スマホの進化と「IoT」のその先にあるもの
~超高速通信「5G」は何をもたらすのか~

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質 [第5回]
2017年8月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

次世代の高速通信について

最近、モバイル通信の新たな規格「5G」という単語を耳にする機会が増えてきたように感じています。「5G」という名称から「4G」の次の世代「G(ジェネレーション)」の通信方式であることは想像できますが、スマホが進化し「Iot」が進展したその先に、「5G」は我々に何をもたらしてくれるのでしょうか。

今回のコラムでは、次世代の高速通信「5G(第5世代移動体通信方式)」について考えたいと思います。

日本での移動体通信方式の歴史を振り返ると、移動体通信の黎明期1980年代までの「1G」時代は、アナログ方式の携帯電話による「音声通話」の屋外での利用がエポックメーキングな話題として記録されています。

そして、1990年代になると「音声通話」と「テキスト通信」を可能にした、デジタル方式の「2G」の登場によって、テキストを送信・受信するコミュニケーションが一般のものとして普及していきます。

その後、2000年代に登場したNTTドコモのFOMAに代表される「3G」では、誰でも「高速データ通信」することが可能となり、携帯電話を使った「電子メール」のやり取りや、ネット上のサイトを閲覧することが日常的な光景として広がっていきます。

2010年代になると、ドコモの「Xi」、auの「au 4G LTE」、ソフトバンクの「SoftBank 4G LTE」など「4G」(LTE-Advanced)の登場とともにスマートフォンが急速に普及し、さらに高速化したデータ通信は、静止画から「動画通信」を可能とする、リッチコンテンツを日常的に利用する世界が現実のものになります。

このように、約10年単位で進化してきた我が国の移動体通信ですが、次世代の通信方式「5G」では、現在主流の「LTE」の1000倍となる10Gbpsの高速通信が可能になるなど、大幅な性能向上が見込まれています。

しかしその一方で、動画などの大容量コンテンツを視聴するとしても、現在のスマートフォン「4G」の通信速度で十分だと感じているユーザーも存在していることは否定できません。

それでは、10Gbpsを超える「5G」の高速・大容量通信は、なぜ必要なのでしょうか。

いまや「スマホ」は日常的な生活シーンの中で利用するツールとして、不可欠なデバイスになっています。今後、より多くのユーザーが「スマホ」でリッチなコンテンツを利用するようになり、4K映像など大容量を必要とするコンテンツによって、通信トラフィックは増え続けると想定されます。

そこで考えられるのは、通信の高速・大容量化よって増大するトラフィックへの対応です。現在、2020年のサービス提供開始を目指す国内の大手キャリア3社は現実的な通信速度の理論値を、600Mbps程度としています。通信の高速化にともない通信容量も拡大することで、同時に多くの人々がアクセスする都市部においても通信速度が低下せず、大容量化が進めばビット当たりの通信コストの削減にもつながると期待されているのです。

高速通信のIoTへの対応

次に求められているのが、今後飛躍的に進展する「IoT」への対応です。「モノ」や「サービス」がインターネット化した「IoT」時代には、膨大な数のデバイスがネットにつながり、そのデバイス間の通信に対応するための機能や性能が、通信方式の側にも要求されます。

「IoT」で利用されるセンサーなどのデバイスは、オフィスや工場、一般家庭や街中、自動車など、我々の身の回りのあらゆるところに設置され、1つの基地局に対して通信するデバイスの数が現在の10倍、100倍に増加した場合でも、同時アクセスを可能にする機能が必要になります。このような「IoT」時代が到来した際に対応できる、「同時接続数」を拡大した新たな通信方式が求められているのです。

では、「5G」はどのような仕組みで「同時接続数」の拡大を実現しているのでしょうか。そこで注目されているのが、「NB-IoT(ナローバンドIoT)」の存在です。

本来、「IoT」で使用される機器類は頻繁に通信を行うことや、我々が「スマホ」で動画をストリーミング視聴するような、高速・大容量の通信は求めてはいません。既存の自動販売機や、電気・ガス等のスマートメーター用通信モジュールでは、1日に1~数回程度、売上や使用量に関するデータを送信するだけで、通信容量は低容量の上、接続時間は短時間になっています。

このような状況から、「5G」では高速・大容量の通信環境と並行して、「IoT」機器向けの低速・小容量の通信環境にも対応するための通信規格として、モバイル通信の国際的標準化組織「3GPP(Third Generation Partnership Project)」仕様に準拠した、「NB-IoT」をベースに「IoT」向けの通信環境が整備されています。

