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フリーアナウンサーに学ぶ

職場を活性化させるコミュニケーション術――私がテレビ・ラジオで学んだこと

フリーアナウンサー 堀尾正明

司会者として人気を博したNHKを退職後、フリーのキャスターとして様々なメディアに出演している堀尾正明氏。難しいニュースをわかりやすく表情豊かに伝える話術、説得力のある振る舞いには定評がある。堀尾氏が放送の現場で鍛えたコミュニケーション術は、職場を円滑かつ活気あるものにする上でも、貴重なヒントを与えてくれるはず。その極意を伺った。

書き言葉と話し言葉のギャップをいかにして埋めるか

堀尾正明

大学は早稲田大学の第一文学部。学生演劇に熱中し、脚本を書いたり演出をしたり、文学座や俳優座で修業していました。そのあげく2年も留年。自分はサラリーマンにはなれない、ならないだろうなと漠然と思っていたのですが、当時、NHKは多少の浪人や留年経験があっても受験できると友人に言われ、試しに受けたら、なぜかアナウンサー職で合格してしまいました。

学生時代からアナウンサーを目指していたわけではないのです。むしろアナウンサーだけにはなりたくないと思っていた。やりたかったのは、ドラマのディレクター。だからNHK入局後もこっそりラジオドラマの脚本などを書きためていました。しかし、なかなかディレクター職に転進できず、そのうち自分はもしかしたらアナウンサーが向いているのかもしれないと思うようになったんです。

とはいえ、自分は硬いニュースを読むのは苦手だし、好きではない。芝居をしていたから、杓子定規なNHKのアナウンサーのアナウンスに物足りなさを感じていたんでしょうね。地方局に赴任していたころは、ニュース番組では取材記者の原稿をそしゃくして、語順を変えて伝えることもありました。

例えば、「きょう北海道の函館と青森を結ぶ、世界で一番長い、全長54キロメートルの青函トンネルが完成しました」と原稿に書いてある。修飾語が頭にいっぱいついていて、結論がすぐにわからない。これを「きょう世界で一番長いトンネルが日本で完成しました!それは青森と函館を結ぶ……」というように、語順を入れ替えるだけで、ずいぶんわかりやすくなり、臨場感も伝わります。

日本語は歴史的にも、書き言葉と話し言葉の間に乖離がある言語です。公の場では書き言葉をそのまま読み上げ、私的な場では違う言葉を使う。国会答弁などでよく聞く「はなはだ遺憾」という言葉などは、その典型ですね。公の場ではあり得るけれど、家庭のなかで母親が息子の成績を見て、「お母さんははなはだ遺憾です」なんて絶対に言わないでしょう。公の言葉と私の言葉がかけ離れているんです。

言い替えれば、話し言葉をベースにしてそれを醸成し、スピーチしたり、ディベートしたり、難しいことを語る、という教育や訓練があまりなされていない。だから、パブリックな場で話そうとすると、つい難しい書き言葉を使ってしまうんです。

私はこうした書き言葉と話し言葉の間のギャップをなんとか埋めようと努力してきたつもりです。書き言葉で書かれた原稿を、話し言葉に直し、できるだけ表情豊かに語ろうとしました。当時はそういうスタイルは視聴者にも局内でも良しとはされませんでした。それでも、アナウンサーとしての居場所はあったんでしょうね。NHKで五輪開会式の実況、紅白歌合戦の総合司会という大役を二つも経験したアナウンサーは、私が初めてと言われました。

メディア業界でアナウンサーという職種が専門職として存在する国は日本だけだと聞いています。言葉を伝えるプロとして職業が確立しているあまり、その人はいかにもアナウンサーらしい喋り方しかできなくなる。最近はそれでは視聴者が喜ばないから、バラエティでもニュース番組でもタレントさんたちに取って替わられ、男性アナウンサーの出番はどんどん少なくなる一方です。

