経営に役立つコラム

【賢者の視座】株式会社JX通信社 米重 克洋

データの 高速処理は機械に任せ、コストダウンを。
人間は人間にしかできないことに集中せよ。

株式会社JX通信社
米重 克洋

新聞、テレビなどマスメディアの世界は、大きな変革の時代を迎えている。
その渦中にあって、「報道の機械化」に挑戦するベンチャー企業が株式会社JX通信社だ。
7割がエンジニアという異色の通信社を率いる弱冠31歳の米重克洋社長が、
自社のビジネスモデルと報道の未来を語る。

AI×ビッグデータで「報道の機械化」を推進。ニュースに産業革命を起こす「仮想通信社」。

株式会社JX通信社 米重 克洋

米重社長がJX通信社を創業したのは大学1年生のとき。幼い頃から新聞やニュースが大好きで、中学2年生の頃には将来の起業を決意。高校3年間をかけて起業のネタを探し、着目したのが報道業界のコスト構造だった。

「実は報道業界はもっとも機械化が遅れている業界です。90年代前半までにテレビを中心に大成功を遂げ、質・量ともに最大限の人材を投入するビジネスモデルが完成し、世界有数のコンテンツを創り上げたことは周知の事実でしょう。ところが、今は少子化で労働力不足の時代。さらにインターネットやSNSが登場し、消費者の時間を急速に奪い始めました。消費者の滞在時間を集めて、その時間を広告価値や購読料に変換するのがメディアのビジネスモデルですから、時間を奪われるということは即ち収益を奪われるということ。結果として、業務にかけられるコストが減少します。しかも、もともと儲かっていた業界ですから人的コストが高い。そこで脱人間化・機械化へと急速に移行しているのが現在の状況です」

とはいえ、大学1年生当時の米重社長にはまだ自社のビジネスモデルの答えは見えておらず、起業当初に手がけたメディア間のコンテンツ売買事業は全く伸びず。3年ほど試行錯誤した末に見切りをつけ、テクノロジーにより取材・編集コストを削減するビジネスモデルへと舵を切る。

「最初に出資してくれたベンチャーキャピタルの方が、“テクノロジーを重視しろ”“エンジニアを仲間に入れろ”と、かなり綿密なアドバイスをくださいました。その方向で動いた結果、自然言語処理技術を利用して自分好みのニュースを取捨選択できるアプリ『Vingow』を2011年にリリース。このニュースエンジンを自社の編集や効率化に使いたいという企業がいくつか現れ、ようやく会社の収益基盤が形成されていきました」

その後、現在の主力商品である「ファストアラート」と「ニュースダイジェスト」の技術の源となる速報検知技術を開発。SNSの情報の海から“ニュースの種”を検知するスピードが高く評価され、共同通信グループと資本業務提携へ。それが現在の飛躍の足がかりとなった。

ニュースを変えたSNSの速報性

「ファストアラート」「ニュースダイジェスト」はいずれもSNSの情報をAIが自動解析し、顧客に配信するサービスだ。「ファストアラート」は報道機関向けに事件や事故に特化した情報を配信し、それを基に各メディアの記者が裏取りに走る。記者は事実確認した上で記事を書き、自社のニュースとして発信。これを再びAIが検知し、一般ユーザー向けに再発信するのが「ニュースダイジェスト」という棲み分けだ。

株式会社JX通信社 米重 克洋

そもそもSNSの情報量は膨大で、その中からニュースの種を探し出すには人力では限界がある。当時、一部の大手メディアにもSNS検索チームが存在したが、効率はよくなかったという。

「例えば“火事”というワードで毎分1回ツイッターを検索するとします。すると、とんでもない情報量がヒットしますが、なかには“口の中が火事” “焼肉が火事”など、全く事件性のない情報も引っかかる。ここからニュースの種になるのは100件に1件もありませんし、この作業を人間が全部やるのは量的にも質的にも困難です。その点、大量のデータをリアルタイムで分析し、必要なものだけピックアップするのはAIの得意分野。ならば機械に任せられるシステムをつくろう、というのが我々の考え方です」

この狙いは当たり、「ファストアラート」はリリースから半年後の2017年4月までに、NHKと全ての民放キー局が採用。そこから一気に全国の放送局へ普及した。その結果、「テレビの速報性が変わった」と米重社長は指摘する。

