「スマートシティ」における図書館の存在意義
~地域の「知」の中心として図書館を考える~

「まちづくり」と言う名の自治体ブランド戦略 [第4回]
2018年10月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

はじめに

インターネットが普及し、誰もがスマホを持ち歩いて、いつでもどこでも情報が入手できるようになった現在、人々の「書籍離れ」は深刻な状況であると言われています。 その一方で、常に情報にアクセスするようになった結果、我々が日常的に目にする文字・テキスト等の情報量は、以前より増加しているという意見もあります。

また、ネット上のコンテンツや電子書籍の増加にともない、一般書店・中古書店など既存の書店は逆風にさらされ、時代の岐路に立たされているのも事実です。

しかし、それを補完するかのように、全国の図書館数は年々わずかながら増加を続け、日本図書館協会の資料によると、2017年現在3,292館であり、1987年の1,743館と比較すると、約30年で倍増していることを示すデータもあります。

我々はかたちこそ違え、媒体やメディアが異なっても、自らの行動の「拠りどころ」として、常に情報「知識」を欲しているのかもしれません。

かつて、古代アレキサンドリアにおいては、ムセイオン(博物館)や 図書館が、国家の「知」の中心であったように、私たちは自らの行動や知識のコアな存在となるような「場所」を無意識に求めているのではないでしょうか。

「知的立国」基盤としての図書館と「ソーシャル・キャピタル」

近年、「知の地域づくり」による「知的立国」という考え方が注目されています。

この主張の趣旨は、我が国は物的資源が乏しいため、知的資源である人材を育成して才能を伸ばし、その人材が様々な分野において活躍することで、地域社会や地域の人々に貢献することで国全体を発展させる。このように「知」を重要視することで、「知」を社会基盤とした地域づくり・まちづくりを行い「知的立国」を目指す考え方です。

この「知的立国」を下支えする考え方の一つとして「ソーシャル・キャピタル」が挙げられますが、この概念を端的に言うと「社会問題に関わっていく自発的多様性」「社会全体の人間関係の豊かさ」「地域力・社会の結束力」と言い表すことができます。

このような観点から、子供もシニア世代も含めて、地域住民の知的欲求に対応した、「知」の源泉となる社会基盤として、図書館が重要視されているのです。

国会図書館の「図書館利用者の情報行動の傾向及び図書館に関する意識調査」の分析結果によると、経済資本と文化資本、社会関係資本と図書館利用の間に相関が見られるとしています。つまり、地域に愛着を感じている人や、地域活動に参加している人々が図書館をよく利用しているという事実です。

「ソーシャル・キャピタル」が豊かな地域では、地域活動への住民参加の拡大や、学童・児童の教育レベル向上、地域経済の活性化など、経済面・社会面において好ましい効果をもたらすとされています。このように、図書館が基盤となって生み出すベネフィトが、地域の人々の潜在能力を引き出し「ソーシャル・キャピタル」を強めていくのであれば、図書館が担う役割は今後ますます重要度を増すと思われます。

図書館が「知」の中心となって、その地域に住む人々の知識・能力が高まると同時に、住民間のつながりを醸成し社会的便益を発生させていく、地域住民が地域のために知恵を絞り、新たな図書館の形を作り出していく、これこそ正に地方自治の原点なのではないでしょうか。

まちづくりの中心としての図書館

先進的「スマートシティ」として世界的に評価が高い、北欧デンマークのオーフス市では、市の一大プロジェクトとして、2015年に公立図書館Aarhus「DOKK1」を設立しています。

この図書館「DOKK1」では、オーフス市の人口30万人に対して、開館4カ月で50万人が来館。2016年には国際図書館連盟(IFLA)が選出する「Public Library of the Year」に選出されるなど、現在も1日約5000人の市民が集っています。また、この「DOKK1」を見るためだけにオーフス市を訪れてもよいと言われる人気スポットになっています。

「DOKK1」の設立に際しては、現代に合った図書館の存在意義を再定義すべきとの考えのもとに、「デンマークの図書館の新しいスタンダードをつくろう」という意気込みで、子どもから大人まで地域の様々な人々を巻き込み、新しい図書館を生み出すためのディスカッションやワークショップが、13年に渡って繰り返されました。

そして、13年間の地域住民との対話・合意形成によって生み出されたアイデアが、自動貸し出し機・返却機、スマートフォンを利用したオンライン予約システム、周辺地域18図書館が所有する蔵書のデータベース構築や、返却された書籍の仕分けに「ロボット仕分けシステム」を採用するなど、実際に図書館の機能に反映されています。

