インバウンド観光客で賑わう心斎橋筋を歩きながら
~観光振興とシステムの可能性について考えてみた~

情報化モデルとICTを巡るポリフォニー [第8回]
2015年11月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

急増するインバウンド観光客について

久々の休日、心斎橋筋を歩いていると、アジア圏からの観光客の多さに驚きました。
かつては、「東の銀座、西の心斎橋」と呼ばれ、銀座を歩く「銀ブラ」に対して心斎橋筋を歩く「心ブラ」という言葉が生まれましたが、いまの心斎橋筋はそんなのんびりした雰囲気ではなく、インバウンド観光客のパワーと熱気が充満しています。

とにかく、彼らは大声でよくしゃべります。これにはネーティブな「大阪人」の私もびっくりしてしまいます。
中国本土からの旅行者が話す「北京語」、香港などで使われている「広東語」、そして台湾の人達の「台湾語」、これに「韓国語」や「タイ語」などが混じりあって、彼らの会話を聞きながら心斎橋を歩いていると、どこか東南アジアの街角に紛れ込んだような気分になってしまいます。

このインバウンド観光客ですが、昨年2014年の訪日外国人数は、前年より300万人以上増加して1300万人を突破、過去最高を記録しています。そしてついに、2015年7~9月における訪日外国人の旅行消費額が前年比8.18%増の1兆0009億円となり、1四半期で初めて1兆円を突破しました。

タイ・マレーシアのビザが免除になり、14年後半からインドネシア・フィリピン・ベトナムのビザ発給要件の緩和や、LCC(格安航空会社)の増便、円安と消費税の免税拡大など、インバウンド観光客増加の背景には様々な要因が存在しますが、当分の間この増加傾向は継続すると思われます。

インバウンド観光客の増加が見込める理由は、中国人観光客の潜在的な増加余力が大きいことに起因しています。14年の国・地域別訪日外国人数を見ると、1位 台湾の約283万人、2位 韓国の約276万人、3位 中国の約241万人、4位以降は100万人以下で、香港、アメリカ、タイ、オーストラリア、マレーシア、シンガポール、イギリスと続きます。

台湾の人口は約2300万人ですので、訪日台湾人が約280万人ということは、年間で国民の8人に1人相当の台湾の人々が日本を訪れている計算になります。

もし、この台湾人観光客のように、中国国民の8分の1が日本を訪れるとすれば、とんでもない数字になりますが、中国13億人の100分の1としても1300万人が訪日することになります。つまり、現状の5倍以上の中国の人々が観光客として、我が国を訪れるようになっても不思議ではありません。

政府、観光庁は東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までに2000万人を目標に掲げていますが、世界に目を向けると世界一の観光大国フランスの観光客数は年間約8300万人、イタリアは約4770万人の観光客を集客していますので、日本でも今後年間300万人ペースでインバウンドが増え続ければ、訪日外国人3000万人の達成は夢のような数字ではありません。

このようにインバウンド観光客が急増すると、国内の受け入れ体制が問題になってきます。日本はアウトバウンド(海外旅行者)の多い時代が続いたため、国内の観光業はインバウンドを意識した体制づくりをしてこなかったのが現状です。我が国の宿泊施設のキャパシティは2000万人程度と言われていますので、そこから先は未体験の領域に突入することになります。

現にインバウンド観光客の急増に伴って、大阪府下のホテル・旅館の稼働率は80%を超えていますし、私が通勤の足として利用する地下鉄御堂筋線などは、訪日外国人(主に中国人観光客)の乗客が郊外のシティーホテルにまで押しかけ、夜遅くまでラッシュアワーのようになっています。

観光サービスに関する規制の緩和

このような状況の中、我が国の政府は先月20日の特区諮問会議において、国家戦略特区での外国人観光客の拡大に向けた規制改革の具体化について提示し、一般の住宅に観光客を泊める「民泊」を拡大するとともに、自家用車で有償運送する「ライドシェア」を解禁するとしています。

アベノミクスの目標に掲げた国内総生産(GDP)600兆円に向けて外需の取り込みを強化する狙いだと思われますが、観光サービスに関する規制を改革する方向に向かって第一歩を踏み出したことになります。

「民泊」を認める要件を緩和することで、ロンドンオリンピック開催時のイギリスと同じように、我が国でも首都圏周辺の宿泊施設不足が解消され、インバウンド観光だけではなく日本人の国内旅行などに活用されるケースも増加することで、消費喚起につながることが期待されます。

また、この改革案では自家用車を利用する「ライドシェア」について、現状では自家用車の有償運送は「白タク」として禁止されているものを、交通空白地に限って容認することで、「観光客の交通手段として活用する」と解禁を表明しています。

シェアリングエコノミーの可能性

ここで私が注目しているのが、前々回のコラムでも書かせていただいた「民泊」サービス「airbnb」などに代表されるシェアリングエコノミーの可能性です。このシェアリングエコノミーですが、勝手ながら私流に言い換えれば「アイドリングビジネス(空き時間ビジネス)」と表現することもできます。

