任天堂はゲームの世界を再定義したのか?
~ポケモンGOからシステム戦略を考える~

テクノロジーとイノベーションの協奏と共創 [第5回]
2016年8月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

スマホの位置情報を活用した「ポケモンGO」

先月の7月22日、午前10時からスマートフォンゲーム「ポケモンGO(Pokemon GO)」の日本での配信が開始されました。無料アプリの配信が始まると同時に、ツイッターのつぶやきが爆発的に増加、投稿数は22日だけで約520万を記録しました。また、政府は官房長官が記者会見の際に「危険な場所や立ち入りが禁止されている場所には立ち入らないようご注意をいただきたい」と強調するなど、各メディアのトップニュースを席巻する異例のサービス開始となりました。

すでに先行してゲームを配信していた米国では、配信開始から7日間でユーザー数が6500万人を突破する大ヒットとなり、ゲームに熱中したユーザーが崖から転落した事件や交通事故を起こすなど、社会問題化を危惧する指摘もあります。そのような中、世界各国では社会現象を引き起こし、集客ツールとして活用した飲食店の売り上げが増加する、「ポケモンGO」による経済の活性化「ポケモノミクス」が期待されています。

「ポケモンGO」は、スマホの位置情報を活用して、現実世界を舞台にポケモンを捕まえる(ゲットする)ゲームですが、「任天堂」の持分法適用会社「株式会社ポケモン」がプロデュースし、米国「Google」社からスピンアウトしたゲーム会社「Niantic(ナイアンティック)」が2012年に配信を始めた、位置情報ゲーム「イングレス」のシステムがベースになっています。

「ポケモンGO」と「イングレス」の根本コンセプトはほぼ同様で、アプリのマップを使って現実の世界を移動し、「ポケモンGO」では画面に出現する「ポケモン」を捕まえ、「イングレス」では実在する場所にある「ポータル」と呼ばれる位置情報の取得を競い合う仕組みです。

イングレスの場合、プレイヤーが2つのチームのどちらかに所属し、チーム同士の陣取り合戦になっているのも重要な要素で、オンラインに留まらず、現実世界でのイベントも各国で開催しており、仲間と一緒に楽しみながらチーム成績を競うことで、ゲームに参加するチームの一体感を強めています。

米国では配信が開始された7月6日以降、社会現象化するほどのポケモンブームとなり、ニューヨークでは「街の景色を変えた」とまで言われていますが、「ポケモンGO」はスマホのバッテリー消費を早める傾向があります。そのため、モバイルチャージャー等のスマホ関連製品販売が急増し、家電製品小売業の「ゲームストップ」、「ラジオシャック」は45%以上の売上増を記録しています。

「ゲームストップ」では、ユーザーがポケモンと格闘する訓練ができる「ジム」や「ポケストップ」と呼ばれるビーコン(灯台)に選定されている自社店舗の一覧をウェブサイトで公開して、顧客を自社店舗に呼び込むプロモーションを強化しています。

国内の動向としては、「日本マクドナルド」が「株式会社ポケモン」と単独ローンチパートナーシップを締結し、全国のマクドナルド2,900店舗が「ジム」や「ポケストップ」としてゲーム内に登場することで、プレイヤーが店舗に立ち寄るきっかけをつくり、マクドナルドの業績回復につなげる動きを見せています。

「ポケモンGO」を巡るビジネスモデル

この「ポケモンGO」、なぜ世界中が熱中しているのでしょうか。「ポケモン」は1996年2月、「任天堂」の携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」の専用ソフトとして発売されました。ゲームソフトのパッケージは赤と緑の2バージョンあり、その色によって出現するモンスターが異なることで、ユーザー同士がゲットしたモンスターの対戦・交換ができることなどが受けて、赤と緑2種類のソフトを合わせて累計200万本を超える「任天堂」を代表するゲームソフトの一つになっています。

「ポケモン」は今年で発売から20年が経過し、発売当時の子ども世代がいまでは大人になりましたが、継続して「ポケモン」を愛好するポケモンファンが多く存在しています。新シリーズのソフトが続々とリリースされる度に、アニメや劇場版の映画が制作されるなど、現代の子ども達にも熱心なファンが多く海外でも根強い人気があり、世代と国境を越えて愛され続けた結果、今年2月末にはシリーズ累計出荷数2億本を突破しています。

