サイト内の現在位置
仙台文学館に寄贈された昔話音源のAI音声復元プロジェクト
図書館つれづれ [第147回]2026年8月
はじめに
昔話とは、総合百科事典「ポプラディア」によると、「昔から人々のあいだで語られ、伝えられてきた話」で、「むかしむかしあるところに」ではじまるものをいいます。もともと文字であらわされたものではなく、口承で伝えられていたものであり、各地の方言での語りは聞く人をほっこりさせてくれます。そんな昔話を、昭和の時代にオープンリールを担いで宮城県を中心に東北地方、新潟県と昔話の語り部を訪ねて採集した方がいました。佐々木徳夫氏(1929年-2010年)は、ウィキペディアには民俗学者で昔話採集家として紹介されています。
友人のお姉さんが東北のラジオで昔話を朗読していたと聞き、仙台に行くついでの2026年4月、興味本位の軽い気持ちでお会いしてきました。ところが、彼女の友達の佐藤照一さんも同席してくれて、話はとんでもない展開になっていったのでした。
今回は、仙台文学館に寄贈された佐々木氏の採集した昔話の音源を、人の力とAIの力を結集してデジタルデータに復元したプロジェクトの紹介です。
登場人物 ※敬称略
- 佐々木徳夫: 民俗学者であり昔話の採集家。高校教師をしていた1957年より東北地方を中心に1万話を超える昔話を収集。50冊以上の著書を発行。1992年に昔話の保護に取り組んだ業績により第26回吉川英治文化賞を受賞。
- 田村文子 : 友人のお姉さん。現在は宮城県視覚障害者情報センター音訳ボランティアとして活動。2023(令和5)年、緑綬褒章を受章。
- 佐藤照一 : 36年間の教師生活を経て、現在は昔話探訪家&ライター。
- 庄司潤子 : 仙台文学館学芸員。
- 高道慎之介: 2024年より慶應義塾大学 准教授(現職)。音声合成変換、音声信号処理の研究に従事。文部科学大臣表彰、若手科学者賞など20以上の賞を受賞。
- 丹治尚子 : 高道慎之介氏(東京大学在籍時)と共に研究に関わった東京大学の方。
tbc東北放送(ラジオ)での昔話の朗読での出会い
tbc東北放送は仙台の放送局。佐々木徳夫氏が採集した宮城の昔話を扱ったラジオ番組「みちのくむかしばなし」は、タイトルを変えながらも、2人のアナウンサーの朗読で引き継がれる20年の長寿番組でした。
田村文子さんは県が養成した朗読ボランティア団体「宮城朗読奉仕会」に所属して活動する中で、三代目の読み手として1997年から関わることになりました。田村さんは昔ばなしの語り部とアナウンサーの中間をいく「耳で聴く口承文芸」を目指して、2023年の番組終了まで26年間続けました。その間、宮城県内の「みやぎ民話の会」在籍中に佐藤照一さんと知り合います。2018年からは佐藤さんも脚本家の一人としてラジオに関わるようになりました。
仙台文学館の特別展「みやぎの昔ばなし展-佐々木徳夫の仕事から」の縁
仙台文学館(宮城県仙台市の文学館)は、宮城県にゆかりのある近代文学に関する資料の収集・展示を行っています。1999年に開館し、初代館長は井上ひさし氏が務めました。
2007(平成19)年、仙台文学館では佐々木氏の50年の歩みの企画展を開催し、『みやぎの昔ばなし 心をぬくめる21話』を発行しました。本に添付された田村さんの朗読CDは、市民センターの会議室で収録しました。氏は、2010年1月25日に亡くなりますが、その後、遺族が氏の収集したオープンリールテープやカセットテープ、書物やメモなど全てを仙台文学館に寄贈しました。
その後、たまたま車に同乗していた田村さんと佐藤さんは、「そういえば、あの寄贈されたテープはその後どうなったのかなあ」と、話していました。そこで、田村さんは、仙台文学館の学芸員の庄司潤子さんを訪ね、その後の様子を聞いてみました。佐藤さんは自らも民話の採集をしているから、手つかずの宝の山が気になって仕方がなかったのでした。
ステップ1:仙台文学館における「東北昔話保存音源調査」
寄贈されたものの未整理だった資料は、仙台文学館が佐藤さんに継承と活用に向けた整理を依頼して、2021(令和3)年5月から1年半ほどかけて、「東北昔話保存音源調査」が実施されました。
作業は以下の手順で行いました。
- 佐々木氏の著書(34冊)のデータベースを作成
氏の著書に出てくる昔話の目次から、まずデータベースを作成しました。 - オープンリールテープやカセットテープとの紐づけ
次に、実際に採集した媒体に書かれているメモと著者の昔話との紐づけを行いました。昔話は同じような話でも最後の落ちが違うだけなど微妙に異なるものだから、果たして同じものか、直接音声が聴けないだけに疑心暗鬼の模索状態が続きました。 - 佐々木氏が残したノート(47冊)との紐づけ
氏が残したノートは速記のようなもので、判読がなかなか難しかったそうです。でも、個人の想いなども書かれていて、メモは貴重な情報でした。
話者が不明、題名が不確か、音源テープのラベルが改題されているなど、情報を照らし合わせる作業は続きました。こうして、採訪日・採訪地、音源と著書との関係は一旦整理されました。
でも、ここまでの作業が終了しても完了とはいえません。カセットテープの劣化が懸念され、肝心の音源を聴くことができないのです。この時、仙台文学館では、昔話を次世代に継承するとともに将来的に音源を活用するため、カセットテープなどのアナログ音源をデジタル化することを模索している段階でした。
