システム標準化と価値観の再定義
~自治体システムの今後を考える~

新時代に向けた地域情報化政策の方向性 [第12回]
2021年1月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

菅政権が目指す自治体システムの標準化に向けて、総務省では検討会を立ち上げています。年内に報告書を作成しシステムの統一・標準化に向けた新法案を、来年の通常国会へ提出、自治体には標準システムの導入を義務付け、作業量が多い大規模自治体などの特例を除き、原則25年度末までに完了する予定です。

自治体の業務システムを標準化することで、事務処理の省力化や自治体間のオンライン処理が促進することも期待されています。しかし、地方自治体が独自で改修を繰り返してきたシステムを短期間で更新するには、初期の導入経費や一時的に増大する作業量など多くの課題があり、全国知事会は平井卓也デジタル改革相に財政支援等を求める提言を提出しています。

今回の自治体システムの標準化では、原則「カスタマイズ」を不要にすることを目指しています。複数のベンダーが広域クラウド上で基盤となるサービスを提供し、各自治体は「カスタマイズ」せずに利用することで、制度改正の際にも追加の費用負担なく運用することが可能になるとされています。

サービス受給者である住民側から見ると、自治体への申請・届け出等の手順が統一されることで、手続きの簡素化や合理化が実現すると考えられます。自治体側からすると、システムの運用管理に関する専門的な知識・ノウハウを共有することで、システム調達や運用に関する作業量の減少や法令改正対応等の業務にかかる作業の縮小につながり、限られた人員を他の業務に充当できるようになります。

また、財政面ではカスタマイズの抑制やシステムの共同化による「スケールメリット」によって、管理運用経費の削減を図り、「AI」「RPA」やデータ活用等の新たな分野に予算を補填することができるようになります。これにより、デジタル社会における住民の利便性向上に向けた「サービス提供基盤」を構築することが可能になると思われます。

自治体事務とシステム標準化の課題

自治体事務には大別して「法定受託事務」と「自治事務」があります。

「法定受託事務」とは、国・都道府県が本来果たすべき事務を、利便性や効率を考慮して「市町村」に委任する事務で、是正の指示など強い関与が認められています。そのため、制度や法律等によって事務処理方式や必要な書式等の様式が明確に定められ、戸籍事務では、届出の書式、戸籍の編製に関する様式等が法務省で規定され事務処理の手順も定められています。

一方、同じ「法定受託事務」であっても「生活保護事務」では、自治体において生活保護法及び関係法令に基づき、申請手続きや生活扶助、医療扶助などの事務処理要領等を定めています。しかし、市民が提出した生活保護申請書を受領した際、どのような情報を参照・記録するのかなど、具体的な業務プロセスの詳細は定められていないため、システム標準化の観点からは調整・検討が必要になると思われます。

「自治事務」については、「市町村」が処理する事務のうち「法定受託事務」以外のものを指し、法律や政令によって事務処理が義務付けられているものと、法律や政令に基づき任意で行うものがあります。その範囲は広く、住民基本台帳事務から、都市計画の策定、小中学校の設置管理、市町村税の賦課徴収、介護保険の介護給付、病院・薬局の開設許可、飲食店営業の許可など、多くの分野にわたっています。

また「自治事務」に関しては、国・都道府県の関与は原則として是正要求のみで、事務の細部や様式等は「市町村」の裁量に委ねられています。このため、自治体ごとに個別最適化された結果、事務処理方法が異なるものになり「住民基本台帳事務」に関しては、転入届の様式、「世帯票」「個人票」などの住民基本台帳の形式や、証明書の様式など統一されていないものが存在しています。

自治体業務の「デジタル化」に向けて

新型コロナウイルスの感染拡大は、自治体業務の「デジタル化」にも大きな影響を与えました。人々の移動や対面でのやりとりの自粛が要請される中で、行政窓口での対応など、従来の「紙ベース」を基本とした手続きが課題になり、その結果「電子的」な申請・届け出などを可能にする、「オンライン」での手続きが強く求められるようになりました。

ちなみに、我が国の行政電子化への動きは、新型コロナウイルスの感染が拡大する以前から既に始まっています。2007年3 月に地方公共団体における民間委託の推進等に関する研究会の報告書が公表され、「業務プロセスの標準化が不十分な場合、民間事業者は個々の地方公共団体に対してオーダーメイド型の業務を提供せざるを得ず、ノウハウの蓄積による効率化や規模の経済性の発揮などが困難となり、業務受託に対する民間事業者の意欲が低下することになる」など、自治体間における標準化の必要性について言及しています。

続いて、2012年3月の「地方公共団体の職場における能率向上に関する研究会」報告書においては「定型業務のムダをなくす」ことについて、業務プロセスの標準化・定型化を徹底することであり、それをマニュアル化して組織で共有する必要性を指摘しています。

