウド上に連携することでユーザーの詳細な購買情報を収集・蓄積することが可能となった現在の状況は、ユーザーである我々に対して、そしてサービスを提供する事業者にとって、どのような可能性をもたらすのでしょうか。

今回のコラムでは、 AIスピーカー市場でトップを独走し、スマートホーム時代の覇者を目指すAmazonの事業展開を通して、次の時代のユーザーエクスペリエンス実現に向けた事業動向について考えたいと思います。

Amazonが目指す顧客第一主義の戦略

Amazonでは、これまでもユーザーの購買履歴や売上に関する情報を最大限活用し、顧客本位のサービスを展開することで、売上の向上を目指してきました。

売上は、顧客の「客数」と「客単価」を掛け合わせたもので構成されていますが、この顧客の「客単価」を向上させる方策として「購買頻度(セット率)」を高めるための様々な取り組みが実施されてきました。

Amazonの場合、顧客は「一般顧客」と、お得意様である「プライム会員」に分類することができますが、「購買頻度(セット率)」を高め売上を増加させるためには、「プライム会員」の会員数を増やしていく必要があります。

そして、Amazonではお馴染みの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」という「リコメンデーション」機能の正確度が、増せば増すほど「購買頻度(セット率)」は高まり「プライム会員」の会員数は増加していきます。

従来のマーケティング手法では、顧客の属性データを収集することは可能であっても、その一方で、マーケティング上有用である、顧客の行動パターン・心理パターンについては、消費者アンケートを実施するなどの方法でしか収集することは困難とされてきました。これに対する一つの回答が、「ビッグデータ」と「AI」を活用して顧客の購入を予測するAmazonのビジネスモデルです。

購入予測モデルとしてのリコメンデーション機能

Amazonのリコメンデーション機能は、「協調フィルタリング」と呼ばれるアルゴリズムによって構成されていますが、この仕組みは各顧客に特化した、購入予測モデルと言い換えることもできます。

この機能は、一般的に分類と呼ばれているものと同様に、似たもの同士を集めてグルーピングし、それをマーケティング上でセグメンテーションしていく手法で、これがAmazonの売上を押し上げている要因となっています。

ここでのポイントは、ある顧客がサイト内で商品を検索・閲覧して、最終的に購入に至るまでのデータと、また別の顧客がサイト内で商品を検索・閲覧して、購入に至ったデータの両方を照合することで、その購入パターンから、ユーザー同士の類似性や商品情報に関する共起性を解析し、商品購入に至るまでの購買履歴を関連づけることで、リコメンデーション機能につなげているところです。

実際の運用としては、より詳細な顧客ごとのサイト内での行動ログや、各種検索履歴などもビッグデータとして集積・分類され、より高度な解析・リコメンデーションが実現していると言われています。

このシステムの前提になっているのは、「顧客Aの評価」と「顧客Aに似ている顧客Bの評価」は似ているだろうという仮説です。その仮説から「顧客A」は購入していないが、「顧客Aに似ている顧客B」が購入した商品は「顧客A」にも購買意欲があるのではないかという、さらなる仮説を導き出していきます。

端的に言えば、Amazonのリコメンデーション機能は、多くの顧客の中から、サイト内で商品を検索・閲覧するなどの商品購入に至るまでの購買履歴が似かよっている顧客を探し出し、同様の傾向を持つ顧客が購入したアイテムを、未だ購入していない顧客にお勧め「リコメンデーション」する仕組みと言い換えることができます。

この「リコメンデーション機能」で注目すべきは、顧客のサイト内での行動履歴のボリュームと、顧客にお勧めする商品・サービス・コンテンツの解析が「ビッグデータ」と「AI」が連携することで精度が飛躍的に向上し、顧客がそれまで自分自身でも意識していなかった商品・アイテムをお勧めされたことで「こんな商品・サービスが欲しかったんだ」と顧客に気付かせて、それを購買意欲の高揚につなげているところです。