ステップ2:国立国語研究所 異分野融合共同研究「歴史的音源アーカイブに向けたオープンコーパスの整備とAI音声復元技術の開発」
ところがここで救世主が現れます。方言音声合成の研究を進めていた高道慎之介氏(当時東京大学)に、佐々木氏の著書『遠野の昔話』(桜楓社)の付録のカセットテープが目に留まり、遺品を所蔵している仙台文学館にたどり着きます。そこで、佐々木氏の保存していたオープンリールテープやカセットテープの音源のデジタル化と、オープンコーパスの整備とAIによる音声復元技術の開発の申し出がありました。ちなみに、コーパスとは、書き言葉や話し言葉の資料を体系的に収集し、研究用の情報を付与した言葉のデータベース(language corpus)を指すのだそうな。
プロジェクトは昔話音源のデジタル化と音源の音質の改善を目的に、2022年10月から2025年3月まで行われました。ステップ1の調査を基にデジタル化が完了し、活用に向けた整備が進みました。とはいえ、相手は方言。標準語だって文字起こしは大変なのに、音のノイズは除去できても、方言の文字起こしがAIにできたのでしょうか。AIではそれはまだ難しく、全て人の手で文字起こしをしました。東京大学側でも複数人で書き起こし、最終的な文字起こしは主に佐藤さんで、田村さんも協力しました。佐藤さんは、「五里霧中だったテープの確認作業が東京大学の協力により話者の音声を、それもリマスターした音声を聴くことができたことは感無量でした。作業に見通しがもてるとともに昭和40年代以降に録音された語り手の声が聴けるのですから。作業は無論大変な時間を要し、かつ根気が要るものでしたが、それ以上に当時の空気を味わえることが嬉しかったです。まさに時間を忘れるほどの至福の時間でした。」と話してくれました。
開発した東京大学で整備・公開している「Tohoku folktale corpus(東北地方民話コーパス)」は、以下のURLからアクセスできます。一話毎に聞くことができ、ノイズのない音にビックリします。文字起こししたテキストデータと併せて聴くと、方言の奥深さを一層感じることができます。
https://sites.google.com/site/shinnosuketakamichi/research-topics/tohoku-dialect_corpus
丹治氏より現在の進捗状況をお聞きしました。
| 保存音源とデジタル化の進捗状況(2025年5月14日現在) | ||
|---|---|---|
| オープンリール | カセットテープ | |
| 本数 | 88本 | 171本 |
| デジタル化 | 完了(2023年2月) | 完了(2024年1月) |
| 時間数 | 157時間 | 283時間 |
| 収録時期 | 1967年-1983年 | 1970年-2009年 |
| 昔話数 | 2,475 | 4,472(調査中) |
| 採訪地 | 58(区・町単位) | 46(区・町単位)(調査中) |
| 話者数 | 233(女:132、男:100) | 233(女:132、男:100)(調査中) |
| アノテーション | 一部完了 | 検討中 |
ちなみに、アノテーションとは、「注釈」を意味する言葉であり、ITの分野ではデータに対して追加の情報タグ(メタデータ)を付加する作業だそうです。
ステップ3:「方言をしゃべるAI」を使った小学校2年生に向け方言学習授業
このコーパスを利用して作成した方言音声をもとに映像資料を作成し、学校の授業にも使われました。作成した動画は、子どもの興味を引きやすい動物が登場する「長い話(蛇がにょろにょろ)」。子どもたちの負担も考慮した比較的短い話です。田村さんによるチェックの後、より自然に聞こえるようにスピードなどを何度か調整し、一部は標準語の字幕を付与しました。
2025年12月、仙台市内の小学校2年生の2クラスを対象に行われた授業は、クイズを通して方言の面白さや親近感に気づいてもらうとともに、AIにも興味を持ってもらう狙いがありました。
詳細は言語処理学会第32回年次大会(NLP2026)の「仙台市方言を合成する方言音声合成の構築と小学校2年生向け方言学習授業における活用報告」(p7-6)を参照ください。
https://www.anlp.jp/proceedings/annual_meeting/2026/#P7-6
おわりに
友人のお姉さんとたまたま出会い、芋づる式に知った東北地方の昔話の世界。これだけでも感動していたのですが、実はもう一つの世界がありました。
仙台の「みやぎ民話の会」では、1975年から記録してきた宮城県内を中心とする語り部の映像・音声を、誰もが活かせる共有財産として後の世代に手渡していくため、CDやDVDを作成する作業を2012年度から行っているそうです。東北は民話の宝庫であることをあらためて気づかされました。
せんだいメディアテーク 民話 声の図書室
https://www.smt.jp/projects/minwa/
追伸
千葉県立図書館では、県下に伝わる民話を紹介しているページがあります。出版物が中心で昔話とはニュアンスが違うようですが、こちらもよかったら覗いてみてください。
https://www.library.pref.chiba.lg.jp/school/chibaken_minwa/index.html