知らないと損する『シン・ゴジラ』の真実
~大ヒットの裏側に潜むものはなにか~

テクノロジーとイノベーションの協奏と共創 [第6回]
2016年10月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

映画『シン・ゴジラ』の大ヒットの要因とは

映画『シン・ゴジラ』がすごいことになっています。公開40日時点(9月6日現在)での観客動員数は420万8608人、興行収入は61億3492万9000円、第19作『ゴジラVSモスラ』(1992年)の観客動員数420万人を更新して、1984年以降の「平成ゴジラシリーズ」で最高の観客動員数を記録しました。今後もこのペースを持続すれば、観客動員数500万人、興行収入75億円超えも夢ではありません。

観客動員数500万人を上回る記録は、第一回作品『ゴジラ』(1954年)の961万人から、『ゴジラの逆襲』(1955年)834万人、『キングコング対ゴジラ』(1962年)1,255万人、『モスラ対ゴジラ』(1964年)720万人、『地球最大の決戦』(1964年)541万人、『怪獣大戦争』(1965年)513万人のゴジラ映画全盛期に上映された6作品しか達成していません。

昭和20年代と現在の貨幣価値には差がありますので、一概に比較することはできませんが、9月6日時点での興行収入61億3492万9000円は、歴代トップと言っても過言ではない興行成績であり、1954年の第一回作品公開から現在までに日本国内で制作された過去の「ゴジラシリーズ」全作品と比較しても、『シン・ゴジラ』は歴史的ゴジラ映画として名を残す公算が大きくなってきました。

『ゴジラ』は1954年の第一回作品の成功によって、「特撮」映画という新たなジャンルを確立し、我が国におけるSFコミュニティの発展に深く関わっています。そして今回の作品では、その「特撮」文化を継承する、『エヴァンゲリオン』の庵野秀明氏が脚本・総監督を務め、『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995年)の樋口真嗣氏が監督・特技監督として庵野氏を支える体制をとっています。

この庵野・樋口両氏の関係は、『ゴジラ』(1954年)制作時の監督「本多猪四郎」、特撮「円谷英二」二人のレジェンド、歴史的名コンビの再来を思わせるものがあります。そして、庵野・樋口両氏ともに大の「特撮マニア」であり、特撮の神様「円谷英二」の信奉者でもあります。

一般的には「アニメ」のイメージが強い庵野監督ですが「特撮マニア」としても有名で、学生時代には『ウルトラマン』をモチーフとした自主映画を制作するなど、「円谷英二」作品に多大な影響を受けています。

例えば、『エヴァンゲリオン』第壱話の冒頭、山陰から不気味な怪物が姿を現すところに、主人公「碇シンジ」が遭遇するシーンがありますが、この構図は第一作『ゴジラ』(1954年)の「山越しのゴジラ」を連想させます。また、その後「シンジ」がジオフロントで対面する少女「綾波レイ」は右目に眼帯をしていますが、これも『ゴジラ』第一作に登場する、右目に眼帯をした「芹沢博士」へのオマージュと考えられます。

今回の『シン・ゴジラ』でも、ポスターのデザインに赤一面をバックにゴジラの黒いシルエットが描かれていますが、このシンプルな構図は初代『ウルトラマン』のオープニング映像そっくりだと感じたのは私だけではないと思います。

庵野氏は2012年、東京都現代美術館で開催された「館長 庵野秀明特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」において、宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』で自らが原画を担当した「巨神兵」を現代に出現させた短編映画『巨神兵東京に現わる』を樋口氏とともに制作しますが、CGを一切使用しない「特撮」技術だけで制作されたこの作品は、恐怖すら感じさせるリアリティ感溢れる作風が多くの評価を得ることとなり、この成功が庵野氏の『シン・ゴジラ』の監督起用につながったと言われています。
なお、短編映画『巨神兵東京に現わる』は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のBD・DVDに収録されていますので、興味のある方はご覧ください。

『シン・ゴジラ』では、第一回作品『ゴジラ』における「芹沢博士」のようなヒーローは登場しません。映画のキャッチコピー「現実 対 虚構(ニッポン 対 ゴジラ)」のとおり、現代の日本(現実)に巨大不明生物(虚構)が出現するという、想定外で未曾有の国難と対峙した時、我が国はどんなプロセスで、どのように意思決定してアクションを起こすのかを、徹底した取材と綿密なシミュレーションで表現した作品です。

今回の作品で多用された、会議シーンを中心に「非常事態を背景とした行政官僚制の為体というモチーフ」をドキュメンタリータッチで描く作風は、早いテンポのカット割りや登場人物ごとにテロップを挿入する手法など、後年アニメ作品の『劇場版パトレイバー』やドラマ『踊る大捜査線』に影響を与えた、岡本喜八監督の『日本のいちばん長い日』がそのルーツになっていると考えられます。なお、「牧教授」の役で本作品に「写真出演」されているのは、岡本喜八監督ご自身です。