オンラインからリアル店舗の世界へ

そのオンラインショッピング世界の覇者とも言えるAmazonがリアル世界への進出を加速しています。2016年12月にはAIとRFID(ICタグ)を活用した、レジで決済不要の無人コンビニ「Amazon Go(アマゾン・ゴー)」の展開を発表。2017年8月には、自然・有機食品小売大手の高級スーパー「ホールフーズ(Whole Foods Market)」を137億ドルで買収しました。

先にも述べたように、購買頻度は売上を構成する重要な要素の一つです。そして、リアル店舗において最も購買頻度が高いのが生鮮食品であり、ネット通販がまだ確立されていない分野でもあります。

リアル店舗への展開を加速するAmazonの思惑は、オンラインショッピングが確立していない最後の分野におけるビジネスモデルを作り出すことであり、生鮮食料品市場の「情報」を収集することにあるのかもしれません。

Amazonはこれまでにも、米国の一部地域において「Amazonフレッシュ」というプライム会員向けの生鮮食品配送サービスを展開していましたが、消費者にはまだ生鮮食品を通販で購入する習慣が根付いておらず、苦戦を強いられていました。

しかし「ホールフーズ」の買収によって、同社が所有する450店舗が「Amazonフレッシュ」の拠点になり、この店舗を生鮮品の在庫や配達サービスなどのサプライチェーンを構成する物流拠点・倉庫として活用することで、Amazonのサイト上で生鮮食料品や新鮮なオーガニック食材を取り扱うことが可能になったのです。

Amazonでは、「ホールフーズ」を傘下企業とした当日に、最大43%という値下げを実行し、店頭には「ホールフーズ+アマゾン」のロゴ入り看板が掲げられました。スマートスピーカーであるAmazon Echo(アマゾン・エコー)も店頭で販売され、これと同時に、Amazonの「Prime Now(プライム・ナウ)」ページには「ホールフーズ」のバナーが掲載され、「ホールフーズ」PB商品がAmazonプライムでも購入できるようになっています。

Amazonでは今年から全米の「ホールフーズ」の店舗運営や広告宣伝・販売手法を刷新する予定で、現在の店舗数450店舗を2,000店舗にまで拡大することを計画しており、これによって8,000億ドル(約89兆円)規模の食料品小売業界でのシェアをさらに拡大する可能性があると言われています。

今後は、「ホールフーズ」の店舗を顧客がネットで注文した商品を受け取る場所として、活用することもすでに発表されています。ネットショップの利用者は、あらかじめオンラインで発注・決済しておけば、店舗を歩き回って商品を探す手間も、自宅に配送されるまで待つこともなく、店頭で即座に商品を受け取ることが出来るのです。

将来的には、Amazonは生鮮食料品の当日配送を可能にすることを考えているのではないでしょうか。そのため、「ホールフーズ」の店舗を「Prime Now」や「Amazonフレッシュ」の配送拠点として機能させることも想定されます。

ユーザーエクスペリエンスの実現に向けて

Amazonはこれまでさまざまなビッグデータを蓄積してきています。「ホールフーズ」の店舗に紐づけされた、リアルな地域属性に基づく商品情報や顧客情報などのビッグデータによって、顧客のリアルワールドでの行動履歴を把握することも可能になります。

消費者に最も身近な小売の世界は、テクノロジーの進化によって変化を遂げてきました。全米最大級の小売事業者である「ウォルマート」は、汎用コンピューターとバーコードシステムを駆使し、店舗で何が売れたかを把握することで成功を遂げています。

しかし、Amazonが目指すAI時代の小売業の業態は、顧客が何を望み、何を買ったかを把握するモデルです。AIがビッグデータを解析・学習することで、個々の顧客に寄り添い、その顧客に合った商品を提案できる時代が到来したのです。

現在、Amazonには3億人のユーザーが存在し、その約20%が最低週1回はAmazonで買い物をしているとのデータもあります。オンラインショッピングの世界を席巻したAmazonが、リアル店舗の展開から小売り・流通の覇者となり、AI時代の業態を制覇する、そんな明日がもうすぐやって来るのかもしれません。

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

上へ戻る