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スポーツライターから学ぶ

個と組織を鍛えるマネジメント論

スポーツライター 青島 健太

個の力をいかに組織の力に引き上げ、組織の力をいかに個に伝えるのか。時代を勝ち抜くためにスポーツでもビジネスでも常に重要なのは、チャレンジする個と、コミュニケーションする組織の相乗効果だ。傑出したスポーツ選手や監督に学べるものは何なのか。豊富な取材経験を持つスポーツライターの青島健太氏にうかがった。

強烈かつ計算された将来イメージが、選手を強くする

皆さんはそれぞれひいきのスポーツに、憧れのスター選手がいるはずです。人もうらやむ傑出した才能を持つ選手もなかにはいますが、実はプロフェッショナルである限り、個々人の才能の差はさして大きなものではないと私は思います。

それでもスーパースターとそうでない普通の選手が出てくる。その違いは何でしょう。自分をどうデザインしたいのか、あるいはどこまで辿り着きたいのかという将来イメージの豊かさ。ここに秘密があるように私は思います。将来の自分への強烈な願望、モチベーション、意欲、野心。その手のものがどれだけ明確なのか、あるいはどれだけ自分の奥深い所にそういう欲求を持ち続けているのか、ということです。

サッカーのイタリア・セリエA、インテルの長友佑都選手。彼は高校、大学時代は無名の選手でした。けれども、非常に豊富な運動量で次第に国内での知名度を上げ、ヨーロッパのクラブの目にも止まるようになりました。彼を支えているのは、自ら口にしていますが、「自分は世界一のサイドバックになるんだ」という強烈なモチベーションです。そう自ら宣言した時点で、彼の可能性は高まったのだと思います。

もう一つ言うならば、「サイドバック」というのもポイントです。フォワードやトップ下となると、競争率が激しく、長友選手の体格ではちょっと難しい。けれども、サイドバックならば、献身的な姿勢や彼のタフネスが武器になる。自分の戦う武器をしっかりと自覚した上で、勝機がありそうな道をしたたかに選択している。やみくもに夢だけを語ってるわけじゃない。自分のなりたいイメージがそれだけ明確だということです。

マネジャーは部下にとって最良のサポーターであるべき

スポーツの世界では、実は多くのアスリートが、幼少期あるいは自分が飛躍する年代の時に、長友選手と同じようなことを口にしたり、書き残したりしています。例えば、ボストン・レッドソックスの松坂大輔選手は小学校6年生の卒業文集に「世界一のピッチャーになる」と書いたそうです。そして「100億円稼ぐ」とまで書いている。あるいは、1988年ソウルオリンピックの100m背泳ぎ金メダリスト、鈴木大地選手は小学生の時、スイミングクラブに入る際に「将来はオリンピックで金メダルを取る選手になる」と願書に明確に書いています。

これは単なる偶然というよりも、むしろ、私たちがビジネスの世界でも参考にできる、成長の法則の一つなのではないかという気がします。最初に自分の将来をイメージできているかどうか。将来へのイメージを可能な限り豊かにし、そこに至る道筋を一つずつ具体化していけるかどうか。これはスポーツでもビジネスでも、成功者に共通の要素なのです。

もちろん何の手掛かりもなく、助言もなく、一人でそこまで強いイメージを持つことができる才能もあるとは思います。しかし、多くは周囲の手助けを借りることになります。その役割を果たすのが、スポーツでは監督やコーチ、企業では上司やマネジャーにあたる人ではないでしょうか。

私は、マネジャーの役割は部下たちにとって「最良のサポーター」であることだと考えています。マネジャーがいくら優秀だからといって、一人で営業していたのでは、結局は一人の力でしかない。そうではなく、チームのメンバーがそれぞれ力を身に付ければ、これは組織としてのパワーになります。彼らを腐らせたり、あるいは力を発揮できないような環境に追い込むのは、マネジャーがしてはならないことです。