そして、今回の『シン・ゴジラ』では、過去の「ゴジラ」シリーズをリスペクトしつつも、1954年版の『ゴジラ』が存在しない、キャラクター化された巨大害獣としての「怪獣」という概念自体が存在しない世界が描かれています。そのため、作品の中では「怪獣」という言葉が一度も使われていないところが秀逸です。

それでは、日本で制作された「ゴジラ」作品として12年ぶりの『シン・ゴジラ』ですが、今回の大ヒットの要因はどこにあるのでしょうか。

情報を小出しにすることで、期待感を高める

いまの日本で「特撮」映画を撮るという意味では、最強コンビの庵野・樋口両氏ですが、二人がタッグを組むことで何か出来るのか思考を重ね、ハリウッド映画の資金力と比較して潤沢ではない邦画の製作費の中で、自分達が保有する知見・ノウハウやシステム・情報リソースなどを最大限活用した、独自の戦略を展開することでこの難題に挑んでいきます。

まず、作品の公開前にはできる限り情報を小出しにすることで、期待感を高める作戦がとられています。この徹底した情報を統制する手法は、庵野監督の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』公開時にも同様の対応が行われた庵野氏お得意の戦術です。

このように、公開初日を迎えるまで作品の全容が明かされず、取材等の関係で試写を観ることができた一部のマスコミに対しても、「ゴジラの設定」「ゴジラの上陸地・通過地点」「対ゴジラ戦における作戦の名称・内容」「劇中使用音楽」「モーションキャプチャーアクターの情報」などについては、秘密保持を徹底するよう要請しています。

この対応については、7月25日に新宿・歌舞伎町で行われた『シン・ゴジラ』のレッドカーペットイベントで庵野監督は「純粋に先入観をなくして観ていただきたいだけ」と説明していますが、映画のオープニング当日までは、一部のマスコミを除いて、関係者のみが映画の全容を把握しているのが現状です。

この結果、『シン・ゴジラ』の公開初日を迎えるまで、関係者および、一部のマスコミを除いて、映画の全体像を知っている者がいない環境を作り出したのです。

このような状況が観客の飢餓感をあおり、公開初日に多くのゴジラファンが劇場に出向くことにつながっていきます。そして公開後には、待ちに待った情報をゲットした観客たちが、堰を切ったように多量の「口コミ」をSNSなどに発信することで、その情報がネットを通じて拡散されていきます。

SNSなどを通じて、個人が日常的に情報を発信する現代では、「口コミ」によって動員数が左右されるのです。もちろん、完成度や質の高さは求められますが「この映画について語りたい」、「みんなにシェアしたい」と思わせる、作品に詰め込まれた密度の高い情報が重要な要素となります。

これは、庵野監督の最も得意とするところで、『シンゴジラ』でも冒頭で失踪した「牧教授」が舟の中に残していった宮沢賢治の「春と修羅」や、ゴジラ研究の過程で重要なファクターとなる「折り紙」など、謎解きのような仕掛けが画面に現れては消え、そこで繰り広げられる早口な会話の応酬とスピーディな画面展開によって、作品の持つ情報密度の高さは群を抜いています。

現に「この映画について語りたい」と思う人が多かったのか、『シン・ゴジラ』公開初日のツイート数は19万件、公開4日目には1日で25万件を超すツイート数を記録し、一部のマニアだけではない一般層にまで情報を拡散したことが、大ヒットにつながる要因として挙げられます。

現実に即したリアルな現実を描写

つぎに目指したのが、「3.11(東日本大震災)」を経験した現在の日本に、もしもゴジラが出現したらという設定で、ゴジラ以外の要素は徹底して現実に即したリアルな現実を描写する「ポリティカル(政治)ドラマ」を描くことです。

『シン・ゴジラ』の劇場用パンフレットには、スタッフは「3.11」発生時の膨大な記録資料を読み込み、各省庁の災害担当者には危機状況下にどのような対応を行うかなどのヒアリングを実施し、首相官邸の見学や災害時の危機管理体制等についてリサーチを行った他、小池百合子東京都知事(元防衛相)、「3.11」時に内閣官房長官を務めた枝野幸男民進党幹事長などにも取材を実施したと記載されています。

またパンフレットでは、この作品では自衛隊の全面協力を得て、実際の車両を使用した撮影を敢行し、ゴジラを迎え撃つとしたらどのような作戦になるのか、そして現場で自衛隊員が通信する際に使用する言葉(独特の言い回し)などについても調査した結果、庵野監督が制作したゴジラに対する戦闘計画があまりにも出来が良いため、防衛省側から機密を漏らさないようにアドバイスするのに苦労したというエピソードについても触れられています。

