災害と自治体ICT
 ~自助力を高める情報システムをデザインする

ICT活用のヒント [第2回]
2014年2月

執筆者:慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科
    櫻井 美穂子(さくらい みほこ)氏

はじめに

コラム2回目は、災害時の自治体ICTについてお話をします。

前回のコラムで、岩手県・宮城県・福島県内の13市町を対象とした東日本大震災のICT被災状況調査についてご紹介しました。その結果、災害発生時における自治体の「自助力」と「受援力」の強化が今後の大きな課題として浮かび上がりました。

今回は、情報システムの観点から、この課題をどのように解決できるのか考えてみたいと思います。

「想定外」への対応の仕方

議論の大前提として、「想定外は必ず起こる」との認識が重要となります。
東日本大震災の際、陸前高田市では庁舎が水没し仮設庁舎への移転を余儀なくされ、仮設庁舎内でインターネット接続が正常の状態に戻るまでに4ヶ月(注)かかりました。
大槌町では町長が被災し、新たな町長を選ぶ選挙実施まで震災から5か月を要しました。
これは、住民基本台帳ネットワークシステムが被災し、選挙人名簿の整備に時間を要したためです。

これらの経験を踏まえ、「災害に強い」ICTを構築しよう、というスローガンが聞かれるようになりました。しかしながら、「災害に強い」=想定されうるすべてのリスクに対応しうる「強い」システムを構築することは、非現実的です。
コスト高になり、万が一障害を受けた際の復旧期間が長期化するためです。

そうではなく、想定外を前提として、たとえオペレーションが中断したとしても、その後「すぐに復旧できる」システムを構築する方が、本当の意味で「災害に強い」と言えるのではないでしょうか。

注:その間職員は外部から支援提供された3Gルーターで接続、メールは個人アドレスを利用。

「創造的」現場対応の重要性

ひとたび災害が発生すると、自治体業務は一変します。
災害発生直後に行うべきは、(1)住民の安否確認・広報、(2)避難所設営・運営、(3)救援物資管理・分配、(4)避難者リスト作成――等です。

これらの業務(災害対応業務)は、日常業務とは全く異なるものです。
ICTは、災害対応業務全般を支える「土台」となるべきものですが、東日本大震災においては先に紹介したようにICTが壊滅的な被害を受けた地域が続出し、迅速な災害対応業務を行うことが困難となりました。現場では外部から支援された鉛筆とペンで避難者リストを作成し、電力復旧後は職員が徹夜でパソコンに入力していきました。

災害発生後2~3日間の初動時は、外部からの応援を得ることが難しいため、自治体は職員のみで災害対応業務を遂行しなければなりません。ICTを活用しこれら業務を迅速に、かつ現場のニーズに合わせて創造的に行う必要性は極めて高いと考えています。

Frugalな情報システムデザイン

そのために、冒頭で述べた「復旧しやすいシステム」を構築することが非常に重要です。
ここで役に立つと思われるのが、Frugal information system(IS)論の考え方です。

Frugalとは「倹約な、質素な」という意味で、米Georgia大学のR. Watson先生らが提唱している概念です。「最小限のリソースでクライアントのニーズを満たす情報システム」と定義されています。この「最小限のリソース」というのがポイントで、利用可能なリソースに制限のかかる災害下の状況とマッチします。

このFrugal ISを実現するために、4つのuから始まる要素が設定されています。
具体的には、
Universality(汎用性)、Ubiquity(偏在性)、Uniqueness(唯一性)、Unison(一貫性)――です。
簡潔にまとめると、情報システム間の矛盾を克服し(Universality)、いつでもどこからでも情報にアクセスでき(Ubiquity)、人や物のアイデンティティや位置を特定し(Uniqueness)、情報の一貫性を担保する(Unison)――これらの要素を最小限のリソースで実装した情報システムが、Frugal ISなのだと言うことができます。

携帯電話を活用した自治体災害時業務のFrugalデザイン

現時点で、このFrugal概念を最も実現しうる情報システムは、携帯電話だと考えています。

東日本大震災発生後、輻輳やつながりにくさなどの様々な制約があったものの、我々の調査では個人ベースで最も利用されたデバイスであり、かつ最も復旧が早かったネットワークであったことが分かっています。
加えて有事には手動・移動型による電力供給が可能な点が、Frugal IS論の前提としている最小限のリソースと合致します。

システム構成としては、オープンなインターフェース(API)を持ち、SIM IDや電話番号による人物特定、クラウドを利用したデータ統合が可能と考えられ、4つのuを満たしています。これらの特徴を生かし、民間企業が既に災害時のアプリケーションを提供しています。

目線を自治体に戻すと、このようなデザイン思想の元に設計されたシステムを、有事(特に初動時)において、いかに機動的に運用できるかどうかが、創造的現場対応、すなわち「自助力」を高める鍵になると思います。

少し難しい話が続きましたので、今回はこの辺で終わりにします。次回は、Frugalなシステムデザインの自治体災害対応業務への活用、さらには平常業務の「アプリ」化について話をします。

論文のご紹介

Frugal IS論に基づいた東日本大震災後の情報システムデザインについてご関心のある方は、以下の論文をご覧いただければ幸いです。

※論文は英文表記、かつ閲覧が有料となっております。ご理解の上、閲覧願います。

  • 「IEEE Communications Magazine(January 2014)」掲載
    Sakurai, M., Watson, R.T., Abraham, C. and Kokuryo, J. "Sustaining Life During the Early Stages of Disaster Relief with a Frugal Information System: Learning from the Great East Japan Earthquake,"
  • http://www.comsoc.org/commag
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