独自の情報発信システムを持つことの重要性
~オウンドメディアとSNSの関係性を考える~

テクノロジーとイノベーションの協奏と共創 [第2回]
2016年5月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

オウンドメディアとは

先月の4月14日、朝日新聞がオウンドメディア運用支援を手がけるサムライトを買収すると公表したことで、改めて「オウンドメディア」に注目が集まっています。

「オウンドメディア(Owned Media)」とは、「Own+Media(所有+メディア)」の言葉のとおり自らが保有する媒体を表わしますが、Webサイトやブログに留まらず、広報誌や冊子等のリアルな媒体なども含むのが一般的な見解です。

そして、「Earn+Media(評判+メディア)」として、TwitterやFacebookなど評判や口コミの効果を狙うメディアであるSNS等が、「アーンドメディア(Earned Media)」と呼ばれて「オウンドメディア」とセットで語られています。

TwitterやFacebookに代表されるソーシャルメディアの普及と多様化にともない、自治体においても、地域住民との接点は多種多様なチャネルを確保できるようになり、即時性の高い「アーンドメディア」の活用は、自治体に瞬発力のある情報発信をもたらしました。しかし、SNS等の「アーンドメディア」はフロー型のメディアであり、速報性がある反面で、詳しい内容を伝えきれないことや一覧性に掛けることも指摘されています。

このような時、既存のホームページ等も含めて、各メディアを統合・補完し、情報発信効果を相乗的に高めることが、メディアを包括的に運用する「オウンドメディア」の役割であり、SNS等を補足する説明を行うなど、より詳細な情報を提供することで、市民からの信頼感を獲得することにつながると思われます。

さらに、「オウンドメディア」が注目されるもう一つの理由として、コンテンツマーケティングの潮流があります。ネット上に情報が溢れる現代では、市民は様々な情報を容易に入手することが可能ですが、このような状況になれぱなるほど、純粋に市民側の視点に立った情報を提供することで、Webサイトを訪れた住民をリピーターに、そしてその次には我が市・我が街のファンになっていただく、このような機能を持つメディアが求められているのです。

この役割を担うのが「オウンドメディア」であり、TwitterやFacebook等に依存するのではなく、自らが保有する媒体を中心として、他の複数の媒体を複合的に運用することで、より市民一人ひとりに寄り添った情報発信が可能になります。

いま、自治体は「予算の削減」、「費用対効果」、「住民の多様性への対応」など多くの課題を抱える一方で、かつての従来からの「マス型行政モデル」は限界を迎えています。
既存のマス型モデルではその性格上、市民の最も母数の多い層にターゲットを絞らざるを得ませんが、実運用では、担当者は限られた予算の中で、市民の多様性に応じて個別にアプローチする必要性を感じているのです。

このような中、自らが保有するメディアとSNS等を上手く使い分けて、情報発信を行う自治体も現れてきました。ここでは「オウンドメディア」の展開事例として、開設からわずか3か月でファン数が10,000人を突破して、注目を集めている高知県のFacebookページ「Visit Kochi Japan」をご紹介したいと思います。

高知県では、WebサイトとFacebookページを明確に使い分けて、既存サイトとSNSを活用しています。Webサイトでは、県内の代表的な観光資源を網羅的に掲載し、イベント等の最新情報を頻繁に更新するのではなく、観光資源の基本情報が定期的に追加されます。そして、Facebookページは、Webサイトでは伝えきれない情報をタイムリーに発信し、閲覧者をWebサイトへ誘導することで、2つのメディアが補完し合うように運用されています。

この高知県の事例では、WebサイトとFacebookの明確な役割分担を行っていることと、Facebookページの運用に際しては「オウンドメディア」とのコンテンツの違いや運用目的を区別して活用していることが重要なポイントであり、それぞれのメディアの特性と、ユーザー層やリアルタイム性などを考慮して、プロモーション施策に合った使い分け、選択がなされているところが秀逸です。

オウンドメディアの特性と運用

つぎに、その「オウンドメディア」を運用していく上で、その特性について考えてみると、まず思い浮かぶのは、情報発信が使い捨てにならない、ストック型の長期的な資産になる点が長所として挙げられます。SNS等のソーシャルメディアに目を向ければ、運用コストは掛かりませんが、配信情報はタイムラインに流され、一過性のフロー型の情報となって、経費ではなく露出期間という面で使い捨てになります。

これに対して、自己が保有する「オウンドメディア」であれば、掲載情報はストックされ、一過性の情報として流されることはありません。コストと露出期間の両面で、使い捨てにはならず、発信した情報に対して、長期間にわたって持続する効果が得られると考えられます。

これは「オウンドメディア」が持つ大きな利点であり、永続的に市民目線の情報を発信し続けることで、情報を受信する住民との間に長期的な信頼関係を築くことも可能となります。継続的に「オウンドメディア」に接することで、住民は様々な情報を享受し、多種多様な情報にアクセスすることで、そこには信頼関係が醸成されていくのです。