インタビューでは相手を恋人だと思え

堀尾正明

テレビのニュース番組はアナウンサーやキャスター一人で作れるものではありません。今日のニュースをどういう筋立てで紹介するかをディレクターと話し合い、どういう見せ方をするかをカメラマンと綿密に打ち合わせる。放映時間の何倍もの事前準備が欠かせません。テレビ番組は豊かなコミュニケーションやチームワークの産物だとも言えます。

私はサッカーが好きなので、それに例えれば、アナウンサーやキャスターはたしかにストライカーではあるけれど、チーム全体でパスワークを重ね、彼に的確にボールを供給しなければ、最終的にゴールは生まれないんです。

サッカーでもチームメイトの利き足や得意技を知ることが大事なように、番組でもスタッフ間のコミュニケーションを豊かにするためには、相手の立場に立って、相手が何を考え何をしたがっているかを理解することが欠かせません。それぞれの癖を知ることも重要です。カメラマンでもアップが好きな人、引きの映像が好きな人それぞれありますからね。それを理解した上で、いま自分がどのように画面に映っているかを考えることはよくあります。

インタビューでも同じですね。相手のことにどれだけ共感できるか、想像できるかが鍵になります。私は後輩によく言うのだけれど、「インタビューでは相手を恋人だと思え」。恋人であれば、その人の事をもっともっと知りたくなる。相手のいいところを引き出したくなる。どんなゲストについても、まずは好感を持つことが出発点です。

もちろん苦手なゲストはいますよ。それでも「なぜ自分はこの人のことが苦手なんだろう」と考えていくと、逆に相手のことをもっと知りたくなるはずです。最後までどれだけ嫌いにならない努力を続けられるかが鍵になります。

本音を引き出すからコミュニケーションは面白い

堀尾正明

番組制作の現場、とくに生放送では筋書きどおりではない、突発事態も発生します。それをどう臨機応変に切り抜けるかも、キャスターの手腕の一つかもしれません。ずいぶん前のことですがNHKの「スタジオパークからこんにちは」にある俳優がゲストとして出演されたときのことです。ちょうど新じゃがいもの収穫期で、北海道の畑では女性アナウンサーが中継、スタジオにはその新じゃがで作った料理がいくつも用意されました。ふつうゲストは「美味しいね」というのが食レポでのお約束。しかし、その俳優さんは「まずいな」と呟くんですね。どんな料理を出しても、「こりゃ、だめだ」。正直な方なんです。しかしスタッフはみんな真っ青。

カメラの後ろではアシスタントディレクターが必死な表情で「少しは褒めてください」とカンペを出しています。私は「農家の方も栽培や収穫に苦労されている。それをまずいというのは、どうなんでしょう」と突っ込みました。「まずいのをまずいと言って何が悪いの。だいたい、いろいろ載せすぎ、加工しすぎなんだよ」と返されたので、「それじゃ、新じゃがだけでそのまま召し上がったら?」と私は切り返しました。

最後に取ったばかりのじゃがいもをそのまま茹でただけのものを食べていただいた。すると「うん、まあまあじゃん」と一言。「はい、以上、北海道からの中継でした」でコーナーを終えました。

放送直後には視聴者や農家さんから苦情が殺到しました。「まずい」を連発する食レポなんて前代未聞のことですからね。ところが、翌週の週刊誌では「こんなに面白い生中継番組はなかった。テレビの予定調和を崩した」と評価されました。そのとき私も目が覚めましたね。まずいものを、いかにもまずくないように処理してしまう番組がいかに多かったか。視聴者の心地よさだけを求めて都合の悪いことに蓋をしたり、ルールに則ったインタビューに終始して、結局相手の本音を引き出せないままの番組がいかに多いか。

