経営に役立つコラム

【賢者の視座】株式会社シルバーウッド 下河原 忠道

高齢者の残された日々に命を吹き込みたい。
業界を越えて、社会的課題に挑み続ける挑戦者。

株式会社シルバーウッド
下河原 忠道

鉄鋼業界から介護業界へ参入し、従来にない発想の高齢者向け住宅を提供する株式会社シルバーウッド。
創業者の下河原忠道社長が目指すのは、社会的課題をビジネスで解決すること。
一業界に留まらず、課題を求めて越境する経営者の姿を追った。

社会的課題とビジネスの両軸がマッチしないと、ビジネスをする意味がない。

株式会社シルバーウッド 下河原 忠道

2025年には人口の3割が65歳以上となる超高齢社会・日本。さらに5人に1人が認知症を発症すると予測されており、高齢者の間では「最晩年をどこで、どう過ごすのか」が大きな社会的関心事となっている。急速に増え続ける高齢者に従来の施設型(管理型)介護で対応するには限界があるため、国が力を入れているのが「サービス付き高齢者住宅(サ高住)」。「施設」ではなく「住宅」に重きを置き、必要な介護は訪問介護事業者が提供する仕組みだ。

こうした高齢者向けの「住宅」は「終の棲み家にならない」と見られがちだったが、その常識を覆したのが株式会社シルバーウッドのサ高住「銀木犀」である。下河原忠道社長は現在、東京都と千葉県に10軒のサ高住を運営。驚くべきことに、その看取り率は70%を超える。

「施設に入所して介護を受けても、最期は救急車で病院に運ばれて延命措置を受けるのがこれまでの常識でした。そこに僕たちが自然な老衰死を目指す住まいを提供したことが、さまざまな反響を呼んでいます」

偶然が生んだ介護業界への参入

下河原社長のキャリアは、千葉県浦安市で父親が経営する鉄鋼会社に跡取りとして入社したことからスタートする。典型的な“ボンボン息子”で、本人曰く「アルマーニを着て、いいクルマに乗って遊び回る毎日」。周囲の同業者も同じような2代目ばかりで、満ち足りない思いを抱えていたある日、会社の主力商品である薄板鋼板を使った建築工法が米国にあると耳にする。すぐにロサンゼルスへ飛んだ下河原社長が目にしたのは、1,000戸がずらりと並んだ住宅街。全身に電撃が走るような衝撃を受け、この工法を日本へ持ち帰ろうと決意する。建築現場で汗を流しながら米国の大学で学び、満を持して日本へ持ち帰ったが、そこから建設省(現・国土交通省)の大臣認定を得るのに7年の月日を要した。認定取得後は戸建て、コンビニエンスストア、ファミリーレストランなどに構造躯体を売りまくる日々。その中で出会ったのが高齢者住宅だった。

2011年、下河原社長は千葉県鎌ケ谷市の地主に土地の有効活用方法として高齢者住宅を提案。いつも通り建築会社に高齢者住宅運営事業者を紹介したのだが、両社の間で意見が対立。計画自体がとん挫しそうになる。そのとき地主が口にした「きみが運営すればいいじゃないか」という言葉が人生を変えた。

さっそく国内はもちろん、北欧や米国など海外の高齢者住宅を視察して回ったのだが、ここで日本と北欧との差に愕然とする。

株式会社シルバーウッド 下河原 忠道

「日本の施設では身体拘束や胃ろう(※)で入居者を管理するところが多くありました。それに入居者のできることまで介護者がしてしまい、残存能力を奪いがちです。一方、デンマークでは朝から入居者が集まって自分たちの食事をつくり、ワインを楽しんでいる。この違いはなんだ?と」

「施設」ではなく、入居者がくつろげる「家」をつくろう——そう考えた下河原社長は、まず建築デザインにとことんこだわった。構造躯体は薄板鋼材だが、目に見える部分はできる限り自然素材を使い、ヒノキの無垢材の床に職人手作りの木製家具。絵画やアート作品がそこここに並び、一般的な「施設」のイメージとはかけ離れた居心地のいい住まい。そんな見るからに質のいい住空間が評判を呼んでか、「銀木犀〈鎌ヶ谷〉」の50室はほどなく埋まったという。しかし、ここからが運営事業者として試練の連続だった。

