ちょっとひといき テクノロジー探訪

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風力発電の風車から羽根が消える日

風力発電は、太陽光や太陽熱、バイオマス等と並ぶ、再生可能エネルギーの1つである。
巨大な風車は巨大なエネルギーを生むが、一方、環境へのリスクやコストなどの課題もあり、それを解決すべく新発想の羽根のない風車も開発されつつある。

再生可能エネルギーへの転換

2011年3月11日の東日本大震災と直後の福島第一原発の危機は、私たち日本人のエネルギーというものに対する考え方に一定の変化をもたらした。震災から6年が経過し電力不足という認識がない今日でも、電力消費量は震災前の水準よりは低いまま推移しており、また、発電供給量の割合を見てみると、原子力発電に代わってLNG(天然ガス)発電の比重が増え、再生可能エネルギーの割合も増加してきている

再生可能エネルギーとは、利用しても比較的短期間で再生し、枯渇しないエネルギー資源のことである。海外を見ると、再生可能エネルギーは環境への負荷が少なく、しかも発電コストも低いとの認識が広がっており、今後も大いに伸びる分野であると期待されている。が、日本国内では本格的に発展してきているとは言い難い状況である。

※経産業省エネルギー庁「エネルギー白書2016」より

再生可能エネルギーの主役は風力

海外において再生可能エネルギーのうち最も開発が進んでいるのが風力発電である。2004年に世界の年間発電量が4,800万kWだった風力発電は、2014年末には3億7,000万kWと、10年間でおよそ8倍となる発展を遂げ、今では世界の総発電量のうち約3%が風力で賄われている。

風力発電では、風を受けた羽根(ブレード)が回転し、その回転エネルギーが発電機に伝わることで発電する。二酸化炭素の排出量が少なく、発電機製造時にも環境負荷が少ないことが利点だが、天候によって発電量が左右されること、また設置した地点によっては発電量が伸びないこともあるなどの問題点もある。また、羽根に野鳥が衝突するバードストライクによって希少な鳥類に悪影響を及ぼすといった環境への負荷も問題視されているのが現状である。

羽根をなくす、という新発想

そうした状況のなか、スペインのVortexBladeless(ヴォルテックス・ブレードレス)社が発表した風力発電機「Vortex」は、大いに話題となった。これまでの常識だった羽根を取り除いた、シンプルな円錐のような風力発電機を発表したのである。

見た目は地面にただの棒のようなものが刺さっている状態だ。まだ開発段階のこの風力発電機は企業向けの大型だと高さ100mもあり1MW(メガワット)、家庭向けの小型だと高さ3mで100Wの発電量を目指している。カーボンファイバーとガラス強化繊維で作られており、軽さと強度を両立している。シンプルな構造のため、羽根のある風車に比べて製造コストは53%、運転コストは51%、メンテナンスコストは実に80%が削減でき、しかも野鳥にとっても安全だ。二酸化炭素の排出も約40%少ないという。羽根がある従来の風力発電機に比べると発電効率は劣るが、生産や施工の手間も減らせて、騒音もない。もちろん、羽根が故障するといったリスクもなくなるのだ。

発電のヒントは“橋の崩落”から

1940年のことだ。米国ワシントン州タコマ市の入り組んだ海峡部に跨るタコマ・ナローズ橋は7月1日に開通したが、開通直後から横からの強風によりひどく揺れていた。開通からわずか4カ月後の11月7日、風速19m/秒の横風を受け、うねるように揺れたのち、一部の橋床が破損し、落下。ついには全体が崩落してしまった。ちなみに、崩落の様子は当時映像として記録されているので、目にしたことがある人もいるかもしれない。

これほどまでに橋が揺れた原因といわれているのが、「風の渦」が起こした振動である。これは崩落した後の調査でわかったことだが、タコマ・ナローズ橋の場合、橋桁が特に薄いため、簡単にたわんでしまう構造であった。横から橋に吹き付ける風が強く、振動する橋の上と下に空気が乖離し、上下それぞれに空気の渦ができる。それによりさらに橋は振動し、そてまた大きな空気の渦ができる…といった具合に、橋の構造上の振動と風の渦の動きが一致することで、大きな振動エネルギーが生まれてしまった。そして、これを発電に活かせるのでは、と考えられたのがVortexだ。

Vortexは、よく見ると上2つに分かれており、上部が風を受けるマストの役割だという。風の渦がそのマスト全体に沿って回転するよう空気力学的に計算された構造をしている。下部には反発する磁石のリングが2つ取り付けられてあり、風速に関わらず振動を増大させることができ、この振動エネルギーが発電機に伝わって発電する仕組みになっている。

未来の風力発電の形とは

このVortexの斬新な技術は発表された直後から話題を呼び、実用化に向けた開発が現在も進められている。開発途上国の家庭向け商品として、高さ3m未満のごく小さい製品を試用し始めていたり、スペイン政府やクラウドファンディングで経済的援助を得て、まさに大きく羽ばたこうとしているところである。

Vortexをはじめ、様々な手法で風力をエネルギーに変える試みが世界中で行われており、風力発電自体、まだまだ発展が期待できる分野である。Vortexなら国土の狭い日本にとってもメリットが多いかもしれない。斬新な新発想が、この先どのように風力発電を変えてくれるのか、楽しみである。

低温大気圧プラズマ―― 風力発電の風車から羽根が消える日