逆に真実や本音がちらっと見えるだけでも、番組はどれだけ面白くなるか。テレビというメディアの在り方にもついても深く考えさせる一件でした。

これは普段の職場でのコミュニケーションでも大切なことだと思います。決まり切った議題を処理するだけの会議が面白くなるはずもありません。相手のふとした言葉から種を拾って、それを発展させないと、せっかくのいいヒントもアイデアも育ちません。テレビ番組も会社のオフィスも、さまざまな職種や年齢の人が知恵を絞って新しいことに挑戦する現場。その現場のコミュニケーション・スキルを磨くことは、ビジネスパーソンにとってとても大切な課題だと思います。

若い社員とうまくコミュニケーションがとれない上司が気をつけるべきこと

堀尾正明

職場のコミュニケーションという点で、年輩の管理職の方からよく聞く悩みは、若い人との意思疎通がうまくいかないということですね。自分の話に乗ってこない。何を聞いても、ハイ、イイエだけで自分の意見を語ろうとしない。つい「最近の若者は……」と愚痴が口をついて出てしまうわけです。

ただ、「最近の若者は……」という愚痴はソクラテスの時代からあるといいますからね。たしかに世代間の意識のギャップはいかんともしがたいところがあります。しかしそれを乗り越える努力を双方がしないと、職場のコミュニケーションはうまくいきません。

そのとき、上司の側が気をつけるべきことは、自分の話し方が上から目線になっていないか、口の利き方がぞんざいになっていないか、態度が居丈高で高圧的になっていないか、ということです。

私もサービス業の社員研修に携わることがあります。そのとき大切にしているのは、言葉そのもの以上に、顔の表情、声の大きさ、話の長さです。社員研修の中で、自分の話している姿をビデオに撮って見てもらうと、自分が想像していたより怖い顔をしていますねとおっしゃる方が多い。ふだんテレビに出ている私だって、日常生活では「なんか、堀尾さん、今日は機嫌が悪そうですね」と言われることがある。怖い顔をしていたら、若い人が話しかけたくても、できないですものね。

まず、相手に自分がどう見えているのかを客観的に理解する訓練が必要なんです。話しているときの表情や身振り、手振りは重要。コミュニケーションにおける非言語的な要素を無視してはいけません。

こちらの質問に的確な答えが返ってこない、というのは、質問の仕方に問題があるのかもしれません。

「堀尾さんは高校時代はサッカー部だそうですから、サッカーがお好きなんですよね」と決めつけてしまうと、相手はハイとしか答えようがない。そうではなく「サッカーはお好きなんですか?」「ええ、高校ではサッカー部でしたから」「サッカーのどんなところがお好きなんですか?」と単純な質問を重ねていったほうが、相手の意見を引き出しやすくなります。

「お恐れながら……」は止めよう。年齢、経歴、経験、地位を無視した会議を開く

堀尾正明

ただ、聞くばかりではなく、ときには自分のことも語るようにしたらいいと思います。一方的に喋るのはよくありません。かといって相手の言うことをうんうんと頷いて聞いているだけでは、「なんか頼りないなあ」と思われてしまう。これは私のデートでの会話の鉄則なんですが、相手の話を聞くのに7割の時間をかけて、残りの3割は自分のことを語る。そういう案配が、最も会話が弾むように思います。

心理学に「ミラーリング効果」という言葉があります。人は好感を寄せている相手の仕草や動作を無意識のうちに真似てしまう傾向があり、そのため自分と同様の仕草や動作を行う相手に対していい感情を抱きやすい、というものです。

これを利用して、例えば相手が話しながら顎に手をやれば、自分もそのジェスチャーを真似てみる。相手が息をのんだら、自分も息を止めて次の言葉を待つ。そうすると不思議に相手と自分の間に共感力のようなものが生まれ、話の場はいい雰囲気になるものです。ただ、これはさり気なくやらないとダメですよ。あんまりわざとらしいと嫌われてしまいます(笑)。

会社のコミュニケーションで重要なのは、いかに会議を楽しく実りのあるものにするかではないでしょうか。単に判子を押す、つまり議題を承認するだけの会議はつまらない。上の人の言っていることに追従するだけの会議も然りです。やはり会議は本音で議論する場でありたい。そこで、どうでしょう。一度、年齢、経歴、経験、地位を無視した会議を開いてみては。そういう制約を取り外して、全員が本音で話す。自分の意見を批判されても、けっして相手を恨まない。意見と人格を分けて考えるのです。