※腹部に小さな穴をあけ、チューブで栄養を補給するもの。

看取りのニーズに全身全霊で応える

「銀木犀〈鎌ヶ谷〉」オープン時の入居者に、夫が認知症で妻が末期がんという80代のご夫婦がいた。当初は下河原社長も認知症入居者の徘徊を恐れて玄関に鍵をかけていたが、わずか数日後に夫が2階の窓から飛び降りようとして大騒ぎに。この手痛い洗礼が、「自分たちも高齢者を縛りつけようとしていたんだ」と気づくきっかけになった。以来、「銀木犀」では鍵かけをやめ、外出を希望する入居者にはスタッフが付き添うことを続けている。一方、妻は元看護師で、いっさいの延命措置を拒否し、「銀木犀」での自然な死を希望した。「私が死に方を教えてあげる」という言葉に導かれ、下河原社長は最初の看取りを経験したのだが、当初から「素人が看取りなんて」と医療介護業界からの批判が凄まじかったという。

「しかし、“おたくに入居したら自然に死ねるの?”というお問い合わせがあるのは紛れもない事実。病院を否定するわけでは決してありませんが、誰かが“高齢者住宅で自然死できる”という選択肢を提供する必要がある。実際、老衰死が増えていますし、時代のニーズが完全に“住まいでの看取り”に向かっていると感じます」

株式会社シルバーウッド 下河原 忠道

また、建物内に駄菓子屋やレストランなどを併設し、入居者に仕事を提供するスタイルも「銀木犀」が生み出したもの。そもそもは入居者が「何もすることがない。ヒマだ」とこぼしていたことから思いついたアイデアだ。

「住宅内で配膳や掃除などの役割を持っていただくという方法もありますが、僕は“役割”や“生きがい”では弱い、“仕事”を持ってこそ人はモチベーションを持ち、生き生きと暮らせるのだと考えました」

働く入居者にはきちんと給料を払うため、受け取る側にも責任感が生まれる。これが認知症のある入居者にいい影響を与え、帰宅願望の強い方の症状が落ち着くケースが少なくないという。

「自分の居場所ができたから、出て行きたい気持ちが軽減されたのでしょう。結局、認知症のある方からできることを奪っていたのは我々だった。従来のお世話型介護では入居者ができることを奪ってしまう。命の生存期間を延ばすより、残された日々に命を吹き込みたい。そのためには生活の質をきちんと上げていかないと。生活の質が上がり、自立できる部分が増えると、介護サービス量が減って我々は商売あがったりですが、それでも利益を出すのが経営者の腕の見せどころです」

変わらなければいけないのは我々だ

さらに取り組みを進めているのが、認知症に対する偏見や無理解をなくす活動だ。認知症の人が社会の中で何を感じているのか、誰もが疑似体験できるバーチャルリアリティ(VR)コンテンツを開発し、全国で体験会を開催する。

「例えば、電車に乗って降りる駅がわからない。人に聞きたくても聞けない……そんな認知症のある人が体験しがちなことをVRならではのリアルな追体験により、不安と焦燥感を身をもって感じることができる。認知症のある人が何に困っているのか理解でき、変わらなければいけないのは我々だとわかります」

2020年1月現在、VR認知症体験会に参加した人は全国で約6万人。介護事業者や自治体、企業などで開催され、口コミで拡がっているという。VRを使ったコンテンツは認知症以外の分野にも水平展開できるため、現在では発達障害、LGBT、がん告知など、さまざまなコンテンツを同社内で制作している。

起業して20年。鉄鋼業から高齢者向け住宅、VRと事業内容は増えているが、下河原社長は同じ場所に留まるつもりはない。軌道に乗った事業は部下に任せ、現在取り組んでいるのは石垣島での障がいのある方向けシェアハウスと就労支援事業。落合陽一氏率いるピクシーダストテクノロジーズ株式会社との自動運転車いす開発事業も進む。

「お金を儲けたいだけなら、他にいくらでも儲かる事業はあるでしょう。でも、僕は社会的課題に目が行ってしようがない。社会的課題とビジネスの両軸がマッチしていないと、僕にとってはビジネスをする意味がない。失敗もたくさんするでしょうが、これからもどんどんバッターボックスに立ち続けたいですね」

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株式会社シルバーウッド
代表取締役 下河原 忠道

1971年、東京都生まれ。1992年より父親の経営する鉄鋼会社に入社し、1998年に渡米。スチールフレーミング工法を学ぶ。2000年に帰国し、株式会社シルバーウッドを設立。コンビニエンスストアやファミリーレストランなどを建造する。2011年、サービス付き高齢者向け住宅事業に参入。千葉県・東京都にサ高住10軒、グループホーム2軒を運営する。2017年、VR認知症プロジェクトを始動。2018年には37都道府県で375回のVR認知症体験会を開催する。「アジア太平洋高齢者ケア・イノベーション・アワード」最優秀賞受賞(2015年)。「ルミエール・ジャパン・アワード2018」VR部門特別賞受賞。