著名人から学ぶリーダーシップ著名人の実践経験から経営の栄養と刺激を補給

スポーツジャーナリストに学ぶ

組織は生きもの。
今変えるべきか変えざるべきか
~組織とリーダーには相性がある~

スポーツジャーナリスト・
株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役
二宮 清純

国内外で幅広い取材活動を展開し、独自の視点からスポーツジャーナリストとして切れ味のよいコメントを繰り出す二宮清純氏。近年は、地域と住民を中心とした総合スポーツクラブ作りにも尽力している。今回は、サッカー日本代表歴代監督の人物像などを例にして、企業にも通じるリーダーシップの条件などを伺った。

ロンドンオリンピックの注目点

いよいよロンドンオリンピックが始まります。JOCでは金メダル数で世界ベスト5に入ることを本大会の目標に掲げています。日本のお家芸の柔道や、レスリング、体操、水泳、さらに今回は男女サッカーも有望ですが、まずこうした競技でメダルをいくつ獲れるかが重要です。ただ、これらの競技だけでベスト5に入るのは難しい。私が注目しているのは、射撃、トランポリン、トライアスロンなどの競技です。トランポリンの伊藤正樹選手は世界ランキング1位の実力者ですし、2010年の世界射撃選手権男子50mピストルとエアピストルの二種目で優勝した松田知幸選手もいます。彼らが健闘してくれれば、ベスト5に限りなく近づくことができるでしょう。

個人という細胞が進化すれば組織は進化する

スポーツジャーナリスト・株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役 二宮 清純

オリンピックであれ、サッカーや野球のようなプロリーグのあるスポーツであれ、つねに勝敗はつきもの。勝つチームと負けるチームが必ずありますから、単にスポーツを見て楽しむだけでなく、そこにビジネスの論理やリーダーの戦略性といったものを重ね合わせたくなるのは当然です。実際、企業とスポーツチームには組織としての共通性があります。

私は組織というのは一つの生命体だと思います。組織の成員は人体を構成する細胞のようなもの。細胞が活性化すれば、組織もさらに進化します。重要なのは組織を動かすリーダーの役割ですが、このリーダーだったらどんな組織を動かしてもうまくいく、と限らないところが面白いところ。組織とリーダーとの間には適性というものがあると思います。

サッカー歴代監督で考える、成長過程にあったリーダーの重要性

サッカー日本代表を例にとってみると、1993年にJリーグが発足し、本格的にW杯を目指すようになった時に着任したのが、オフトというオランダ人監督でした。彼はサッカーの基礎的な技術を徹底的に教え込みました。日本代表の基礎工事を行った人です。その後、数人の監督を経て、1998年にやってきた監督がトルシエです。彼は何でも命令調で、俺の意見に従え、というタイプでした。オフトが小学校の先生だとすると、トルシエは中学校のスパルタ教師です。厳しかったですが、何とか頑張って、日韓W杯では決勝トーナメント進出という結果を残しました。

その後が、ジーコです。彼はこれまでの監督とはちょっと違う。教育者でいうと、大学の名誉教授のような感じでしょうか。「これ位のことは、もう分かっているよね」という感じで、細かいことは言わない。選手たちとは大人の関係で接したのですが、伝えるべきことがあまり伝わらなくて、ドイツW杯では結果が出ませんでした。

では、ジーコがダメな指揮官だったかというとそんなことはありません。私自身、何度もインタビューをしましたが、サッカー観や戦術眼は素晴らしいものがありました。ただ、その時の日本代表には少し早すぎたのでしょう。その後にオシムが監督に就任するわけですが、彼は名門大学で数学を学び、一時は研究職に就くことを勧められたこともあるというインテリです。実際、有能な高校教師のような感じで日本代表の選手たちと接していました。

この流れで言うと、本当はオシムが先でジーコが後に来れば、日本代表の成長過程にうまくマッチし、もっと早く良い結果が残せたのではないかと思います。

そうした試行錯誤はあったものの、結果的に今はザッケローニという名監督を迎えて、日本代表もこれまでにない高いレベルに達していると思います。今の日本サッカーの成熟度を考えた場合、ザッケローニはもっともふさわしい指導者だと思います。