どうやってメンバーの力を引き出すか、その方法は様々です。部下が何か悩んでいることがあったなら、それは解決してあげなきゃいけない。自信を付けさせるなら、そのための方法を考えてあげなくてはならない。

上の人が厳しく命令すれば、時には全員が一斉に動くかもしれません。しかし、それはいわゆる「権力の恐怖」というもの。上の権限でどやしつけるだけでは、いつまでも尊敬される関係にはならない。長い間の付き合いにはならないと思います。自分一人でしかできない量を、掛け算で拡大するためには、人に動いてもらわなくてはいけない。動かし方はいろいろあるけれども、大切なことは、能力が未熟だったり、欠けている部分がある部下をどうサポートするのかという点です。

西鉄ライオンズ、三原脩監督に学ぶコンバートの妙

サポーターといっても、単に世話をしてあげるとか、慰めてあげるという意味ではありません。時には叱咤を通じた激励もあります。そしてやはり、この人は何が得意なのかという、それぞれの特性をつかむことが、リーダーとしては極めて重要なことだと思います。

西鉄ライオンズの黄金時代を率いた三原脩監督は、人の能力と適正な配置を見抜くエキスパートで、それをもってプロ野球を制したといっても良いぐらいの人でした。

例えば、後に近鉄バファローズの監督を務める仰木彬さんは、最初西鉄にピッチャーで入ってきます。でも、球が素直で、体はか細い。「この子はセカンドの方が使える」と言って、入るや否やすぐにセカンドにコンバートです。そして、仰木さんは1年目から俊足のセカンドとして、守備でも打撃でも大活躍するわけです。50年も前の話ですが、サード中西太、ショート豊田泰光、セカンド仰木に、ピッチャー稲尾和久。高卒1年目の若手を大胆に抜擢し、西鉄ライオンズの黄金時代ができあがるのです。こうしたコンバートの妙というのはスポーツにはたくさんあります。

誰にも自分に最適の場所というものがある。能力に応じた最適の仕事やポジションに人材をうまく配置をしていくことは、マネジャーや監督にとって欠かすことのできない重要な任務だと思います。(談)

仕事を好きになるためには、大きな地図が必要だ

優れたアスリートは一般に選手寿命が長いものです。例えばイチロー選手のプロ生活は日米通算ですでに20年目。ここまでの長い間、プロとして闘う体力や気力、モチベーションをどう管理しているのかは、皆さん興味のあるところでしょう。スポーツ選手のモチベーション管理を、ビジネスの現場でも役立てられないかという質問を受けることもよくあります。

ただ私は、この点はシンプルに考えています。つまり、興味のない対象にはモチベーションなんて湧くはずがないという事実です。スポーツ選手は、その意味では簡単です。みんな自分が好きで選んだ競技。そのスポーツが嫌いで選手になる人はいませんから。

しかし、ビジネスの世界となると少し話が違ってきます。必ずしも最初からその仕事が好きで会社に入った人ばかりではない。それでもみんな長続きするのは、与えられた仕事の中で、自分の興味の持てる分野を見出してきたからでしょう。仕事に無理やり自分を合わせるのではなく、自分の興味をその仕事に重ねていく。その重なる部分がどんどん広がっていくと、つまらないと思っていた仕事も、案外好きになってくるものです。

最近の若手社員は3年も経たずに会社を辞めてしまうと嘆く経営者も多いようです。それは、若い人があまりにも純粋に自分の仕事を考えすぎているからかもしれません。ピュアであることは若者の特権ですが、ただ、描く地図の大きさということでいうと、あまりに小さいなと思うことが多々あります。そんな時こそ先輩が、「その仕事は一見つまらないように思えるかもしれないが、後々きっと役に立つことがあるから」と言ってあげるべき。若者の、純粋だけれど小さな地図を、少しずつ大きな地図に広げてあげることもリーダーや上司の役目といえるかもしれません。

