ちょっとひといき テクノロジー探訪

テクノロジー探訪

意思で手を動かせるという喜び――筋電義手

筋肉が発する微弱な電気信号を利用して操作する義手を、「筋電義手」という。
使用者の意思で多彩な動きを再現できるが、まだ普及率は低く、今後の飛躍が期待されている。

義手が抱える2つの課題

先天的欠損や事故などで手を失った人にとって、相棒となるのが義手である。外観的に‘手がない’ということを補完する役割(装飾性)と、本来の手指が担う機能的な不足を補完する役割(実用性)があり、その2つの方向性で義手は発達してきた。

義手の歴史は長く、紀元前のエジプトに遡る。戦争で手を失った兵士のために、木製や金属製の義手が作られたという。それから人々の生活や技術が変化するのに合わせ、素材や形を変えながら進化してきた。

シリコンを使った装飾義手は、関節や血管、シワに至るまでをオーダーメイドで再現できるようになったが、装飾義手は動かすことはできない。作業に適した作業用義手はというと、2本指や鉤づめのような用途に合わせた形をしているので、見た目は実物の手とは全く違う。また、2本指は肩など健常な体のパーツを使って操作するもので、使いこなすには訓練も必要である。

5本の指を直感的に動かせる義手――― これは長年にわたる義手の進化の過程でもなし得なかった、遠い目標であった。

意思で動く義手という夢

その遠い目標を達成すべく生まれたのが‘筋電義手’という義手である。筋電とは、腕などを動かす際に筋肉表面に生じる生体信号(筋電位)をいう。手を握る、手首を曲げるといった様々な動作に対応した筋電位の周波数や振幅のパターンを予め筋電義手に記憶させておく。その記憶と手を動かそうとした時の生体信号のパターンを照らし合わせ、義手が作動するという仕組みだ。直感的な動作が可能なので、短時間の訓練で子供でも使いこなせるケースが多いという。

構造は、ワイヤーなどでできた骨組みにあたる5本指のロボットハンドに、肌に近い色の柔らかいグローブといわれる樹脂を手袋のようにかぶせたものとなっている。体に装着するソケットと言われる部分には筋電を計測するセンサーがある。

筋電義手は1970年代以降海外では普及が進み、現在カナダやドイツでは義手全体の70%ほどまで普及したものの、日本では価格が高いことから普及率はわずか1~2%程度である。誰にでも使いやすく安価なものに改良すべく、ここ10年で技術革新が行われているところなのだ。

意思で手を動かせるという喜び――筋電義手

様々な方面で技術革新が進行中

物をつかむという動作には、実は視覚や経験から得られる情報が大きく影響する。物の形や質感、質量などによって、自然と手に込める力の大きさを調節している。

筋電義手の指の構造は工場などで活躍しているロボットハンドの技術が応用されており、物を「つかむ・離す」ことは可能だが、力加減が難しい。そこで、物の形になじんで優しくつかむといった繊細な動作が可能になるよう、改良が行われている。以前は筋電義手では握手ができなかったのだが、今では握手もできるし、生卵やティッシュをつかむことも可能になった。

また、ロボットハンドは大きく重厚でも問題ないが、義手としては重すぎるもの、大きすぎるものは使いにくい。そのため、義手表面に取り付けられていたバッテリーを義手に内蔵し、外観を改善。指の関節はワイヤーでモーターにリンクさせる方式にすることで、自然な指の開閉もできるようになった。

さらに、3Dプリンターを使って作製できる筋電義手のプロトタイプも登場している。使用者の体に合わせてカスタマイズすることができ、コストはぐんと下げられる。成長期の子供が筋電義手を使用するケースでは、成長に合わせてその都度義手を作れるという利点もある。

こうして今まさに、筋電義手は日々進化を遂げている。自分の意思で手を動かせるということは、手を失った人にとっては大きな希望になることだろう。

筋電義手、さらに新次元へ

筋電義手は、このように様々なアイデアと技術が結集されたものであり、従来の義手という枠を超えた、さらなる改良も模索されている。

例えば、筋電義手で触ったものの感触を脳にフィードバックする研究も行われている。重い、軽いといった圧力の強弱を感覚としてとらえることができるようになるという。‘感触が伝わる義手’も誕生するのかもしれない。

近い未来に、どのような筋電義手ができるのか楽しみである。筋電義手によって、自分の意思で手を動かせる喜びをより多くの人が体感できるよう願ってやまない。

意思で手を動かせるという喜び――筋電義手