これからの都市は賢くシュリンクしていくのか?
~ICTと「スマートシティ」について考える~

「まちづくり」と言う名の自治体ブランド戦略 [第5回]
2018年11月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

「コンパクトシティ」の概念

急速に進む人口減少・少子高齢化を背景とした、社会構造の変化や住宅・公共施設などの老朽化に対応するため、公共交通機関を軸とした拠点集中型のコンパクトなまちづくりを実現することで、将来に渡る地域社会の活力維持に向けた取り組みである「コンパクトシティ」と呼ばれる概念が再び注目を集めています。

「コンパクトシティ」とは、その言葉から連想するとおり「コンパクト」な「まちづくり」を目指す都市政策のひとつです。行政機関、商業施設、学校、医療機関など様々な住民生活に必要な機能を、住民の居住区を地域の中心部に近接させて集約し、地域住民の生活圏をコントロールすることで、無駄のない効率的な住民生活・行政を目指す考え方です。

まちの成り立ちと「コンパクトシティ」

都市が発展する過程は、まず駅などを中心とした市街地へ人口が流入し、その後郊外に向かって人口が拡散していきます。その結果、中心市街地の住民人口が増大することによって、地価上昇による居住費用の高騰や、住環境の悪化等の都市問題が発生します。

我が国では、1970年代からモータリゼーションが本格化し、都市構造を変化させてきました。そして、国民所得の向上や道路の整備によって「マイカー・ブーム」が到来すると、自家用車は生活必需品になっていきます。

その後、マイカー所有の進展と鉄道の延伸等も重なり、住宅や商業地が都市周辺に広がり、郊外のショッピングセンターが大型化・娯楽化することで消費者のニーズをとらえると、地域住民がより良い居住環境を求めて市街地から郊外へ人口分散が進む「ドーナツ化」現象に繋がっていきます。

この過程で、行政が主導する計画的な都市建設がされなければ、開発業者などによる無秩序な開発が行われ、郊外に虫食い状に宅地が点在する「スプロール化」現象が現れます。この「スプロール化」が発生すると、計画的なまちづくりに支障をきたすばかりではなく、電気、ガス、上下水道などの社会インフラの整備が立ち遅れることになり、それが都市機能を低下させる要因になっていきます。

さらに、移動手段がクルマにシフトすることで、公共交通機関の利用者は減少し、路線や運行本数の削減が余儀なくされていきます。また、郊外化により生活圏が拡散したことで、道路、上下水道、公共サービスなどを整備・維持するための行政コストは、増加し続けることになります。

いま我が国の地方都市では、郊外地域に虫食い状に宅地が点在する「スプロール化」現象に加えて、高度成長期に構築した社会インフラの老朽化への対応と、急激に進む住民の高齢化に伴う社会保障費の増大等によって、自治体は従来と同等レベルの行政サービスを維持していくことが、困難な状況になりつつあります。

このように変容する都市環境の中で、人口減少と超高齢化の時代が到来したのです。

人口減少は、これまで以上に都市の空洞化をもたらす可能性があります。また、自動車の運転が出来ない高齢者に向けた、移動手段を提供する必要もあります。

空き家問題、耕作地の放棄、限界集落など、人口減少の影響は非常に大きく、地域の人口が減少することで、今後は多くの社会問題が顕在化することも考えられます。

我々は、高度成長期の右肩上がり発想ではなく、急激に人口が減少していく現代では、拡大から縮小へ向かって思考転換する時期を迎えていると思われます。

「コンパクトシティ」がもたらすもの

「コンパクトシティ」が注目されるのは、「ドーナツ化」や「スプロール化」現象など都市の諸問題解消と、地方都市の再生につながるだけが理由ではありません。海外では、自動車依存のライフスタイルからの脱却によるCO2削減や、密集して居住することによるエネルギーロスの減少など、環境面でのメリットや効果が期待されています。

高齢者の生活シーンを考えると、高齢者が電車・バス等の公共交通を利用して行動できる範囲に、利便性の高い施設が集約されていることも重要な要素になります。特に、医療分野の需要の高まりを受けて、限りある医療資源を効率的に利用可能とする、地域全体での取り組みが求められているのです。居住地域が一定範囲内に集約されることによって、送迎・訪問介護等の福祉サービスの効率的運用も可能になり、そのメリットは事業者と高齢者の双方にもたらされます。