例えて言えば、「オウンドメディア」を活用した事業展開とは、企業の営業マンが行う顧客と信頼感を醸成していくような活動を、ネットを活用して行うマーケティング手法と言い換えることもできます。

したがって、「オウンドメディア」による情報発信を単に複合的な媒体・コンテンツによる情報提供と考えると、本質を見誤ることになりますので注意が必要です。ここで重要なポイントは、住民との間に自然なかたちで信頼感を生み出すことにあります。提供する情報がどれだけ多くても、ウィキペディアのような無機質な内容では、信頼関係を生み出すことはできません。

「オウンドメディア」の運用では、単に情報を提供するだけではなく、住民が納得するような市民生活に役立つ、生活支援情報を伝えていくことが肝要なのです。

そして、もうひとつの長所は、ライバルと差別化が図れる点にあります。差別化というと、サービスの特徴を連想する人が多いのですが、ここでいう差別化とは、信頼感の上に成り立ったコミュニケーションによる差別化です。このような差別化を図ることができれば、ライバルに対して最強のアドバンテージとなります。

例えば我々が商品を買う場合、同じ品物であれば、熱心で信頼のおける営業マンから購入する方を選びます。顧客は商品ではなく、売り手の人格を見ているのです。「オウンドメディア」を活用したマーケティングの本質は、この信頼構築の構図をネット上に作り出すことにあります。

オウンドメディアの企画・立案

それでは、つぎに「オウンドメディア」を企画・立案して、実行する際の作業について考えます。

まずは、複数のメディアを横断して運用するための企画を立案する必要があります。

対象となるターゲットの範囲、提供する情報の選定、メディア全体のコンセンプト設定、サイトレイアウトと全体のイメージ、訴求する情報の選別など、ほんの一部を列記しましたが、これ以外にも詰める検討すべき内容は多岐に渡ります。

この企画段階で最も重要なことは、どのようにして住民側にベネフィット(便益)を提供できるか考えることです。どのような情報提供が住民のベネフィットになり役に立つのか、これをしっかり勘案することが、コンテンツ作成の指針となります。

そして、新たなメディアを構築していくとき、そこには充実したコンテンツが必要となり、現実の立上げにおいては、このコンテンツ作成が最も時間を要する作業になります。コンテンツといえば、動画・音声・ウェブセミナー・資料ダウンロードなど様々な形式がありますが、導入ハードルが最も低いのはブログなどによるテキストを中心としたコンテンツの発信です。

ただし「オウンドメディア」を活用したマーケティングでは、必ずしもテキストに固執する必要はありません。気軽に情報発信できるTwitterを基本として、写真をコンテンツの中心に置くのであれば、Facebookの他にもInstagramやPinterestなどのビジュアルに強いソーシャルメディアを活用すべきで、テキストより写真・動画等を中心に考えた方が良い場合もあります。

このように、想定するターゲット層が多く利用しているかと、コンテンツが持つ特性の2つの側面を勘案しながら利用するメディアを選定し、その優先順位によって「オウンドメディア」を構成していくことが重要です。

最後に、循環構造を作り出す仕組みについて考えたいと思います。
「オウンドメディア」による事業展開は、メディアを立ち上げて終わりではありません。作り込まれたコンテンツを作成し、メディア自体に魅力があれば、自然にアクセス数は上昇していきます。ただアクセスは集まっても、そのコンテンツの中で住民への便益提供がなければ、メディアとしての価値は半減します。

残念ながらほとんどの閲覧者は、自分が関心のある情報を取得して、去ってしまうのが現実です。ここで、「オウンドメディア」を中心として、ソーシャルメディアへ循環させる仕組み作りが必要となります。Twitter等のSNSでプッシュ型の配信を行い、情報を拡散させながら「オウンドメディア」へ還流させるような、相乗効果を高める運用を心がけるべきだと考えます。

アメリカの世論調査会社ピュー・リサーチ・センターによると、現在米国の成人の10人に4人がFacebook、10人に1人がTwitterからニュース等の情報を取得していると公表しています。また、同社は「ミレニアル世代(18~34歳)の間では、Facebookが政府や政治に関する圧倒的なニュースや情報源になっている」とも指摘しています。

我が国においても、米国の現状のようにSNS等のソーシャルメディアは、主要なニュース媒体としての地位を急速に固めつつあります。そしてこれは、我々が情報のエコシステム(生態系)を構築していく上で極めて重要な意味を持っています。

いまでは、多くの企業や行政機関等が「オウンドメディア」を活用した情報発信やマームティングに取り組んでいますが、その初期の目的はアクセスを集め、多くの人びとに情報を伝えることにあります。しかし、オウンドメディアマーケティングの本質は、短期的な成功ではありません。

「オウンドメディア」の本質は信頼醸成装置なのです。このシステムを活用して自治体のブランド価値を高める、そのような運用を目指すべきではないでしょうか。

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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