日本では昔から「お言葉とは存じますが……」とか「お恐れながら……」とか、下の者が意見を述べるときの前口上がありますけれど、そういうものを全く必要としない会議です。本音の会議に長幼の序は似合わないのです。

どうでもいい会話を続ける、話を1分間にまとめる――今からできる「会話力を鍛える」トレーニング

堀尾正明

コミュニケーション力を身につけるためには、ふだんから会話の訓練を積むことが欠かせません。訓練といっても何も難しいことではない。会話といっても、何も堅い話ばかりではないのです。世間話、趣味の話、雑談なんでもいいんです。

昔の日本では街行く知らない人とでも、「今日も暑うございますね」などとお天気の会話を交わしながら、お付き合いをしたものです。英語にも“phatic”(ファテイック 交感的な、交際のための言語)という言い方があります。つまりどうでもいい会話でも、というより、どうでもいい会話こそが、コミュニケーションの潤滑油として欠かせないのです。

恋人同士の会話も、たいていはどうでもいい会話。家族との間でもそうですよね。けれども、それがなくなると途端に人間関係は冷えたものになってしまう。「言葉が続かなくなったら恋も終わり」っていう歌もあるじゃないですか(笑)。

どうでもいい会話を続けながら、相手の言ったことをときにはオウム返ししたり、あるいは、相手の話の中から新しいネタを拾って広げたりする。そうやってどれだけ会話が途切れないようにするか。これはコミュニケーション技法を学ぶワークショップでもよくやるトレーニングです。お笑いの芸人さんも、一人でボケとツッコミを繰り返すのが練習の一つだといいます。

一方、話を1分間でまとめるという訓練もあります。今日会った取引先の担当者の印象、街で見かけた珍しい現象、昨日観た映画のストーリー、なんでもいんです。話が長すぎると相手も飽きてしまう。しかし「面白かった」の一言では何も伝わらない。1分間ぐらいがちょうどよい。その時間で相手に的確に伝えるという訓練は、けっこう効果がありますよ。

そうやって会話力を鍛えることが大切です。日本の学校教育では残念ながらそういうことを教えてくれない。で、そのまま大きくなって、いきなり会社の入社面接に臨んだりするから、言いたいことも言えずに終わってしまう。これは悲劇です。

以前、日本にあるアメリカンスクールの授業を取材したことがありました。英語で行うディベートの時間です。「相手に殴られたら仕返ししてもよいかどうか」というテーマで5歳ぐらいの子どもたちが必死で討論している。「仕返しするとまた仕返しされる。これは大人の戦争にもつながるから、しないほうがいい」とか、いっぱしの議論をしているのでびっくりしたことがあります。

雑談、会話、会議、議論、商談、ディスカッション、なんでもいいんですが、こういう話し言葉によるコミュニケーションの訓練は小さいときから始めたほうがいいですね。大人もまた意識的にそれに取り組むべきだと思います。

今のキャスターの仕事が一段落ついたら、私もいつか人々のコミュニケーション力アップをサポートする、そんな仕事をやってみたいなと思います。それは長い間の放送人としての仕事を通して、日本語のコミュニケーション術を少しは学んだプロとして、日本語に対する恩返しの一つだと、私は考えています。(談)

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堀尾正明 フリーアナウンサー

1955年生まれ。早稲田大学在学中から文学座の研究生に。大学卒業後、1981年にNHK入局。1995年開始の「スタジオパークからこんにちは」のメインキャスターとなり、人気番組として定着させた。2008年にNHKを退職後フリーキャスターとして現在は TBS「ビビット」、日本テレビ「誰だって波瀾爆笑」、BS-TBS「諸説あり!」、中京テレビ「キャッチ!」に出演。