「この2~3年、警察や消防が到着する前の現場の生々しい映像をテレビで見かけることが増えました。例えば火事現場の場合、カメラマンが現場へ行く頃にはすでに消火を終えていたりしますが、SNSなら燃えている映像がどんどん入って来ます。ファストアラートを導入した局と導入していない局で第一報に20~30分近く差がついた時期もあり、当社が営業するまでもなく普及が進みました」

実際、SNSの速報性は人々の想像をはるかに超えている。例えば、2019年4月の池袋暴走事故の場合、5分後に「ファストアラート」が配信。同年6月に起きた福岡市早良区の逆走事故では、なんと1分後に最初の投稿が入り、その後に複数の投稿が重なって即配信となった。2018年6月の新幹線車内殺傷事件では発生5分後に配信。その情報を見て報道各社が一斉に動き、神奈川県警の発表は30分以上も後だったという。

投稿が爆発的に増える災害時、SNSはさらに力を発揮する。災害の状況把握はもちろん、「土砂崩れがどのように起きたのか」など、防災面での貴重な情報を映像とともに把握できるからだ。一方でデマも多いが、JX通信社ではデマのほぼ99%を除外することに成功している。

「デマにはいくつかのパターンがあります。例えば2018年6月の大阪北部地震では、過去に台湾で起きた地震で建物が倒壊した写真を流用したデマがありました。しかし、このようなパターンはAIが過去の画像を学習し続けるため、簡単に弾くことができます。ほかに悪意のない勘違いで広まるデマもありますが、複数人が同じ内容を投稿しているかどうかで信憑性を判断し、より確実な情報を発信します。残り1%のデマも報道記者が裏取りすることで排除できるはずです」

経営者は情報リテラシーを磨け!

2019年7月現在、JX通信社の社員はおよそ30名。通信社にもかかわらず記者はゼロ。全社員の半数以上をエンジニアが占め、言語処理分野や機械学習分野など、各分野のAIエンジニアが在籍する。AIエンジニアの採用は同社にとっても「簡単ではない」が、技術的な挑戦ができる場であることをアピールし、人材を集めているという。

現在、中小企業にもAI導入を検討する会社が少なくない。そこでAIを活用する際の考え方を米重社長に質問したところ、明快な答えが返ってきた。

株式会社JX通信社 米重 克洋

「報道業界に限らず、今ある作業のうち機械がした方が速い、もしくはクオリティが高いものがあれば、AIに向いています。大量のデータや情報をリアルタイムでスピーディーに処理をする、同じことを繰り返しながら間違いなく遂行するのは、人間より機械の方が得意とするところです」

一方、人間が得意とするのは「課題設定」だという。

「例えば、何かのニュースを見て、“これ、問題じゃないの?”と人間がうっすらと感じる。そしてそのテーマを深掘りし、情報を集めていく。これは人間にしかできません。現在の技術では、機械が“なにかおかしいぞ”と感じて取材を始めることは不可能ですから。雑務は機械に任せて、人間は人間にしかできないことに集中して付加価値を高めるべきです」

SNSはすっかり社会に定着し、災害時にはもはやライフライン。今後も役割が増していくことは確実で、企業レベルでも個人レベルでもSNSの情報収集力と活用力が問われることは間違いない。

「経営者の方々には、ぜひご自身の情報リテラシーを磨いて、SNSから信憑性の高い情報を集めていただきたいです。デマや扇情的な内容も多いですが、その点を理解した上で利用すると、圧倒的に強い情報源になりますから」

そして米重社長はマスメディアの凋落に危惧を隠さない。

「2005年に1兆円あった新聞広告の市場は、2018年に0.5兆円を割り込みました。購読料も2割以上減っており、産業そのものの傷み方は深刻です。私たちのミッションは報道産業を持続可能な形にし、再び影響力を取り戻してもらうこと。そのために『報道の機械化』を進め、人と機械が分業していただくこと。それにより報道の質・量を向上させ、再び影響力の大きな産業へと生まれ変わるべきです」

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株式会社JX通信社
代表取締役 米重 克洋

1988年、山口県生まれ。3歳で新聞を読み始めた、自他ともに認める「ニュースオタク」。中学3年生のとき、航空業界のニュースサイトを開設。4年間運営する中でオンラインニュースメディアの収益確保の難しさに関心を持ち、新しいビジネスモデルをつくろうと学習院大学経済学部入学後の2008年にJX通信社を設立。2012年、「報道の機械化」へと事業を方向転換し、記事を自動仕分けするニュースエンジンの提供やSNS情報の自動配信などをスタート。共同通信グループ、テレビ朝日、日本経済新聞グループ、フジテレビグループなど大手メディアと資本業務提携する。