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親族内承継と親族外承継

前号では「多様化する事業承継」と題し、現在、事業承継がピークに達しているという時代背景と、親族内の事業承継が減少しておりその形態が多様化している事実について触れた。事業承継は大きく「親族内承継」と「親族外承継」の2つに大別することができる。今回はそれぞれの形態のトレンドについて掘り下げていきたい。

ファミリービジネスは長寿企業の共通点~親族内承継のあり方

親族内承継とは、狭義には創業家で代々所有と経営を引き継いで行くスタイルをいう。別の言い方をすれば「ファミリービジネス」である。親族内承継が減少しているという事実は、ファミリービジネスが過渡期にあることを意味していると言えるが、一方で近年ファミリービジネスが企業の長期的存続の条件であるとして関心が高まっていることにも注目すべきであろう。

日本には創業100年を超える長寿企業が3万3,069社ある(2017年現在、東京商工リサーチ調べ)が、その数は全世界の過半数を占めている。その意味で日本は屈指の「長寿企業大国」であると言える。一方、100年企業の9割がファミリービジネスであるというデータもある。ファミリービジネスが長寿企業の必要条件であることを裏打ちするものであろう。

いま短期業績主義の弊害が企業の存続を脅かし、また既存のビジネスモデルの崩壊が叫ばれている時代であるが、その中で改めて企業の本来の目的である“ゴーイングコンサーン(継続企業体)”として長期的存続のあり方が見直されている。それがファミリービジネスに注目が集まる理由であろう。ファミリービジネスの強みは「長期的視点での決断力」にあるとされる。ファミリービジネスとして事業承継を志向する企業は、その強みを最大限発揮する経営をしていくべきなのである。

ファミリービジネスにおける事業承継にとって追い風になっているのが、「自社株の納税猶予制度」である。この制度は先代経営者から後継経営者へ自社株を相続または贈与した際にかかる相続税や贈与税の納税を一定の条件のもとに猶予するというものである。制度自体は平成20年に創設されたが、その制約条件の非現実性から多くの経営者が躊躇していた感がある。しかしながら今年の税制改正によりそういった制約条件の多くが事実上撤廃され、その申請件数は飛躍的に伸びることが予想される。ただ、筆者が懸念するのはこの納税猶予制度の改正が一種の「過熱的なブーム」になりかかっている感があることだ。制度自体は非上場のファミリービジネスにとって利用価値が高いが、その適用を受けるために事業承継戦略が決定されることがあってはならない。経営者としては、自社の存続をまず考え、それに制度が適合するかどうか冷静に見極める必要があるだろう。

後継者不足時代に多様化する親族外承継

親族に後継者がいない場合は「親族外承継」を選択することになる。この「親族外承継」のスキームは多岐にわたる。幹部社員に所有と経営の両方を承継するMBO(マネジメント・バイ・アウト)、不特定多数の投資家に広く出資を募るIPO(株式公開)、他社に経営を委ねるM&Aなどがある。これらは企業の所有権そのものを創業家以外の第三者に渡すスキームであるが、そのリスクは創業家の理念が伝承されなくなることで、求心力が弱まり、企業としての生命力が失われてゆくことであろう。親族外承継を選択する企業はそのことをしっかりと認識しておかなければならない。

MBOは幹部社員が創業家から株式を買い取り、経営を継承する手法である。これに類似する方法として役員・社員持ち株会を立ち上げ、そこに創業家の所有株を継承してゆくやり方もある。創業家とともに企業を経営してきた社員であれば、その理念を受け継ぎ、そのあとの世代まで承継してくれるであろう。しかも持ち株会ならば役員や社員が退任/退職する際はその持分を持ち株会に返還するため、自社株の社外流出がなく、資本が長期的に安定するのである。

しかしながらこの持ち株会のリスクは有事の際の決断力が鈍るところにあるだろう。オーナー経営と違い合議制を建前とする意思決定構造は、平時には問題なくても、会社の進退を占う判断を迫られたときに調整能力が効かなかったりする。このとき最終の拠り所となるのは「創業者だったらどう判断するのか」ということであり、その意味で創業家の理念を伝承し、常にビジョンを描いて共有しておくことが重要となるのだ。有事の決断力が鈍るのはIPO(株式公開)のデメリットとも共通するであろう。合議による経営はどうしても短期業績に目線が奪われやすいが、今後不確実性が高まり、変化が連続する経営環境においてはより長期的な視点で決断することが求められる。親族外承継を選択する企業はそのことをより強く意識することが求められるのだ。

ファミリービジネスと社員承継を両立するホールディング経営

これまで親族内承継と親族外承継について述べてきたが、その折衷方式とも呼べるのが「所有と経営の分離」であろう。所有すなわち自社株は創業家が継承し、現実の事業経営は社員などの親族外経営者に任せるパターンである。創業家の存続に後継者がいない場合、この「所有と経営の分離」は現実的な方法であり選択する企業は多い。またその態様として純粋持ち株会社を使ったホールディング経営モデルが近年の事業承継スキームとして増加している。

このホールディング経営モデルは、消極的な目的感としては前述したように親族外承継における所有と経営の分離スキームとして、また自社株を承継する際の株価低減対策として取り組まれるケースを多く見かける。しかしながらこれは本来もっと戦略的なグループ組織体制であるべきで、企業が長期的に存続するという方向性の下、多様な目的を立たせるように設計することが肝要である。

ホールディング経営モデルのコンセプトは図に示す通りだが、その中でも戦略的な目的感として特筆すべきは「事業ポートフォリオで成長する」ことと、その中で「社員が経営者として育ち上がる」ことの2点に集約される。

まず、事業ポートフォリオで成長するということについて。低成長で不連続な変化が激しい経営環境においては既存のビジネスモデルは陳腐化していく。つまり一つの事業に固執してそこに経営資源を集中させても成長は見込めないし、逆に大きな経営リスクになり得る。企業はより大きなビジョンを保持して、それを実現するビジネスモデルを複数組み合わせて全体の最適化を図ることが有効なのであり、その事業の組み合わせが事業ポートフォリオである。経営者はこれまでの現場叩き上げのスキルに加え、新たな<事業を発見しそこに資源投下する「投資家」としてのスキルを要求されるのだ。その事業ポートフォリオ戦略を実現するグループ体制としてホールディング経営モデルを選択するのである。

また、複数の事業を一人の経営者が取り仕切るのではなく、社員からの内部登用で経営を任せてゆくのが有効である。ファミリービジネスの場合、プロパー社員はどんなに頑張っても社長や役員にはなれないという諦めがどこかにあるものだが、ホールディング経営モデルでは「頑張れば社長になれる」ため、潜在的な積極社員のモチベーションが喚起され、経営者を目指そうという人材の入社も見込まれる。ホールディング経営モデルへのシフトを決断する経営者は実はこういった目的感である場合が多いのだ。

企業が持続的に成長し、社員が成長するという大義がないとホールディング経営モデルは成功しない。創業家の相続対策という狭い了見では決断できるものではないのだ。

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株式会社タナベ経営
経営コンサルティング本部
九州本部 副本部長/100年経営研究会リーダー
中須 悟(なかす さとる)

「経営者をリードする」ことをモットーに、経営環境が構造転換する中、中堅・中小企業の収益構造や組織体制を全社最適の見地から戦略的に改革するコンサルティングに実績がある。CFP®認定者。