訪日観光客が「爆買い」の次に目指すものは何か?
~ネット上のトレンドキーワードから考える~

テクノロジーとイノベーションの協奏と共創 [第11回]
2017年3月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

2016年の訪日観光客

2016年の訪日観光客数は、前年比21.7%増の約2,404万人を記録しています。

インバウンド市場の動向を調査するアウンコンサルティング(株)が公表した2016年のインバウンド市場動向データによると、毎年海外からの観光客が増加する7月~9月期における中国人観光客の日本滞在中の支出金額は、2015年と比較すると物品購入額は中国の通貨換算で約100万元減少していますが、それを補完するように飲食費・交通費が約100万元増加したことで総額では均衡を保っています。

この消費行動の変化は中国政府が昨年4月、海外で購入した商品を中国国内に持ち込む際にかかる関税を引き上げたことや、為替の影響等が原因として考えられますが、物品購入額が減少することで、かつての「爆買い」ブームは収束に向かう傾向にあります。

2016年の訪日観光客数2,404万人の内訳を見ると、訪日観光客数上位の地域は昨年と同様、1位:中国637万人(前年比27.6%増)、2位:韓国509万人(同27.2%増)、3位:台湾417万人(同13.3%増)であり、韓国では人口の約10%、台湾においては人口の約17%が我が国を訪れている計算になります。

欧米圏からの訪日は、米国124万人(前年比20.3%増)、英国29万人(同13.2%増)と増加しています。また、インドネシア27万人(前年比32.1%増)、フィリピン35万人(同29.6%増)、マレーシア39万人(同29.1%増)など、上位3か国以外のアジア諸国の伸び率も高く、アジア圏からの観光客だけで訪日客の約84%を構成しています。

この結果、2016年のインバウンド観光客数は歴代最高の数値を記録し、市場も全体として拡大を続けています。しかし「爆買い」ブームが収束に向う現在、訪日観光客数が政府目標通り推移し、2017年以降毎年400万人ずつ増加しても、以下のように考えると、政府が掲げている目標の2020年に訪日客数4,000万人、消費金額8兆円の達成は厳しい状況になります。

訪日観光客が毎年400万人増加した場合、2016年:2,404万人、2017年:2,800万人(+16.7%)、2018年:3,200万人(+14.3%)、2019年:3,600万人(+12.5%)、2020年:4,000万人(+11.1%)となり、消費金額については、2016年:3兆7476億円、2017年:4兆2,000億円(+16.7%)、2018年:4兆8,000億円(+14.3%)、2019年:5兆4,000億円(+12.5%)、2020年:6兆0,000億円 (+11.1%)と推計することができます。

このような状況から、単にインバウンド観光客の増加を図る量的な施策展開から、質的向上に向けて施策を転換し「訪日観光客の消費金額増加施策(一人当たりの単価増)」を強化する必要があると思われます。

インバウンド観光に関連した検索キーワード

インバウンド観光に関連した2016年のGoogleキーワード検索を見ると、日本を目的地とする旅行関連の検索が前年比26%増に上昇して、他の国々の検索数を上回っています。

また、アジア諸国から訪日する観光客はスマホ等の保有率が高いため、現在いる場所から近隣の場所を検索するキーワードの「near me(ここから近い)」検索は、モバイル機器からの検索が前年比51%増になり、PCからの検索の約3倍を記録するとともに、よりピンポイントの観光スポットや地名の検索も増加し、国内を移動するための「jr pass(35%増)」など、公共交通機関に関連したキーワード検索も増える傾向にあります。

2016年の宿泊施設稼働率を見ると、最も稼働率が高いのは大阪府の84%で、次いで東京都の79%が続きます。2016年と2015年の稼働率上位に大きな変動は見られませんが、稼働率が3.5%低下している東京都を始め、稼働率が低下している都府県が多数見られます。宿泊客が都市部に集中するのではなく、訪日観光客のニーズがよりパーソナルな領域へ向かって分散していく傾向にあると考えられます。

個別の検索キーワードでは、到着後に「Things to do in 地名」(観光地で何をすべきか?)検索が37%増加、地域キーワードでは「東京」(24%増)、「日本」(21%増)よりも、「六本木」(79%増)、「お台場」(71%増)など、より詳細な地名での検索が増加しています。

2016年の日本国内における地名キーワードの検索ランキングでは、英語では1位が「東京」、中国語と韓国語では1位は「大阪」と、検索する言語によって興味の対象が異なっています。

訪日リピーターの多い中国語と韓国語では、関西・九州の地方都市の名称や「清水寺」、「大阪城」など、ピンポイントな観光施設の検索も増加しています。さらに、韓国語では「登別」(258%増)、「有馬温泉」(132%増)など、具体的な温泉地名に対する検索が急増しています。

移動関連キーワードでは、英語では「jr pass」(35%増)、「Japan Rail Pass」(25%増)、中国語では「jr東日本」(26%増)、「大阪周遊券」(35%増)などが見られますが、目的関連キーワードでは、英語で5位の「Mochi」(55%増)は、餅でアイスをくるんだ商品が人気であるほか、中国語の5位の「肉じゃが」(11%増)、韓国語2位の「うどん」(483%増)、7位の「あんぱん」(217%増)など、日本人が日常的に親しむ料理や商品に対する注目が高まっている点が興味深く、全体では1位の「日本食関連キーワード」(70%)が、2位の「ショッピング関連キーワード」(53%)を引き離して、訪日観光客の興味が「モノ」から体験型の「コト」へ移行しているところが注目すべきポイントです。