つまり私が言いたいのは、組織には必ずその成長の過程にあったリーダーや指導者が必要だということです。優秀な大学教授がいきなり小学生を教えてもうまくいかない。その逆も然りで、小学生の指導に長けている人が大学生のチームを指導するのは簡単ではありません。

そのことは企業にも言えます。創業期の経営者と、成長期、成熟期の経営者とではタイプが違って当然です。たとえオーナー経営者が一貫して何年も経営をしていたとしても、経営者自身が会社の成長過程を踏まえて指導方針を変えていかなければならない。生命体として、組織に応じたリーダーシップが必要なのです。

川淵キャプテンの改革はなぜ成功したのか

スポーツジャーナリスト・株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役 二宮 清純

組織に改革が必要な時というのは、生命体に異変が生じている時ですから、何か手を打たなければなりません。しかし、必要もない時に改革を行ったら、組織がめちゃくちゃになることもあります。いきなり外科手術でメスをふるっても必ずしもうまくいくとは限らないのと同じです。時には患者を安静にさせて経過観察するという方が効果的な場合もあります。あたかも医師のように、リーダーは自分の組織がどんな状態なのかを客観的に見る必要があるのです。

それで思い出すのは、日本サッカー協会最高顧問の川淵三郎キャプテンのことです。彼が協会の理事に就任した1980年代の終わり頃は、日本サッカー界の低迷期。メキシコオリンピックの銅メダルという過去の成功体験にすがるばかりで、企業でいえば何年もヒット商品が出ないような沈滞ムードにありました。そんな時に川淵さんが登場して、地域密着の理念を掲げ、サッカーのプロ化に突き進んだのです。

当然、「時期尚早」「前例がない」という反対意見はありましたが、「時期尚早というのはやりたくないということだ。前例がないというのはアイデアがないということだ」と川淵さんは言い切りました。これを聞いてすごいなと思いました。それ位のリーダーシップがないと、サッカー協会は変わらなかったと思います。後にも先にも日本サッカー界の改革者としては、この人の右に出る人はいないと思っています。

とはいえ、現在のように日本サッカーが成熟期に入った時、引き続き川淵さんがリーダーでよいのかといったら、それはまた別の問題です。何度もいいますが、その組織が今何を求め、誰を求めているのかを把握し、それにふさわしいリーダーを選ぶことが欠かせないのです。

セスナ機の野村監督とジャンボジェット機の森監督

スポーツジャーナリスト・株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役 二宮 清純

スポーツのチームと企業は似ているという話の続きをしましょう。スポーツの監督にも様々なタイプがあって、それは企業経営者も同じ。創業時にこそ燃えるタイプがいれば、成熟企業を任せるとうまい人もいる。どちらも様々なパターンがあるので似ています。

 野球でいえば、野村克也さんは典型的な創業者タイプです。選手に基礎から教えて、ピッチャーの配球まで考える。選手としても監督としても職人型です。典型的な中小企業の社長で、ワンマンなところもぴったりです。飛行機の操縦でいえば、小型セスナ機を自分で操縦してどこにでも飛んでいくタイプです。

その正反対が、森祇晶(もりまさあき)さん。巨人V9時代の名捕手で、ヤクルト、西武、横浜でコーチ・監督を歴任しました。西武在任中には8度のリーグ優勝、6度の日本一に輝きましたが、特に大きな改革をしたわけではありません。当時は石毛、辻、清原、秋山がいたし、外国人選手もよかった。完成された戦力があったからこそ、それを下手にいじらなかった。飛行機でいえば、ジャンボジェット機のパイロットのようなもの。操縦はコンピューターに任せ、計器だけをしっかり見て、むやみに操縦桿を切らない。この組織はあまり動かさない方がいいと考えて、森さんは組織にあった自分を演じたんだと思います。

個人的にはセスナ機の野村さんが、ジャンボジェット機を操縦したらどうだったんだろうという想像をします。巨人のような巨大戦力を率いていたら、果たして野村さんは成功しただろうかってね(笑)。

森さんが西武でうまくいったのは、当時の西武が成熟した組織だったから。これが未熟で弱い組織だったら、やはりリーダーが率先して動かなければなりません。冒頭で述べたように、組織は生命体です。それこそ、毎日のように体調や顔色が変わります。今日は熱が上がっているのか下がっているのか、それを見極めながら、それぞれに応じた処方箋を書く必要があります。