そして、今回の「ポケモンGO」では、空想世界の生き物「ポケモン」をスマホ上で捕まえ、育成して、プレイヤー間で交換したり、対戦させるゲームになっています。スマホ画面の向こう側にある、現実の風景にポケモンが出現して、プレイヤーと対峙します。特定の場所・タイミングにしか出現しない「レアキャラ」も存在しますが、画面に現れたポケモンは、速く捕まえないと逃げられてしまいます。

このシステムを実現しているのが、拡張現実(AR:Augmented Reality)や衛星利用測位システム(GPS)で、それにスマホに標準搭載されたカメラなどの機能を駆使することで、モバイルに特化した新たなゲームの世界を構築していますが、ポケモンブランドの存在がなければ、これほどの社会現象は起こり得なかったとも考えられます。

プレイは基本的に無料で、プレイヤーはスマホにアプリをダウンロードすれば、すぐ遊ぶことが可能ですが、ポケモンを捕まえるのに使う「モンスターボール」などを追加で入手する際に課金される仕組みになっています。

米国では、リリース3日後の7月8日時点で、アンドロイドの利用者数がツイッターに迫る勢いで、プレイヤーの平均利用時間は43分23秒となり、メッセンジャーアプリ「ワッツアップ」の30分27秒、写真共有アプリ「インスタグラム」の25分16秒など、他のメジャーなアプリの利用時間を超えたと大手メディアが伝えました。

米国、ニュージーランドの7月6日に続いて、13日にドイツ、14日イギリス、15日イタリア、スペイン、ポルトガル、16日にオランダ、オーストリアなど欧州中心の26カ国、17日にカナダでリリースされ、ダウンロード数は5日間で750万に達したと報道されました。

リリース後初の週末となった7月9日、10日はポケモンを探すために街を徘徊する多くの人々が出現し、ニューヨーク・セントラルパークに群衆が群れている写真や動画が投稿されています。また、オーストリアにおいてもリリース後最初の週末、観光名所オペラハウス前で「ポケモンGO」をプレイする人々で埋め尽くされている写真が投稿されています。

米国の大統領選でも「ポケモンGO」が利用されています。米国では大統領選に投票するためには、選挙人名簿に自ら登録する必要がありますが、クリントン陣営では人々が特定の場所に集まる機能に注目して、民主党・共和党が拮抗して大統領選の激戦区になると言われているオハイオ州で、ポケモンが登場する場所に運動員が出向き、ゲームをしている人にクリントンへの投票を呼びかけ、選挙人名簿に登録させる活動を展開していると、ウォールストリートジャーナル紙は報じています。

この他にも、「ポケモンGO」をマーケティングに活用した新たなビジネスモデルが誕生し始めています。

「このオープンハウスにはピカチュウがいると確信しています。お見逃しなく。」
「ポケモンGOのジムまで、徒歩5分」
「ポケモンGOのジム3か所、ポケストップ5か所。裏庭にゼニガメ、近所の納屋にリザードンがいるかも。」

米国の不動産業界では、このようなキャッチコピーでセールス活動を展開する事業者が、すでに現れています。

これまで、ランドマークと言えば、公共施設や銀行、学校やコンビニ等でしたが、これからは「ポケストップ」、「ポケストップジム」などが、ランドマークやセールスポイントになるのかもしれません。
今後、「ポケモンGO」を巡るビジネスモデルは、どのような展開を見せるのでしょうか。

AR(拡張現実)を用いてゲームを再定義した任天堂の戦略

「任天堂」は、既存のゲームを安易にスマホゲーム化することは避けてきましたが、ゲーム環境を提供する事業者としてのビジネスモデルを根本から検証し直すことで、今回「ポケモンGO」のリリースに向けて、時間をかけて戦略を練ったと思われます。

これまで「任天堂」のゲームソフトは、スーパーファミコン、ニンテンドー64、Wiiなど、「ゲーム機」を購入しないとプレイできないものばかりでした。

これが、最大の問題点であり、新しいゲーム機を発売する度に新規顧客も増加しますが、同時に既存の顧客を喪失するリスクを抱えていました。

これまで、ニンテンドー64で遊んでいた人たちが、Wiiが新発売され、これからはWiiに対応したゲームソフトしか市販されない、となった時「これを機会に、そろそろゲームは卒業しよう」と、顧客離れを招くこともあったのです。また、新発売されたゲーム機を購入したユーザーが、古い機種を買う事はほとんどありません。

