

「売上が伸びない」「離職が増えている」「改善活動の効果が見えない」。
こうした経営課題に直面したとき、本当に知りたいのは「何が原因なのか」ではないでしょうか。
ビジネスアナリティクスは、データを活用して課題の要因を明らかにし、
改善施策の優先順位を見極めるためのアプローチです。
本コラムでは、KPIの考え方から要因分析の進め方、従業員満足度分析の事例まで、
データに基づく意思決定のポイントを解説します。
小泉 昌紀(こいずみ まさき)
NECネクサソリューションズ株式会社
DXビジネスイノベーション統括部
ガバナンス・テクノロジーコンサルティンググループ
プロフェッショナル
NECグループにて、ERP、クラウド、AI領域の事業開発やDX推進に従事。
AI・データサイエンスを活用した業務分析や意思決定支援を通じて、
現場起点での業務改革と価値共創に取り組んでいる。
博士(工学)
中小企業診断士

1. なぜ今、データ活用が求められるのか
「売上が落ちている。でも、なぜかは正直よく分からない」そんな状況に、心当たりはないでしょうか。
「なんとなく景気のせい」「競合が強くなった気がする」。感覚は正しいこともあれば、的外れなこともあります。問題は、感覚だけでは区別できないことです。
いま多くの企業が、共通した壁にぶつかっています。市場環境や顧客ニーズの変化が速くなり、経営課題も複雑化しています。限られた経営資源のなかで成果を高めるためには、「どこに課題があるのか」「何に優先的に取り組むべきか」を客観的に把握することが重要です。
しかし改善活動は、掛け声だけでは進みません。「どの工程に無駄があるのか」「なぜミスが繰り返されるのか」「どの顧客に注力すべきか」。こうした問いに答えられなければ、施策は的外れになりがちです。
データを活用して課題の真因を明らかにし、意思決定につなげる。そのための考え方がビジネスアナリティクスです。
2. ビジネスアナリティクスの基本
ビジネスアナリティクス(Business Analytics、以下BA)とは、データをもとに業務上の課題を分析し、改善につなげるための考え方・手法の総称です。BAでは、「何が起きているか」「なぜ起きているか」「どこに取り組むべきか」という問いを順番に解いていきます(図1)。

よく似た言葉にBI(ビジネスインテリジェンス)があります。BIはグラフやダッシュボードを用いて現状を可視化する手法です。一方、BAはその一歩先のアプローチです。データを分析して課題の要因を明らかにし、改善につなげることを目的としています。
3. KPIとは何か―目標を数字に落とし込む
BAを実践するには、まず「何をもって改善とするか」を明確にする必要があります。そこで使われるのがKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)です。例として、製造業における部門別のKPI例を示します(図2)。

重要なのは、KPIを部門ごとにバラバラに決めるのではなく、経営目標からブレークダウンして設定することです。たとえば経営目標が「成長性の強化」であれば、売上高や新規顧客獲得数などの営業指標に加え、採用充足率など人材確保に関する指標も重要になります。一方、「収益性の向上」が目標であれば、営業利益率や製造コスト、不良品率など、利益や業務効率の改善につながる指標が重視されます。
部門ごとのKPIがバラバラに存在するのではなく、経営目標に向けて整合性を持って設計されていることで、はじめて組織全体の改善活動が一つの方向に向かいます。
4. 要因分析とは何か―「なぜ」を数字で解く
KPIの数値が悪化したとき、最初に浮かぶのは「何が原因だろう?」という問いです。しかし思いつきで施策を打っても、的外れになりかねません。そこで活用されるのが要因分析です。
要因分析では、改善したいKPIを「目的変数」、その原因候補を「説明変数」として整理します。たとえば従業員満足度であれば、企業理念への共感や、給与・待遇、仕事のやりがい、ワークライフバランスなどが説明変数の候補として考えられます(図3)。

これらの変数間の関係を統計的に分析することで、「どの要因がどの程度影響しているか」を客観的に把握できるようになります。重要なのは、現場の知識や経験をもとに適切な説明変数を設定することです。
5. 事例:従業員満足度の要因分析
「従業員満足度を高めたい。でも、何から手をつければよいか分からない」。こうした課題こそ、要因分析が力を発揮する領域です。筆者らは従業員サーベイのデータを分析し、満足度に影響する要因を特定して改善施策につなげることで、エンゲージメント向上に取り組んできました。この取り組みは、Digital HR Competition 2021のピープルアナリティクス部門でグランプリを受賞しています[1]。
さらに、国内10業種の従業員1,000名を対象とした研究では、企業理念への共感、やりがい、給与・待遇、ワークライフバランスなどが従業員満足度に与える影響を分析しました[2]。その結果、最も影響が大きかったのは「やりがい」で、次いで「ワークライフバランス」「企業理念への共感」であることが分かりました(図4)。

興味深いのは、給与・待遇の影響が他の項目と比べて小さかったことです。「まず給与・待遇を改善すればよい」という直感とは異なり、従業員満足度の向上には、仕事のやりがいやワークライフバランス、企業理念への共感がより重要であることが示されました。
6. ビジネスアナリティクスによって見えてくるもの
ビジネスアナリティクスを活用することで、「なんとなくそうだろう」という感覚を、「これが原因だ」という根拠に変えることができます。先ほどの事例では、「やりがい」が従業員満足度に最も強く影響することが分かりました。こうした知見は、データ分析によって初めて得られるものです。
こうした知見が得られると、改善施策の優先順位を客観的に決めることができます。たとえば「企業理念への共感」が重要な要因と分かれば、経営幹部が現場に足を運んで直接語りかけたり、タウンホールミーティングで企業理念を共有したりといった施策が見えてきます。限られた予算や時間のなかで、どこに取り組むべきかをデータが示してくれるのです。
ただし、分析はゴールではありません。データは方向を示しますが、最終的な判断と行動は人が担います。ビジネスアナリティクスの価値は、現場の知識や経験とデータを組み合わせ、より良い意思決定につなげることにあります。
7. おわりに
ビジネスアナリティクスは、単なるデータ集計のための手法ではありません。企業が抱える課題の真因を明らかにし、改善に向けた意思決定を支援するためのアプローチです。
まずはKPIを設定し、データを収集し、要因を分析する。その積み重ねによって、経験や勘だけでは見えなかった課題の構造が明らかになります。最初から高度なツールや専門知識は必要ありません。自社に蓄積されているデータを活用し、「なぜだろう?」という問いから始めてみてはいかがでしょうか。
- [1]海老沼貴明,小泉昌紀(2021).パーパス実現につながるエンゲージメントスコア向上への取り組み ~因果分析による「チームを変えるナレッジ」の獲得と社内展開~.Digital HR Competition 2021 グランプリ(ピープルアナリティクス部門),一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会.
https://peopleanalytics.or.jp/news/3496/ - [2]Koizumi, M., & Kato, T. (2025). The Role of Empathetic Company Philosophy and Advanced Technologies in Shaping Job Attitudes. Business Systems Research: International journal of the Society for Advancing Innovation and Research in Economy, 16(1), 60-79.
https://doi.org/10.2478/bsrj-2025-0004
2026年7月