ピッチャー交替で「悩む人」と「迷う人」の違い

試合展開に即してもっと細かい話をすれば、ピッチャーの交替があります。これは基本的に監督が決断すべきことです。投手交替で試合がひっくり返ることはよくありますから、重要な判断が求められるシーンです。監督は悩みに悩みます。

そこで私が思うのは、「悩む人」と「迷う人」の違いです。「悩む人」というのは、色んな人の意見は聞くけれども、最後は自分で決めています。決断の主体はあくまでも自分。それに対して「迷う人」は、いろいろ振り回されて、結局自分では決められず、他人に下駄を預ける。人に決めてもらって、うまくいけばいいけれど、失敗するとますます迷う。仮に成功しても、なぜ成功したのかが分からないからです。

私は長年の取材経験で、「ああ、この人は悩んで成長したな」とか、「この人は迷ったし、今も迷っているな」ということがだんだんと分かるようになりました。失敗の数だけ成功があるというのはその通りだと思いますが、単に失敗すればいいというものではなくて、失敗から学べるかどうかが重要です。自分で決断した人であればそれができるし、他人の判断で動く人にはそれができない。この違いは大きいと思います。

動脈硬化か組織不適合か。医師のごとき判断が問われるリーダーシップ

スポーツジャーナリスト・株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役 二宮 清純

これは監督やリーダーだけでなく、組織のメンバーにもあてはまります。プロの世界では「コーチの言うことを聞いてフォームを改造したら失敗しました。コーチが責任を取って下さい」といっても、誰もとりあってくれません。人の話を聞くことは大切ですが、それ以上に重要なのは、最後の選択を自分が行っているかどうか。選手や社員がその後、成長するかどうかはそこにかかっています。

その意味では、組織が強くなるためには、個人の力が重要です。ただ、個人か組織かの二者択一ではなく、個人の能力を発揮させて、それを組織のエネルギーに変えていく。このメカニズムが必要だということです。組織は個人の能力を伸ばせる組織じゃないといけないし、個人もまた、自分の力でこの組織を伸ばしてやろうという高い志を持った人じゃないといけません。

個人と組織の関係というのは、なかなか難しい。私も、スポーツ関連のコンテンツをメディアに提供する会社を経営していますが、経営者としての悩みは尽きません。

新人の採用一つとってもたびたび苦労しました。入社試験をやって大量に面接した時期もありましたが、試験の成績のいい人が入社しても伸びるかというとそうでもない。また、ジャーナリズムの世界の経験者を採ったこともありますが、すべてうまくいくとは限らない。そこで開き直って、紹介者を無試験で採用したら、これが考えていた以上にいい人材でした。その結果、プロ野球で言うところのドラフトに頼るのではなく、育成面を強化しようと考えを改めました。

組織としてよい人材を育てるのは、経営者側の育成力だと考えています。プロ野球でもドラフト1位の選手ばかり集めても、必ず優勝する保証はない。無名の選手をコツコツ育てるほうが、長い目でみれば結果が出る場合もある。欧州サッカーでも、最近はむしろ下部組織でどれだけ若手を育てられるかということに、関心が向き始めています。

組織は生命体であり、調子のいい時もあれば、不調の時もある。重要なのは、その波の高低差をどれだけ小さくするかということです。調子が悪いなら悪いなりに、それなりの結果を出せる組織が、結局は強いのではないかと思います。時には細胞が全部入れ替わるぐらいの改革も必要でしょう。変えないと動脈硬化になってしまいますから。しかし臓器をいきなり変えれば不適合を起こして、これはこれで大問題です。

大切なのは、変えるべき所と変えてはいけない所、変えるべきタイミングの見極めでしょう。組織の状態を客観的に分析して、動き出す時は自分で決断して迷いなく動く。それができるのが優れたリーダーであり、そういうリーダーを生み出せるのが優れた組織だと思います。(談)

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スポーツジャーナリスト・株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役
二宮 清純(にのみや・せいじゅん)

1960年愛媛県生まれ。スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開。テレビのスポーツニュースや報道番組のコメンテーター、講演活動と幅広く活動中。

(監修:日経BPコンサルティング)