その他、図書館がNPOなど外部組織とコラボレーションしながら提供する「宿題支援」「健康相談」「ビジネスサポート」などのサービス提供や、屋上は洪水など自然災害発生時の避難場所として設計されるなど、図書館、イノベーションセンター、市民サービスセンターが同居する複合施設として、地域住民・地域コミュニティが様々な形で運用にかかわる場としてデザインされているのも特徴になっています。

このオーフス市の図書館設立プロジェクトでは、「ミライの図書館」を目指して自分達の地域にどんな未来を描きたいのか、ビジョンや価値観を地域全体で対話しながら共有し、そしてそれぞれの強みや個性を生かしてアクションを進めていく。そうすることが、地域の人々に支持され、世界からも評価される、ユニークな図書館の誕生につながったのではないでしょうか。

新時代における図書館のミッション

いま、我が国の公共図書館は変貌しつつあります。これまで、図書館の目標は「利用者数拡大」「貸出冊数拡大」を掲げた量的拡大を目指していました。しかし昨今では、図書館サービスを貸出冊数等によって定量的に評価するのではなく、地域の知的レベルの向上や地域コミュニティの創出支援など、定性的な評価によって存在意義を示そうとする、新たな潮流を生み出そうとしています。

新時代における図書館のミッションは、大きく3つに分類できると考えます。

まずは、ビジネスや個人の相談に対して、知識や情報を提供する「課題解決型」の図書館です。この分野で最も先進的な鳥取県立図書館では、特色あるサービスとして、ビジネス支援、医療健康情報、法律情報・困りごと支援、働く気持ち応援、子育て応援、いきいきライフ応援などのサービスを提供しています。単に館内の本を案内するだけではなく、ビジネス支援ではJETROの図書室への案内や、県内の金融機関、研究機関への紹介も実施しています。

つぎに、TSUTAYAに運営を委託して、書店やDVDレンタル店、コーヒーチェーンのスターバックスを併設、館内はコーヒーを片手に読書やおしゃべりもできる図書館を開館した佐賀県武雄市の図書館に代表される、街づくりや観光など地域のアイコンとしての「新たな公共施設」としての図書館です。

武雄市の図書館では、開館当初の来館者数が前年同期の3.6倍を達成するなど、観光の目玉として、図書館を人が集まる場所にした点においては、成功事例の1つであると思われます。しかし、その運用方法については指定管理者制度のあり方や、地方自治そのものを問う議論にまで発展するなど物議を醸しています。

そして、「知的インフラの拠点」「地域住民の居場所」としての図書館です。長野県小布施町の図書館「まちとしょテラソ」では、「学びの場」「子育ての場」「交流の場」「情報発信の場」という4つの「場」による「交流と創造を楽しむ、文化の拠点」という理念のもとで建築されました。

そのユニークな名称は、親しまれる集いの場になるように、親しまれる町の図書館であることと、待ち合わせの場という意味を込めた「まちとしょ」そして、「世の中を照らしだす場」「小布施から世界を照らそう」などの思いを込めて「まちとしょテラソ」という愛称が生まれたのです。

地域における「知」のコアセンターとしての図書館

図書館の先進事例について見てきましたが、今後はクラウドシステムの進展等にともない、書籍の相互貸借、資料の保存と共有、蔵書データベースの共同運用など、周辺自治体図書館及び、他の機関が運営する図書館との共同運用組織の構築なども視野に入れて検討する必要があると思われます。

図書館がまちづくりの中心となり、地域における「知」のコアセンターとして「ソーシャル・キャピタル」を振興させる。そのためにはネットワーク化された現代の特性を活かし、財政規模が小さな自治体であっても一定のサービスが確実に提供できる、図書館間のネットワーク形成や、システムの共同運用によるスケールメリットなど、運用形態や経費負担のあり方等について検討する時期を迎えているのではないでしょうか。

「ダメな図書館は蔵書を構築する」、「普通の図書館はサービスを確立する」、「優れた図書館はコミュニティをつくる」という言葉があります。期せずして、昨年の日本図書館協会 第103回 全国図書館大会は「まちづくりを図書館から」をテーマに開催されています。図書館が地域住民や地域の課題とどのように対峙して、コミュニティを形成していくのか、こうした取り組みの重要度が増していることを感じさせました。

これからの時代、図書館は地域住民自らが活動するための「場」の中心となり、これまで以上に地域に必要不可欠な公共施設となることが必要です。図書館職員をはじめ、自治体や地元事業者、NPO法人や大学等の研究者、ボランティア等の市民活動団体や地域の自治会など、様々な団体・組織が多岐にわたって連携し、図書館がまちづくり拠点として「協働」の中心となって地域の課題解決に取り組むことが望まれているのです。

「まちづくり」と言う名の自治体ブランド戦略

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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