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オリンピック金メダリストに学ぶ

人生には金メダルよりも大事なものがある
~オリンピックが私に教えてくれたもの~

ソウル五輪金メダリスト・順天堂大学准教授
鈴木 大地

1988年のソウル五輪100m背泳競技で、日本水泳界に16年ぶりの金メダルをもたらした鈴木大地選手。その後は、研究者の道を歩み、現在は母校の順天堂大学で教鞭を執っている。ロンドン五輪が近づく今、オリンピックの思い出とともに、あらためて水泳が教えてくれた人生の価値について、お話を伺った。

自分で道を切り拓いていくのが生きがい

最初のオリンピックは1984年のロサンゼルス大会で、高校3年生の時でした。その時は、五輪候補選手に最初から選ばれていたわけではありません。選考会で優勝しない限り、オリンピックに行けないと思っていたので、周到に準備をして、初めて本気で練習に取り組みました。

ロサンゼルスでは幸いにもメドレーリレーで決勝に残って、そこで自己ベスト記録を出すことができました。最大限の緊張の中で自己ベストを出せたことは大きな自信になりました。その時、周囲の声援を力にする術も身につけました。

私はどちらかというと本番で力を発揮するタイプ。それができるのも、しっかり練習して準備を整えていたからだと思います。準備に少しでも不安があると、その不安は本番ではさらに増幅してしまいます。本番前に勝負の85%位は決まっている。準備がいかに大切かということです。

オリンピックでは世界トップクラスの選手たちと戦って、その差を実感しました。トレーニングを死にものぐるいでやらないと、絶対に勝てないと思うようになりました。

当時、水泳をめぐる環境は今とは全然違っていて、大きな大会でも選手が自分でチケットを配らないとお客さんが入りませんでした。代々木のオリンピックプールでさえ、観客席で見ているのは関係者だけという試合もよくありました。マイナーなスポーツだった水泳をもっとメジャーにしたい。そのためにはオリンピックで金メダルを獲るしかないと思うようになりました。ですが、「金メダル獲ります」なんていうと、「冗談でしょう?」という顔をされるような時代です。

だからこそやりがいもありました。獲れるわけがないだろうっていう空気の中で、「俺がやる」と言い切ることは相当勇気がいるし、いろんなバッシングもありました。それでも私は、自分で道を切り拓いていくことに生きがいを感じるタイプ。敷かれた道を歩くだけという人生には面白みを感じないんです。

他人のやり方を見過ぎてはいけない

ソウル五輪金メダリスト・順天堂大学准教授 鈴木 大地

ロサンゼルス大会後は筋力トレーニングに励みました。当時は体重が55kg位しかなかったので、世界と戦うには、まずは身体だなと考え、筋力トレーニングを本格的にやるようになりました。それと自分の長所を伸ばすこと、私の場合はやはりドルフィンキックで潜ったまま進むバサロスタートです。スタートはバサロ泳法でリードする。ただ潜ったままだとどうしてもスピードが落ちるので、持久力も鍛える。キック力と持久力、どちらに偏ってもいけないので、どちらも練習しました。

練習では周りをあまり見過ぎないということが大切ですね。そもそも国内で周りを見渡しても、本気で金メダルを目指す人なんていないわけですから、そこに自分を合わせる必要はないと思うんです。目標が違えば当然、その日の練習でやるべきことは違ってきます。他の人と違っていて当然だと思っていました。

ただ、日本には他の人と同じであることを良しとする風潮があります。「みんな違ってみんないい」というのはわりと最近言われるようになったことで、当時は、人と違ったことをしていると批判めいた声もありました。ただ、実際に金メダルを獲ると、「鈴木大地はこだわりをもっている」と評価がコロッと変わりました。やはり、結果を出さないといけないと感じました。

ソウル大会の決勝では、それまで21回キックだったバサロを27回にしました。これを決勝で急に作戦を変えた、一か八かの勝負を挑んだというように書かれましたが、私は、一か八かの勝負はしません。一か三かだったら、やりますけど(笑)。事前の情報でライバルのバーコフ選手が35mを潜って好記録を出したということは知っていました。私は25mぐらいでしたから、この10mの差をどこかで埋めないと勝てないということは分かっていました。

