訪日観光客が地方へと向かう今こそ
~攻めのインバウンド政策を考える~

「令和」元年に思う自治体情報システムの本質 [第7回]
2019年11月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

インバウンド消費額を引き上げる「MICE」

今年の3月下旬、大阪の台所と呼ばれる大阪市中央区の「黒門市場」では、「IEEE(米国電気電子学会)」に参加した約1200人の研究者が会議終了後、商店街をバル形式にしたパーティー会場で、魚介類の串焼きなどを食べ歩きする姿が見られました。

このイベントは、国際会議「IEEE VR 2019 OSAKA」の大阪開催に合わせて、営業が終了した18時以降の商店街を「レセプション会場」に『Osaka Gourmet Night 黒門夜市』を開催したものです。このような取り組みは以下の頭文字から「マイス(MICE)」と呼ばれ、多くの集客・交流が見込まれるビジネスイベントを誘致し、関連産業間の経済波及効果や訪日外国人数の増加が期待されている手法です。

  • 「Meeting(企業等の会議)」
  • 「Incentive travel(報奨・研修旅行)」
  • 「Convention(国際会議)」
  • 「Exhibition(展示会・見本市)」

また、「レセプション会場」を「黒門市場」としたように、通常は会場として利用されない、歴史的建造物・庭園・商店街などを使用することで、その土地ならではの地域文化や情緒など、特別な雰囲気を演出できます。このことから、「特別な(Unique)会場(Venue)」を意味する「ユニークベニュー(Unique Venue)」いう名称で、パーティー文化が根付く海外の諸国においては、「マイス(MICE)」誘致の手法として広く認知されています。

観光庁が公表した「2017年MICEの経済波及効果算出等事業」によると、2016年の「MICE」に関連した訪日外国人数は57万人、一人当たり消費額は26.3万円と推計されています。これは全体の訪日外国人一人当たり消費額より7割高い水準となり、インバウンドの消費額を引き上げる方策として、「MICE」は大いに期待できるのではないでしょうか。

地域コンテンツを活かした情報発信

国際的な会議・展示会等を誘致する場合、三大都市圏と地方を比較すると、都市圏には大型施設が多く存在する「利点」があります。その反面、大型イベントを開催可能な施設の数には限りがあり、「MICE」だけではなく多くのイベントにも広く活用されているため、稼働率が高くなることから会場確保が困難になる「弱点」もあります。

自治体や地域のプレーヤーが自分達の地域・街の魅力を積極的に情報発信し、日本らしい情緒やその土地固有の地域文化をアピールして「MICE」の誘致につなげることは、国際会議の参加者が開催地において観光・ショッピング等を楽しみ、会議での訪問をきっかけに個人旅行での再訪日も期待できます。このことから、インバウンド対策など地域活性化の観点からも重要な施策のひとつになると考えます。

観光庁が公表した「2019年版観光白書」によると、代表的な訪問地である首都圏・関西エリアを除く、他の39道県における2018年のインバウンド消費額合計が約1兆362億円と3年間で1.6倍に拡大しています。インバウンドの増加にともなう観光の経済効果が地方へ波及することで、訪日客の「コト消費」の存在感が高まっています。

現に、宿泊予約サイト「Booking.com」の日本法人ブッキング・ドットコム・ジャパン(株)の2019年上半期データによると、インバウンドが求める「コト消費」は以下のように、地方へ向けて広がっていることが裏付けられているように思います。

  • 2回目以降の訪日台湾人は首都圏よりも地方へ向かう傾向が強く、青森県、宮城県、秋田県などの東北地方や、香川県、徳島県などの四国地方を訪れている
  • ヨーロッパ、オセアニア、南アメリカの旅行者から人気のある飛騨高山には、人口の約5倍に相当する年間50万人の外国人観光客が訪れている
  • 沖縄の「リゾートウェディング」、伊勢志摩の「海女小屋体験」、「しまなみハイウェイ」では「レンタサイクル」を体験する訪日客が増加
  • 高野山では寺院に宿泊して座禅や写経などを体験する「寺泊」が外国人観光客に好評で、「宿坊体験」した観光客の8割を欧米人が占める

