ちょっとひといき テクノロジー探訪

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ミノムシから作る、世界最強の天然繊維

※2018年10月現在、弾性率、強度、タフネスにおいて

シルク(絹)というと蚕が吐く糸がよく知られているが、クモやミノムシの糸もまたシルクである。
中でも、ミノムシの糸が機能性で高いスペックをもつことがわかり、近い将来の実用化が期待されている。

様々な特性をもつ虫の糸=シルク

虫たちの中には、シルク(絹)をつくる能力を持つものが実に多い。よく知られている蚕やクモをはじめ、10万種を超える虫たちが、色も太さも様々な糸を生成できるといわれている。

この虫たちが作る糸は一般的にタンパク質でできており、その性質の研究を進めるうちに、生体への親和性や物質透過性など、意外な機能性をもつことがわかってきた。例えば、手術用の縫い糸にシルクを使うと抗体反応が起きにくいという事例や、コンタクトレンズに使用すれば酸素を透過できる機能が役立つといった事例がある。

シルクの中でも注目されてきたのが、クモの糸である。糸として強く、よく伸びることから“究極の繊維”とも称されてきたが、生きたクモから直接シルクを採取することが難しく、またクモは共食いをするため飼育に適しておらず、量産が困難であった。産業にうまく活かせるシルクはないか―――模索の中で、新たな可能性をもつものとしてミノムシの糸が浮上してきた。

ミノムシの糸がもつ最強スペック

蛾の幼虫であるミノムシは、吐いた糸に小枝や枯れ葉をくっつけ、寝袋である蓑を作る習性があることで知られている。枝から蓑をぶら下げるにも糸を使う。

この糸は他のシルクと同様にタンパク質で構成された繊維だが、詳しく解析してみると、ミノムシの糸には周期的に繰り返す秩序性階層構造があり、その秩序性は蚕やクモの糸と比較すると圧倒的に高いことが判明。この高い秩序性階層構造により、糸を引っ張った時にかかる力がまんべんなく分散され、力が効率よく糸全体に伝わる。さらに、糸を伸ばした時にも秩序性階層構造は崩れることがなく、糸が切れるまで維持されることもわかった。

すなわち、弾性率(変形しにくさ)や破断強度(繊維を破断させるために必要な力を数値化したもの)、タフネス(繊維が破断するまでに吸収できるエネルギー)という、糸を評価する様々な指標のすべてで、ミノムシの糸がクモの糸を上回る結果になったのだ。

今後の産業利用を視野に入れ、さらなる実験も行われた。自動車の外装にも使われる繊維強化プラスチックにミノムシの糸を組み込んだところ、従来の数倍の強度を実現。加えて、340度までの耐熱性があるなどの特性があることもわかった。

ミノムシを操って糸を量産せよ

まさに“最強の糸”と言えるほどスペックを兼ね備えているミノムシの糸だが、産業利用するなら量産する体制が必要である。

蚕が吐く糸は1,500メートルという長さがあるが、蚕の一生のうち1回しか吐かない。クモは凶暴で養殖に向かず、クモを生かしたまま採取するのが困難であるうえ、1匹で数種類の糸を作りだすため、糸の質が安定しない。その点、ミノムシは蓑を枝からぶら下げるが、その移動の際、足場にするにも糸を使う。移動する距離の分だけ糸を吐くということは、長く糸を吐く仕組みは作れるのではないか。農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)と医薬品メーカーの興和は養殖方法を検討した。

いざミノムシに糸を吐かせてみると、糸がジグザグになることがわかった。1本の長い糸を採取するために、らせん状の細い道を這わせることとした。ミノムシの行動を制御することで、1匹から長さ数百メートルの糸を採取できる方法をあみ出した。さらに、ミノムシは餌を与えれば繰り返し糸が採れること、共食いをしないので大量飼育も可能であることも大きなメリットとなった。

ミノムシから作る、世界最強の天然繊維

豊かな未来につながる新素材として

量産体制の実現も見えてきた今、産業活用も間近となってきた。自動車部品などへの応用が見込まれているという。

また一方で、クモの糸についても新たな試みが世界中で始まっている。クモの糸を構成しているタンパク質と類似のタンパク質を人工的に合成して繊維化した、人工クモ糸の研究である。この糸は非常に優れた耐久性や伸縮性を持ちながら、再資源化も可能という特性があり、画期的な発明といわれている。こちらも、自動車の車体への応用や衣類などでの活用が始まろうとしている。

こうした虫たちの恩恵を人間の暮らしに役立てることは、ひいては、持続可能な社会の実現や石油依存からの脱却という、大きな変化をもたらす一歩となるのかもしれない。小さな虫たちの偉大な能力によって、どんな新たな技術が生まれるのかを見守りたい。

ミノムシから作る、世界最強の天然繊維