もちろん長距離バサロをどこで見せるかは戦略を考えないといけません。私はわりと策略を考えるのが得意でしたから、昼間の予選は少し力を抜いて3位で通過し、夜の決勝ではバーコフの隣のレーンに入るようにしました。そして決勝のレースで初めて30m強のバサロを見せて、バーコフを慌てさせたというわけです。この策は功を奏し、日本水泳界16年ぶりの金メダルを獲ることができました。

自分がメダルを獲ることで人々の意識が変わった

バサロでは面白い話があります。ソウル五輪の前年のある大会で、そのシーズンの世界最高タイムを叩き出すと「何だこの技は」と、みんなが注目するようになりました。真似をする選手も次々に現れました。結果的に、自分の得意技に相手を引き込んだということになります。これができると強いです。

なかには面と向かってバサロを教えてくれと言ってくる外国人選手もいました。大会中に、英語はできませんという顔をして逃げることもできましたが、私の場合は「おお、いいよ、ちょっと見てろ」と見せました。そう簡単に真似できるわけがないという自信があったし、何より、国際大会でのこういうやりとりが面白い。同じ目的、目標、志を持っている人たちだからこそ、隠し事をせずに心を通じ合える。私が金メダルを獲ったら、私が技を教えた連中がわあっと飛んできて「おめでとう」と肩を叩いてくれるんです。スポーツをやっていて良かったなと思った瞬間でした。

金メダルを獲って、世の中に鈴木大地という人間がいることを、少し知ってもらうことができました。何より、日本の水泳関係者が自信を持ってくれたのが嬉しいですね。今から4年前ですけど、オーストラリアのオリンピック選考会を見に行った時に、関係者のパーティーである人に会いました。1956年のメルボルン五輪で山中毅選手とメダルを競った人で、その人が「日本の水泳界は1988年のソウルから変わった」と言ってくれました。すごく嬉しかったですね。

一人の選手がメダルを獲ることで、人々の意識が変わったり、「やれば自分たちだってできるんだ」と自信をもってくれるようになる。それが嬉しいですね。

スポーツ選手は体だけでなく、脳や心も鍛えよ

高校生でロサンゼルス五輪に出場したことで、いろいろな大学から進学のお誘いを受けました。どう考えても自分はサラリーマン向きではない。だったら、これまでの水泳を活かしながら生きる道はないかと考えて、大学で水泳の研究ができるところをと思い、順天堂大学を選びました。将来、大学の先生になるというのは、高校生の時に決めた進路でした。金メダリストで大学の先生になった人というのは、ほとんどいません。だからここでも「ブルーオーシャン戦略」、人が行かない道を極めてみようと思いました。

私は、そもそも色々なことに興味を持つタイプで、大学では体育学科の学生でしたが、医学部の人と一緒に人体解剖の授業にも出席しました。日本代表合宿でもチームドクターは東大の先生で、夜の講義の時間にいろいろなことを教えてくれました。それも刺激的でした。

私の水泳のライバルがハーバード大学の人類学の学生で、彼から受けた影響も大きいです。宿舎で話をしていると、「次はソウル大会だね。ハングルを勉強しようと思っているんだよ」なんてことをさらっと言うんです、驚きました。外国のアスリートは、自分の種目以外の分野でも、一流の人が多くて、それが人としての領域を広げ、人生を楽しむきっかけになっている。強みが一つしかない人よりも、少し気が楽になると思うんです。

スポーツ選手も身体を鍛えるだけじゃなくて、心や脳にたくさんの栄養を届けて、鍛えていかないと、最終的には勝負できないんじゃないかなと思います。

何が勝負の分かれ目になるのか。「グッドルーザー」とは何か

大学ではスポーツ科学科というところで、スポーツが人々の健康にどういう影響をもたらすのか、というのを一つの研究テーマにしています。その中で水中歩行や海浜実習など水泳に特化した研究もしていますが、最近非常に関心があるのは、スポーツの「勝負」はどのようにして決まるのか、ということです。