京都文化協会によると真如寺、海宝寺、永明院、大慈院、光雲寺が2016年9月から、1泊2日の「寺泊」を約15万円で提供を始め、これまで延べ148組476人が参加しています。また、世界遺産の仁和寺では、2018年5月から改修した松林庵で御所風の「御殿」を貸し切りに出来ることを目玉に1泊100万円での受け入れを始めると、すでに9組48人が宿泊して「寺泊」を体験しています。

「SNS」で旅行先を決める旅行者

国連世界観光機関(UNWTO)が先月に発行した「ツーリズムハイライト(2019年)」によると、2018 年の国際観光収入は 1 兆 7,000 億米ドルとなり、一日平均 50 億米ドルになると公表しています。この資料では旅行者の傾向として、以下の三つを提示しています。

  • 地元の人達と同じ様に暮らし、本物の体験を追求する「自分を変える」嗜好の旅行者
  • インスタ映えするような瞬間・体験・デスティネーションなど「人に見せる」嗜好の旅行者
  • ウォーキング・ウェルネス・スポーツ ツーリズムなど「健康な生活の追及」を嗜好する旅行者

日本国内においても「インスタ映え」が流行語大賞になり、いまでは「映える」と言う言葉が普通に使われるように、自分の体験を「人に見せる」ユーザーが増加しています。2014年のサービス開始から5年で、国内の「MAU(Monthly Active User)」月間アクティブユーザー数が8倍の3,300万人を突破した「Instagram」が身近な「SNS」として注目されています。

世界に目を向けると「Instagram」のグローバル利用者数は10億人と言われていますが、日本国内のユーザー数3,300万人は人口1.2億人に対して、4人に1人が利用していることになります。そして、日本人が「Instagram」でハッシュタグ検索をする回数は、世界平均の約3倍とも言われています。

「Instagram」の仕組みは、「画像を見る」「画像を投稿する」とシンプルですが、その最大の特徴は「言語に依存」することなく、「視覚に訴求」出来るところです。

「使用する言語に左右されない」「画像を見るだけの直接ビジュアルで情報や思いを伝えることが出来る」この2つの特徴によって、ユーザーは画像を見て一瞬で意図を理解し、共感した場合はすぐに「シェア」するのです。情報を拡散する速度は数ある「SNS」の中でもトップクラスではないでしょうか。

そしていま、注目すべきは「Instagram」で利用されている「#(ハッシュタグ)」を元に検索して、観光スポットの画像を見ることで、旅行先を決めているユーザーの存在です。海外では、「#travel」「#amazing」「#food」「#japan」などのハッシュタグを利用して世界中の観光地の中から次の旅行先を検索し、国内では、「#旅行」「#絶景」「#美味しい」など、目的やシチュエーションに応じたハッシュタグを検索して旅行先を決めています。インスタグラムは「Google」の地図アプリと連携していますので、スポット欄で検索するだけで、地図アプリのマップを表示させることも可能です。

例えば「#絶景」と検索すると様々な絶景の写真が表示されますが、その「絶景」を気に入ったユーザーはその後、「Google」や「Yahoo!」で周辺の観光スポットや地図アプリのマップで、関連した情報を得ているのです。

ここで重要なポイントは、「Instagram」で旅行先を決定した後に、「Google」等の検索エンジンで補足的な情報を調べていることです。つまり、観光スポットのWebサイトや旅行予約サイトを見る前に「Instagram」を通じて旅行先が確定している事実です。