つぎに庵野・樋口両氏が目指したのは、自分たちが過去にアニメ制作などの過程で蓄積してきた知見・ナレッジを現代のシステムと融合させ最大限活用することです。

今回の『シン・ゴジラ』では、日本版ゴジラとして初めて、ゴジラそのものがフルCGで描かれるVFX(ビジュアルエフェクト)を多用した作品になっています。それに加え、この作品では日本で制作されるゴジラシリーズで初めて、モーションキャプチャー(俳優の動きをキャラクターのCGに反映させる仕組み)を採用し、そのアクターとして狂言師の野村萬斎氏が出演しています。同氏起用の理由としては、神の化身を意味する「呉爾羅(Godzilla)」の動きに人智の及ばざるような神的要素を取り入れたいとの意向があったようです。

このVFX(ビジュアルエフェクト)やモーションキャプチャーを多用した映画製作に対応するため、庵野・樋口両監督が採用した手法は、彼らがアニメ作品などを制作する際にも活用する「PriViz(プリヴィズ)」の手法を発展させた、プリプロダクション(本編制作前に仮で制作される検討用の仮映像)を全編にわたって準備する方法です。

まず、本編撮影前の準備稿をもとに声優がセリフを吹き込み、ラジオドラマのような音声によるコンテ「音声版RUSH」を制作します。そして、この「音声版RUSH」をベースとして、絵コンテやロケハン画像、CGのモデリング映像などをはめ込み、映画の全体像を前もって把握した上で「PriViz」映像を作成します。そして実際の本編収録時には、実際に俳優を使って撮影した映像を各カットごとに「PriViz」映像と置き換え、その映像をもとにCG班がその後の修正を行い、以降この作業をカットの数だけ繰り返します。

実際の編集過程では、東宝の社内に設置したサーバーを中心に、編集スタジオのVFX制作会社「白組」と庵野氏のスタジオ「カラー」をネットワーク接続して、編集状況がリアルタイムに反映された映像を、どのスタジオからでも確認・編集できる環境を構築することで、限られた撮影期間の中でも密度の高い映像表現を可能にしています。

東宝社内のサーバには、24TバイトのRAIDディスクが構築されましたが、1日に200G~300Gバイトのデータが毎日送信され、編集用ワークデータも含めた最終的なファイル容量は、22Tバイトを記録します。

なお、「白組」と「カラー」の編集室に設置したサーバーには、東宝社内のサーバーと同容量のストレージ環境を構築し、それぞれのサーバーはNTTの光回線をベースとしたIPv6接続することで、クローズドネットワークを介して編集作業をサポートするシステムが構築されました。

この、絵コンテの動画版のような「PriViz」映像を活用する手法は、ディズニー「PIXAR」のアニメーション作品など、海外の映画撮影の現場では使われていますが、日本の映画製作の現場で使用されたのは本邦初と言えるかもしれません。

またこの作品では、一般に市販されている「アドビシステムズ」のソフトウェアや、Apple「iPhone」、アクションカムの「GoPro」、CANON「XC10」など、誰もが入手可能な安価な機材もメインの撮影機材を補完する形で撮影現場で使用されています。

ネットワーク上であらゆる情報が拡散される、社会的背景

このように、『シン・ゴジラ』大ヒットの要因は、自らの置かれている状況を理解し創意工夫することで、自分たちが持っている利点を研ぎ澄まし、クオリティーの高い映像作品の創出を目指したクリエーターたちの熱い思いが、ハリウッド版『ゴジラ』も凌駕する作品として実を結んだ結果だと考えられます。

そして、好調な興行成績の裏側には、現代のSNSを中心としたネットワーク上であらゆる情報が拡散される、社会的背景がその根底に存在しています。現代の観客は単に映画を鑑賞するだけではなく、誰もが情報発信者でもあるのです。

SNSが普及する以前の映画プロモーションは、メディアミックス等の手法で露出度を向上させるために多額の宣伝費を投入し、一般大衆の目に触れる機会を多量に作り出すことで観客を動員し、その後は宣伝費の縮小にともない、観客動員数が減少していくというパターンに終始していました。

しかし、誰もがネットで情報発信する現代においては、映画を見た人々が感想や思いをSNSなどを通じてシェアすることで、ネットの特性である「口コミ」によって飛躍的に情報が拡散され、大量の観客を動員することが可能になります。このような現象は映画をヒットさせるメカニズムの大変革であり、旧態以前のプロモーションの概念が通用しない時代が到来したことを示しているのです。

それでは、次回をお楽しみに・・・

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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