野球の野村克也氏は、「勝ちゲームには理由はないかもしれないけれど、負けゲームには必ず理由がある」とおっしゃっています。私は勝ちゲームにも理由があるんじゃないかと思っています。試合に勝った人たちの話を聞いていると、なるほどここが勝負を分けたんだな、と思えることがある。そういう事例をたくさん集めることで、勝敗のメカニズムが見えてくるかもしれない。もちろん、そのマニュアル通りに全員がやったからといって全員が勝つという訳ではありません。

勝負の世界に興味を持つのは単に勝つための戦略づくりということだけではありません。スポーツが面白いのは、勝つ人がいれば負ける人が必ずいるからです。負ければ全てを失うというけれども、たとえその試合に負けても、その後の人生や仕事で成功をおさめる人もいます。

スポーツで勝てば人生の勝者になれるわけではない。たとえ負けたとしても、潔く負けを認め、謙虚になって、また学んでいく。それができればいいんです。英語でいう「グッドルーザー」、「優れた敗者」というものが必ずいるんですね。敗者の価値とは何なのか、興味がありますね。

水泳を通して学ぶ、人生を豊かに生きる上で必要なこと

ソウル五輪金メダリスト・順天堂大学准教授 鈴木 大地

あまり宣伝していないのですが、2011年から子供向けの水泳教室を始めました。「ダイチ・インターナショナル・アクアティックス」、略称「DIA」といいます。もちろん水泳が上手くなる指導もします。しかし、人間的な魅力があったり、水泳以外にも得意分野があったり、どこか深みや奥行きのある子供を育てていきたいと思いました。なにより、水泳を知っていれば海で溺れることもない、自分の命を守ることができる。さらには、自主性と協調性など、人生を豊かに生きる上で必要なことを、水泳を通して学ぶこともできます。つまり人生には「金メダルよりも大事なこと」があって、それを学ぶ場にしたいと思っています。

教えるといっても、言葉で教えられることはそう多くはありません。大切なのは見て、感じて、伝わっていくということです。水泳はたまたま裸になってスキンシップで触れあうスポーツだから、言葉ではなく肌で感じることができる部分はより多いと思います。

水泳はそういう意味では、単なるスポーツの枠を超えた文化だと思います。その伝統が日本には古式泳法という形で残されています。古式泳法を知るようになったのは、日本水泳連盟で担当理事になったのが直接のきっかけです。例えば、手足を縛られた状態で牢屋から抜け出す時の泳法があることを知ってとても驚きました。まさにバサロキックと同じでした。バサロの起源は日本にあったんです(笑)。

他にも、2008年の北京五輪から正式競技に採用されている、海や川、湖など自然の水の中で行なわれる長距離の水泳競技、オープンウォータースイミング(OWS)の普及活動も行っています。

自然環境の中で泳いでいると、河口の方に近づけば近づくほど、異臭が漂ってくるのが分かります。西伊豆や房総といった比較的海がきれいだといわれているところでもそうですからね。OWSは、海の汚染、地球環境の汚染に関心を持つにはうってつけのスポーツだと思います。

そもそも私は、水泳という競技で金メダルをいただきました。一番、水や自然に感謝しなければならない立場です。私には世界の国々に水泳を普及させたいという夢もありますが、地球上にはまだまだ水泳どころじゃなく、飲み水にさえ困る国もあります。そういう国で水泳を普及させるには、下水道などインフラの整備からやらなくてはいけない。それを考えるともう大変です。やらなければいけないことがたくさんあるのに、時間がない。もう、人生焦ってますよ。(談)

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ソウル五輪金メダリスト・順天堂大学准教授
鈴木 大地(すずき・だいち)

1967年生まれ。7歳の時から水泳を始める。84年、ロサンゼルス五輪で100m背泳11位(日本記録)、200m背泳16位(日本高校記録)、400mメドレーリレー第1泳者としてアジア人初の57秒スイマーとなる。88年、ソウル五輪で100m背泳優勝(日本記録)、400mメドレーリレー5位。順天堂大学大学院を修了後、コロラド大学ボルダー校客員研究員などを経て、現在、順天堂大学准教授(スポーツ科学)、同水泳部監督、医学博士。

(監修:日経BPコンサルティング)