人に厳しい昭和型マネジメントか、コミュニケーション型マネジメントか

前回、かつて西鉄ライオンズを率いた三原脩監督の話をしました。現役の監督でやはり関心があるのは、楽天ゴールデンイーグルスの星野仙一監督の采配です。彼は私の一回り上くらいの先輩ですけども、昔ながらの体育会の鉄拳制裁が当たり前の世界でやってきた方。そういう人が、今風の若いマー君(田中将大投手)のような選手たちとどうコミュニケーションを取るのか、大変興味があります。

星野流のいわば「昭和型のマネジメント」をそのまま押し通すのか、それとも、今風に穏やかな友達関係のようなものに変えていくのか。その答えは、ビジネスにおけるマネジメントを考える上でも大いにヒントになるのではないでしょうか。

というのも、今のスポーツ界では、星野さんのようなスタイルはむしろ少数派で、全体では、コミュニケーション型のリーダーシップやマネジメントが持てはやされているからです。例えば、昨年日本一になった千葉ロッテマリーンズの西村徳文監督など、そもそもスローガンが「和」ですからね。つまりチームのコミュニケーションを重視するということです。日本ハムの梨田昌孝監督、ヤクルトの小川淳司監督、西武ライオンズの渡辺久信監督も、タイプからいえばコミュニケーション型です。

コミュニケーション型の極みは、サッカー日本代表のザッケローニ監督かもしれません。かつてのフィリップ・トルシエ監督などと比べてもその違いは歴然。トルシエさんは、選手に悔しい思いをさせて、そこから何かを引き出すという手法でしたけれど、ザッケローニさんは選手たちに優しく語りかけて信頼関係を築くところから始めています。

スポーツが教えてくれたこと。人の生理の原点に立ち戻る

私は長年、スポーツにかかわってきましたが、そこで改めて思うのは、人間は生理で動く生き物だということです。いいプレーをするためには、コンディションづくりが欠かせない。水分が足りなければ、どんなアスリートだって簡単にへたばってしまいます。スポーツと向き合うと、自分の身体を含めた生理的なことに関心を持たざるを得ないのです。

スポーツだけでなく、勉強でもビジネスでも同じことです。人間の生理に逆らうと、たいていは無理が生じるものです。つまり、腹が減れば誰だって頭や身体が動かなくなる。例えば、何か大きなプロジェクトが進んでいて、ふと気付くと夜も9時過ぎ。こんな時間から今日の反省会をやろうとしても、みんな心身ともにボロボロですよ。そんな時にいくら号令をかけても、効率なんて上がらない。

それよりも、まず飯食おうとかね、一杯飲むぞとか、気分転換するぞとか、その方がチームの士気も上がると思います。これこそが人の生理ですよね。メンバーの表情から疲労度を読み取って的確に反応できる、そんな上司がいたら最高ですね。他の人の生理に敏感であることは、実は、コミュニケーションを円滑に進める上でも大切な要素なのです。

企業活動も同じことなのではないかと思います。机の上だけでモノやサービスを考えても、なかなか共感を得られない。人というのはどういう生き物なのかということを、生理的な本質に立ち戻って考えていくことが重要です。

私たちは今、環境の激変の中でいろんな制約や重苦しさの中で生きている。だからこそ、モチベーションやリーダーシップを単に理屈で考えるのではなくて、気持ちのいいこととか、楽しいこととか、物凄くやる気が出る環境だとか、そういう身体的・生理的なベースに落とし込んで実践すること。これが大切だと思います。

人間を生理的に見つめること。その生理的な部分を無視せず、それを大切にしながら行動すること。私はスポーツを通して、それらを学んだように思います。(談)

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スポーツライター
青島 健太(あおしま・けんた)

1958年生まれ。慶応大─東芝と進み、1985年ヤクルトスワローズに入団。公式戦初打席でホームランの快挙。5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアへ日本語教師として渡る。帰国後、スポーツライターの道を目指し、現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を分かりやすく伝えている。

(監修:日経BPコンサルティング)