この「NB-IoT」では、LTEのネットワークを使いながらも、あえて200kHz程度という非常に狭い周波数帯域を用いることで、通信速度は最大で下り26kbps、上り62kbps程度と非常に低速な「IoT」に特化した規格を実現しています。これによって、通信速度は遅いものの、使用する帯域幅が狭いため、結果として多くの機器に帯域を割り当てることができ、同時に多数の機器を接続することが可能になっています。

超低遅延・超高信頼性を確保した高度な通信性能

そして、もう一つ「5G」に期待されている新たな機能が、「超低遅延・超高信頼性」を確保した高度な通信性能です。この機能では、無線区間で1ミリ秒といった低遅延の性能を要求仕様としていますが、遠隔地に設置したカートを遠隔操作したり、自動車の自動運転を通信で制御するような場合に重要な要素になります。

また、「超低遅延・超高信頼性」がもたらす通信の新たな活用事例として、VR(仮想現実)映像のリアルタイム伝送などに期待が寄せられています。遠隔地の全方向映像や音をリアルタイムに伝送し、VRゴーグルなどを使用して体感することが可能になると、危険な場所での遠隔操作や、エンターテインメント分野における活用など、新たなビジネスモデルの誕生が予感されます。

このように「5G」では、異なる方向性を持った要件を1つの通信規格に内包するような仕組みを中心にして標準化が進められています。「5G」のネットワークでは「高速・大容量通信」、「大量端末接続」、「超低遅延・超高信頼性」の各要件を、1つのネットワークを仮想的に分離して提供できる環境設定がなされているのです。

それが「ネットワークスライシング」と呼ばれている技術で、「5G」のネットワークを仮想的に分割(スライス)することで、それぞれのスライス毎に要件を満たすことができるサービスを独立して提供できるように、効率的にネットワークを提供する技術です。この仕組みによって、4K・8Kの超高精細ビデオを送受信する「高速・大容量」のスライス、低速通信で「大量端末接続」が可能な「IoT」用のスライス、遠隔操作で自動車などの自動運転を可能にする「超低遅延・超高信頼性」のスライスが、1つの「5G」ネットワーク内に構築されているのです。

この「5G」の日本国内でのサービスリリースは、2020年を目途にさまざまな調整がなされています。そして、海外の動向を見ると「5G」の標準化は、既存の「3G」、「4G」と同様に国際的標準化組織「3GPP」によって作業が進められていますが、「5G」の導入に熱心なのは日本だけではありません。韓国は、2018年中の「5G」試験サービス開始を目指しています。また、中国では、大手キャリアの「チャイナモバイル」が、同様の2018年に「5G」の試験導入を計画しています。

当初は、「5G」に対して積極的に取り組もうとする事業者が少数のため、スケジュールの遅れが懸念されていましたが、世界的に事業者間の気運が盛り上がることで、技術やスケジュール面での課題は解消に向かっていると思われます。

そうなると、今後は「5G」の利用者である、ユーザー側のベネフィットをどのように作り出していくのか、ユーザーの「心に刺さる」キラーコンテンツやサービスをどのように創出していくかが大きな課題になってきます。

新たな通信規格「5G」は、「IoT」や「VR」、自動車の遠隔操作など、さまざまなニーズに対応できる多くの可能性を秘めています。しかし、これらが本格的に普及するのは、「5G」のサービス開始から少し先の2~3年後になると考えられます。

また他方では、現在の「スマホ」ユーザーの多くは、「4G」の環境で十分満足しているため、あえて「5G」のコンテンツ・サービスを積極的に利用する動機が乏しいとの、指摘もあります。

「4G」の普及段階では、スマートフォンという明確な「キラーデバイス」が存在していました。そのため、利用者側の関心も高く急速に普及が進展したと言われています。

しかし、現在の状況では、2020年前後の「5G」サービス提供開始に向けて、明確なキラーデバイスやコンテンツが存在しているわけではありません。

技術面やスケジュール等の課題がクリアされつつある「5G」ですが、最も大きな課題はキラーデバイス・コンテンツ不在の克服です。

いま必要なのは、利用者に明確な便益を与えることができる、ユーザーファーストな視点に立った、新たなビジネスモデルの創生であると思われます。

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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