現に、2016年に訪日観光客がTwitter等のSNSで発信した観光スポット関連のキーワード上位トップ3は、観光スポットでは「東京タワー」、「大阪城」、「浅草寺」、プレイスポットでは「USJ」、「東京ディズニーランド」、「東京ディズニーシー」。

自然スポットでは「富士山」、「上野公園」、「江の島」、グルメスポットでは「築地市場」、大阪の「かに道楽」、大阪のラーメン店「一蘭」、ショッピングスポットでは「六本木ヒルズ」、「ダイバーシティ東京プラザ」、「サンシャインシティ」など、我々が外国人観光客に対して抱く、ステレオタイプのイメージからは想像できないような、マイナーなキーワードも並んでいます。

観光庁においても、2015年1月~2016年1月の間、訪日外国人が保有する携帯電話30万台の基地局情報(ローミングデータ)、延べ2万5000名のGPS情報、約11万6000件のSNSへの投稿情報などのビッグデータに関して、観光動態データを分析しています。このデータによると、外国人が集中する地域は、東京から京都・大阪までのゴールデンルートが中心であり、他の分析結果とさほど変化はありませんが、訪日者の国籍によって興味を持つ訪問先が異なっているところがユニークです。

SNSへの投稿情報の分析では、中国、台湾、香港、韓国からの旅行者は共通して「新宿」に関する投稿が最多になっていますが、中国人旅行者は「富士山」が2位、「銀座」が3位となり、台湾人旅行者は「ミナミ(大阪)」が2位、「上野公園(東京)」が3位、韓国人旅行者は「名古屋」が2位、「道頓堀(大阪)」が3位になっています。

また、アメリカ人旅行者の投稿では、1位が「富士山」、2位「新宿」、3位「箱根」と続きます。

「食」に関する投稿では、中国と香港、韓国からの訪日観光客で最も多いのは「ラーメン」であり、台湾は「ビール」、米国は「寿司」がトップになっています。

「物品購入」に関する投稿では、中国の1位は「お菓子」、2位「コスメ」、3位「着物・浴衣」。香港は1位が「バッグ」、2位「本・ポストカード」、3位「おむつ」。米国は「バッグ」のほか「カメラ」、「着物・浴衣」などが上位を占めています。

なお、海外のデータでは「ユーロモニター・インターナショナル」の2015年外国人旅行者の世界都市ランキングにおいて、テロ・MERS・ジカ熱の流行等が旅行動向に影響を与えた年ではあったものの、世界全体での海外旅行者数は前年比5.5%増と堅調に推移し、その中で著しく外客数が拡大したデスティネーションとして「日本」を挙げ、「2015年の勝者」と評しています。

このデータでは、東京が順位を6ランク上げて総合ランキングは17位に躍進(外客数は前年比35.4%増の845.6万人)、大阪は順位を27ランク上昇させ、総合55位(同52.1%増の341.7万人)、京都は順位を11ランク上昇させ、総合89位(同47.6%増の210万人)となっています。

総合ランキング1位の香港は、伸び率では3.9%減と低迷し、ソウル(15位)は外客数が前年比で6%減少しています。

アジアで勢いを増しているのが総合ランキング2位のバンコクで、受け入れ外客数は前年比10%増となり、タイではバンコク以外の都市も好調で、チェンマイは前年比40%と外客数を大きく伸ばしました。

宿泊施設に関連しては、2008年の経済危機が引き金になり、一気に「民泊」がその存在感を高めましたが、2012年以降は、売上高においても民泊が既存のホテル等を凌駕するようになり、「Aerbnb」は都市部を中心に拡大を続けています。

「民泊」を早い段階から認可したパリでは2014年に法改正を行い、パリは登録件数7万8000件となり都市別で最大のマーケットになっています。

また、リオでは2014年のワールドカップ、2016年のオリンピック開催を経て登録件数は大幅に増加し、五輪期間中は6万6000人の利用を記録しています。

「airbnb」が訴求する、一般の旅行者が地元住民のように居住する「ユニークでローカルな宿泊体験」が、いま求められている最もホットな観光旅行の形態なのでしょうか。

直近の動きでは、「Aerbnb」が「トリップ(Trips)」事業を開始し、次は航空券の取り扱いを目指しているとも言われています。そして、これに呼応するように「google」も新たなアプリ「トリップ(Trips)」の提供を開始し、「検索」をフロンドエンドとした、旅行プランニングの流れを自社プラットフォームへの囲い込みを狙っています。

また、近い将来「AI」、「IoT」、「ディープラーニング」などの新たなテクノロジーが航空会社のプラットフォームに採用される可能性もあります。

旅行業界のマーケットは、既存事業者と新規参入事業者が覇権を争うレッドオーシャンとなり、旅行者個人の「旅の動機」を誘発するような、データ解析に基づいたマーケティングの強化が必要になると考えられます。

これからの観光は、スマホ等のモバイル機器の保有率が上昇している傾向を反映して、常に「検索」できることから、旅行者の行動そのものが変化し、より個人に寄り添った体験型の観光へ向けてシフトしていく可能性があります。

今後は旅行のために基本的な情報を下調べするのとは別に、現地に滞在している時間内に、今その瞬間に必要な情報を集めて瞬間的に行動する「マイクロモーメント」(消費者が意思決定を行なうタイミング)を捉えることが、インバウンドビジネスでは重要になってくるのかも知れません。

今回のコラムでは、ネット上のトレンドキーワードなどから、観光関連の動向について考えてみました。このコラムでは、今後もこのような独自の観点から、システムのあり方や、その先にあるビジネスモデルなどについて、考察したいと思っています。

それでは、次回をお楽しみに・・・

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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