それに対して、スマホゲームは、「基本料金が無料」であり、料金を支払わなくても楽しめるため、プレイヤーの満足感が高いのに加え「ハード(ゲーム機)を購入する」という、ハードルを越えなくてもよいのが最大の特徴です。

「ポケモンGO」は基本は無料でプレイ可能ですが、途中で課金していくシステムを採用しています。しかも「特定の店舗にレアポケモンが出る」というアイテムを施設を運用する側に提供することで、集客の為に店舗経営者等にアイテムを購入させる、新たな課金方法を導入しています。ゲームのプレイヤーからマネタイズするだけではなく、経営者等の事業者をゲームの制作者の側に参加させることで、収益につなげるシステムを作り出すことに成功したのです。

今回の「任天堂」の戦略は、これまでのゲームを提供するというビジネスモデルを検証し直すことで、「ゲームを再定義」したところが、重要なポイントです。

「任天堂」はこれまでも、「ソニー」などのライバル企業が、高度処理能力や高精細な映像技術で勝負しているのに対して、常に「再定義」することで戦いに挑んできました。

Wiiを発売した時も、「子供がゲームで遊び、大人はそれを叱る」という従来の構図を、Wiiフィットのシンプルで簡単な操作や、簡易な運動になるゲームソフトを供給することで、「ゲームは家族で楽しむもの」という新たな価値観を作り出すことに成功しました。

今回の「ポケモンGO」の場合は、「ゲームは家に引きこもってするもの」という概念を「ゲームは外に出て動き回ってするもの」に再定義しています。

ここで注目すべきは、「プレイする理由」をプレイヤーに与えると共に、「今までプレイしなくて良かった理由」も同時に与えているところです。

人を何らかの行動へ導こうとする時、「今すぐ行動する(参加する、購入する)べき理由」と同時に、「今まで行動しなかった(参加しない、購入しない)理由」の両側面からアプローチすることが、重要なポイントになります。

「ポケモンGO」が再定義するゲームの世界観の要点は、これまで「ゲームは家の中に引きこもって遊ぶくだらないもの」という感覚を持っていた人達に向けて、「家の外でプレイする」という、新たな価値観を提示するところにあります。

これがAR(拡張現実 Augmented Reality)の特性であり、大きなメガネを被って家の中でプレイできるVR(仮想現実 Virtual Reality)とは異なり、とにかく外の世界へ出ていかなければ始まらないのが特徴になっています。

ただ単純にゲームを楽しむのではなく、「街中で友人・知人とともにプレイする」、
「お店の集客のためにプレイする」、「運動するモチベーションの為にプレイする」など、これまでゲームの世界に参加していない人達に対してアプローチしています。

また、これまでモンスターの数を増やして複雑にしていたものを、あえて初代の151匹に戻していますが、これも「任天堂」の常套手段の一つで、「多過ぎて付いていけない」と思っている人たちに、「初代と同じならやってみよう」という感じで参入する機会を与えているのです。

 「ポケモンGO」の爆発的ヒットを受けて「任天堂」の株価は急上昇し、7月19日には配信前の2倍を上回る3万円の大台を突破して、約6年ぶりの高値を付け、時価総額も5兆円に迫る勢いです。さらに、「日本マクドナルドホールディングス」の株価も急騰するなど、ポケモンとの相乗効果が期待できる銘柄が買われ、市場は活況に満ちています。

 「任天堂」は「ポケモンGO」をリリースすることで、従来からのゲームを販売するだけの事業者のスタンスを再定義し、ゲームを基盤としたプラットフォームを提供するサービス事業者へ変革させました。この社会的な現象が本物であれば、これに続いてリアルな世界とバーチャルな世界がリンクした、位置情報をベースとしたゲームブームが到来すると予想されます。

 「ポケモンGO」は、エポックメーキングな作品として、後世に名を残す名作となるのでしょうか。当面は、「ポケモンGO」に関連した業界の動向から目が離せないと思っています。

今回のコラムでは、いま話題の「ポケモンGO」を例題として、システムを「再定義」することについて、考えてみましたが、このコラムでは、今後もこのような独自の観点から、システムのあり方や、その先にあるビジネスモデルなどについて、考察したいと思っています。

それでは、次回をお楽しみに・・・

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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