「Instagram」を効果的に活用する自治体としては熊本県阿蘇市が有名です。定期的に開催されている阿蘇市フォトコンテストでは「阿蘇の休日」、「阿蘇の伝統」や「阿蘇のドライブ」など特定のテーマを設定したコンテストが開催されて、住民目線で阿蘇のリアルな魅力をハッシュタグ付きで発信されています。このような地道な活動が、インバウンドを自分達の地域に呼び込むのではないでしょうか。

いま多くの地域では、地域特性を活かした魅力的な観光スポットの写真が、自治体や観光協会などのホームページで公開されています。「Instagram」の特性を理解し「#(ハッシュタグ)」を付加して地域が持つ魅力的なコンテンツを投稿することで、地方自治体の課題とされてシティプロモーションを効果的に行うことや、海外へ向けた観光情報の発信力強化につながると思われます。

攻めのインバウンド政策に向かって

Webマーケティングの分野では、公式ホームページ等の「オウンドメディア」、「Instagram」「Facebook」「Twitter」などに代表される「アーンドメディア」、そして広告出稿等の「ペイドメディア」など、トリプルメディア戦略が基本と言われています。しかし、ただ情報を発信しているだけではファンを獲得することは出来ません。自治体からの情報発信では、「オウンドメディア」と「アーンドメディア」の連携に加えて「ペイドメディア」を活用した、積極的な戦略で地域ブランドの形成と継続的なファン獲得を目指すべきではないでしょうか。

ご存知のように「Instagram」の運営母体は「Facebook」ですので、二つのメディアを連携させてターゲット広告を出稿することが可能になっています。一般的にオンライン広告の精度は平均値27%前後と言われていますが、「Instagram」のターゲティング精度は90%以上の高い数値を記録しています。

「Instagram」と「Facebook」の登録情報を活用することで、きめ細やかなターゲット設定が可能になります。ユーザーの性別・年代、趣味嗜好の他にも、国、都道府県・州、市区町村などの住所、市区町村以下の単位では半径17~80km範囲の設定に加えて、選択した地域にいる人に対して、「この地域に住んでいる人」「最近この地域にいた人」「この地域を旅行中の人」「この地域すべての人」の状況を選択することができます。ターゲット項目 1,000以上を掛け合わせることで、情報を届けたい人にピンポイントで配信することも可能になります。

「インタレストターゲティング」の機能では、ユーザーが「いいね!」したページやアクティビティを元に、「スポーツ・アウトドア」「テクノロジー」「ビジネス・業界」「フィットネス・ウェルネス」「買い物・ファッション」「趣味・アクティビティ」「食料・飲料品」の項目でセグメント化することができます。そして、ユーザーの行動データや電子機器の利用状況を元に、「記念日」「旅行」「モバイルデバイスユーザー」「海外駐在者」など、豊富なユーザー属性を元にもセグメント化することができます。これらのセグメント条件を利用して、ターゲティング設定が出来るようになっています。

 例えば、訪日する可能性が高い人々に対して、「よく海外旅行に行く人」「日本の歴史に興味がある人」「長崎など九州に興味がある人」「直近で旅行に行く可能性が高い人」など、また日本国内に滞在中の外国人旅行者に対しては、「関西空港にいる海外旅行者」「大阪市にいる海外旅行者」のような特定エリア内の外国人旅行者に対して、情報発信することが可能です。

自分達の地域・街へ多くの観光客の皆さまにお越し頂くためには、情報発信力を強化し、何よりもその地域の「認知度を向上させる」ことが必要です。人口減少型社会が進展していく中で、地方自治体が他の地域との競争で勝ち残っていくには、思い切った施策の展開によって、地域外の「人口」「購買力」などを自分達の地域と生活圏の中に取り込むため、新たな時代の広報・情報発信戦略が重要になります。

訪日観光客が地方へと向かう今こそ、観光戦略は既存のマインドセットから脱却し、世界へ向けてビジョンを描く、攻めのインバウンド政策を考える時代を迎えているのかも知れません。

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