車のエンジンがアイドリングしている時のような「Idle」の状態、エンジンは廻っていても「使われていない」、「空いている」時間帯を有効活用するビジネスモデルです。

世の中には「モノ」が溢れ、全体としてのリソース(資産)、キャパシティ(容量)などは日々増加しています。また一方で、ネットワークシステムの進展によって「空いているモノ」を探し出し、結び付けることが容易にできる時代も到来しています。

「O2O(Online to Offline)」と呼ばれるキーワードがありますが、オンライン(インターネット)の情報とオフライン(実世界)が融合し、相互に影響を及ぼす現代においては、今後さまざまな業界で「アイドリングビジネス(空き時間ビジネス)」の事業展開を目指すプレイヤーの出現が予感されます。

配車サービス「ライドシェア」の分野では、2009年6月にアメリカで事業を開始した、ウーバー・テクノロジーズのハイヤー・タクシー配車アプリ「Uber(ウーバー)」が躍進を続けています。

現在、世界55カ国の200を超える都市で事業を展開し、日本では2014年3月からサービスを開始していますが、この「Uber」配車アプリを利用すると、スマートフォンのGPS機能を通して、現在位置の近くを走行している、同社と契約したタクシーや個人の一般ドライバーの車を呼ぶことが可能になります。

「Uber」のアプリでは、旅行先の海外でも自国語で行き先の指定が可能で、支払いは事前に登録したクレジットカードで決済されるため、旅行者にとって言葉の壁がある国外でも安心してタクシーを利用することができる仕組みになっています。

日本国内のサービスメニューとしては、通常のタクシー乗車料金+迎車料金の「uberTAXI」、通常料金に500円追加することでクラウンロイヤル・BMW 7シリーズなど高級車に乗ることができる「uberプレミアムTAXI」、一般のハイヤー料金(最低料金は823円)で利用可能な「uberBLACK(ハイヤー)」のほか、バンタイプの車両を配車する「uber BLACK VAN」(料金は「uberBLACK」と同額)の各種サービスを提供しています。

また、「Uber」アプリでは複数の乗客で料金を「割り勘」にする機能、到着時間をメールで他の人に知らせるサービス、ドライバーと乗客が互いに評価し合う仕組みの提供、「Uber」サイトの招待リンクをFacebookやTwitterで友達にシェアすることで最大2,000円無料になるクーポンコードを配布するなど、SNSと連携したサービスモデルを展開しているのが特徴です。

この「アイドリングビジネス(空き時間ビジネス)」を広く普及させるには、多くの課題を克服する必要があることも認識するべきです。「airbnb」が仲介する「民泊」については、宿泊料を受け取って他人を宿泊させる場合、正式には旅館業の許認可が必要となり、消火栓などの設備の設置規定をクリアしなければ旅館業法に抵触する可能性があるなど、既存の法律・規制がサービス普及の壁になる局面も想定しなければなりません。

しかし、政府の国家戦略特区での規制改革に向けた動向や、大阪府議会で条例化を加速させる動きがあるように、他の府県・自治体においても同様の条例案が議会に提出される可能性もあります。そして、外国人観光客拡大に向けた利便性向上や経済合理性の観点から見て、時代の趨勢ともいうべき「アイドリングビジネス(空き時間ビジネス)」の拡大を抑止することは賢明ではないと思っています。

訪日外国人3000万人の時代に向けて、今後「アイドリングビジネス」や「O2O(Online to Offline)」マーケティングはどのような展開を見せるのでしょうか。

ここからは私の試論ですが、例えば英国ロンドンの劇場組合(the Society of London Theatre)が運営する、「tkts」と呼ばれる公式チケットの割引販売ブースがあります。

この「tkts」の販売ブースで扱うチケットは当日券のみで、事前の予約は不可ですが、当日の空席分のみが販売されますので、正規料金の半額程度の価格でチケットを入手することが可能です。

この「tkts」と同様の仕組みをスマートフォンのアプリとして提供し、当日の格安チケット情報をGPS機能を通して、劇場周辺の地域に配信するようなネットワークサービス事業者の登場は充分に可能性があると考えます。

劇場の側から見れば、空席は「Idle」の状態です。興行する側から考えると、固定費に対して限界利益を最大化させるためには、空席のまま上映するよりは値引きしてでも、残りの空席を埋めた方が利益率を高めることは誰の目にも明らかです。

需給状況に応じて価格を変動させることは「ダイナミックプライシング」と呼ばれています。当日劇場へ来場することが可能なエリア内のターゲットに対して「ダイナミックプライシング」に対応した広告・販促活動を行うなど、当日限定の格安チケット情報を配信するプラットフォームを構築することで、新たな「アイドリングビジネス」の創出につながると考えますが如何でしょうか。

今回のコラムでは、インバウンド観光客の増加に対応するための「アイドリングビジネス」や「O2O(Online to Offline)」マーケティングについて考えましたが、今後もこのコラムでは、このような独自の観点から、システムのあり方や、その先にあるビジネスモデルなどについて、考察したいと思っています。

最後に発明家「トーマス・エジソン」の言葉をご紹介して、今回のコラムを終わります。

「失敗?これはうまくいかないということを確認した成功だ。」

それでは、次回をお楽しみに・・・

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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