また「コンパクトシティ」では、生活に必要な公共施設や商業地域が集積されて、店舗等へのアクセスが容易になることで利便性が高まり、自動車の利用頻度減少や自家用車を保有しないなど、環境面への貢献も期待できます。

日本版「コンパクトシティ」の推進に向けて

このような状況の中、日本版「コンパクトシティ」の構築に向けて、ICTを活用した取り組みが進められています。

富山市では、公共交通を軸とした拠点集中型のコンパクトな街づくりを実現する「コンパクトシティ」施策の推進にいち早く取り組み、2008年には政府から環境モデル都市、2011年には環境未来都市に選定されています。

さらには、2012年にはOECD(経済協力開発機構)からコンパクトシティの世界的な先進モデル5都市として選出され、2014年にはロックフェラー財団が選定する世界のレジリエントシティ100のひとつに、日本で初めて選定されるなど、富山市の取り組みは、世界からも注目される存在となっています。

富山市では、市が直面する課題として「人口減少と超高齢化」、「過度な自動車依存による公共交通の衰退」、「中心市街地の魅力喪失」、「割高な都市管理コスト」、「CO2排出量の増大」を挙げていますが、これら課題は、多くの地方都市に共通の課題とも言えます。また、これらの諸問題は、密接に絡み合って負のスパイラルと化しています。

これらの課題に対して、鉄軌道や路線バスなどの公共交通を活性化させ、その沿線に居住、商業、業務、文化等の都市の諸機能を集積させる「公共交通を軸とした拠点集中型のコンパクトなまちづくり」によって解決することを目指しています。

公共交通機関の利便性向上の取り組み

富山市では、JR西日本のJR富山港線を、2006年に第三セクターにより路面電車化した「富山ライトレール」を運営しています。この路線は日本で最初の本格的LRT ( Light Rail Transit)の導入事例になりました。

それに加え、中心市街地を走行する路面電車の軌道を延伸・接続することによって、環状化した「セントラム(市内電車環状線)を2009年に整備し、中心市街地の回遊性を向上させることで公共交通と中心市街地の活性化を図っています。

ICTを活用したまちの賑わい創出

ICTを活用してまちの賑わいを創出することを目的に富山市では、「I CTコンシェルジュ事業」を2013年度に実施しています。この事業においては、イベント情報や公共交通機関の位置情報など、まちあるきに役立つ情報を収集・配信するICTインフラと情報配信プラットフォーム整備と併せて、歩行者の動態情報を収集し、今後のまちづくり計画に活用するためのデータ分析を試行しています。

具体的な取り組みとしては、「フリー Wi-Fiスポット」の整備、「公共交通ロケーション情報」の発信、「デジタルサイネージ」の設置などに加えて、まち歩き情報を発信する、スマートフォン向けのまち歩きアプリ「富山おでかけMICE」の開発などが挙げられます。

スマホまち歩きアプリ「富山おでかけMICE」では、ユーザーの属性に応じたコンテンツ表示機能によって、利用者ニーズに合致した情報を提供することを可能にした他、イベントや店舗の紹介情報に加え、クーポン配信機能も提供することで、住民のまち歩きを支援しています。

ICTを活用した歩行者の動態分析

中心市街地の賑わい創出や公共交通機関の活性化を目指した取り組みとしては、歩行者の性別・年代等をカメラ画像から自動取得する「属性認識カメラによる歩行者属性データ収集」システムを構築、駅前など市内の主要2ヶ所にカメラを設置して、データを収集・分析することで、どのような性別・年代の人が、どの時間に行動しているかなどの動態を把握することを可能にしています。

今後は、「属性認識カメラによる歩行者属性データ収集」システムに加えて、「交通ICカードの利用実績データ」、「まちあるき情報アプリ」のGPSデータ、「Wi-Fiスポット」の接続ログ情報を分析することで、中心市街地の賑わい創出や公共交通機関の利用推進などに活用することが可能になると思われます。

また、高齢者への生活支援サービスや移動サポートなどについては、今後進展が期待されるロボット技術や自動運転に関連するテクノロジーの活用などによって、現在の環境を大きく改善できる可能性もあります。

今回ご紹介した、富山市のICTを利活用した「コンパクトシティ」構想の事例ですが、近い将来には、都市政策の策定プロセスとして定石となり、従来のマンパワーに依存したアナログ調査では把握不能であった、動的で詳細なデータの収集・分析に基づいた施策の検証と、それを踏まえた施策の展開に必要不可欠なものになると考えられます。

「まちづくり」と言う名の自治体ブランド戦略

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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