また、2017年から開催されている「自治体戦略2040構想研究会」の第2次報告では、自治体業務の抜本的改革を進めるためには「破壊的技術(AIやロボティクス、ブロックチェーン等)」を使いこなすスマート自治体への転換が急務であり、そのためにも業務プロセスの標準化と業務システムの標準化が不可欠であるとしています。

2019年5月に成立した「デジタル手続法」では、行政手続きやサービスはデジタルを原則とする「デジタルファースト」、一度提出した情報は再提出が不要となる「ワンスオンリー」、引っ越しなどに伴う複数の手続きやサービスをワンストップで実現する「コネクテッド・ワンストップ」の3原則の重要性を示しました。

そして、同年11月には、経済財政諮問会議において民間委員が連名で「次世代型行政サービスの早期実現のための工程化に向けて」問題提起を行い、「国・地方一体での業務プロセス」「情報システムの標準化・共有化」や「地方自治体のデジタル化・クラウド化の展開」などを強力に推進するには、国が財源面・人材面も含め主導的な役割を果たすべきと提言しています。

このように過去の経過を振り返ると、自治体システムの標準化を達成するためには、まずは業務のワークフローを見直し、仕事のやり方を変革する「業務プロセスの改革」が必要であることに気付かされます。まずは、システムの導入効果を検証して、自治体業務のデジタル化に向けた課題を抽出し、現状の自治体業務を変革することが求められているのではないでしょうか。

業務ワークフロー見直しの必要性

2020年4月1日時点で、1,724ある自治体の人口を比較すると、神奈川県横浜市(3,748,781人)から、東京都青ヶ島村(175人)まで、人口規模は大きく異なっています。これだけ規模間に差があると、自治体の「基幹業務システム」と呼ばれる、「住民記録」「税務」「福祉」の各システムの運用についても、業務のワークフローや窓口におけるプロセスなど差異が生じるのが当然で、同一のシステムを使用することは現実にはあり得ないと思われます。

自治体システムを標準化するためには、各担当窓口において現状の業務ワークフローを検証・精査して、マニュアル化する必要があります。かつて、昭和の時代「電算機」と呼ばれる大型汎用機が導入される以前の自治体では、全ての業務が人の手によって処理され、「事務処理細則」等の名称で業務の処理手順が文書に記録されていました。

また「電算機」を導入した時点においては、オーダーメイド型のシステム開発であり、当時の職員は既存の業務フローと、システム化した後の業務フローを比較・検証した上で、システム仕様書を作成し職員研修にも利用するなど現場でも活用していました。

その後、年月が経過しシステムの更新・リプレースや法制度の改正に伴う業務の変更等が繰り返された結果、システム改変等に伴う「事務処理手順」の変更・更新が明示的に行われないまま現在に至り、最新の業務ワークフローを文書化したマニュアル等が、存在しない職場も多く見られます。

また、自治体システムの運用を担当する事業者側では、画面の遷移図などの資料はあるものの、職員の業務フロー改善は事業者の守備範囲ではないため「事務処理手順」等の文書は存在しないのが現状です。今後、自治体システムの標準化を進めるためには、まず現行業務のワークフローを明らかにし、運用手順の根拠や効果を検証するなど検討を重ねることが必要と思われます。

自治体間ベンチマーキングの取り組み

自治体間ベンチマーキングとは、自治体間で業務プロセス、パフォーマンス、コスト等を比較し、差異を「見える化」することで、自治体間で共有できる「ベストプラクティス」導き出し、業務の改革・改善と標準化につなげる取り組みです。

各自治体における現状の事務処理手順等を比較検討することで、業務フローの相違点が明らかになり、さらにその根拠や長所・短所を比較検討することで現行の業務を精査し、より適切なワークフローを導き出すことが可能になります。そして、そのプロセスで個別最適を図る部分と共通化を図る部分の違いが明確になると思われます。

また、相違点が見つかった場合には、その自治体が個別の課題として解決するべき事案が含まれている可能性があり、業務プロセス標準化の際に自治体の個別性の部分を明らかにすることで、サービス提供者として尊重すべき部分が明確になり、独自性を持った住民サービスの提供につながるとされています。

価値観の再定義による住民サービスの高度化

Withコロナ時代に求められているものは、「価値観の再定義」ではないでしょうか。 日常的に「在宅勤務」や「テレワーク」が増加し、長期間自宅で働き、家族と過ごす時間が増えたことで、多くの人々が、仕事に対する価値観や自分の人生で最優先すべき大事なものは何か考えるようになりました。

いま目指すべきは「DX(デジタルトランスフォーメーション)」による、業務横断的なデジタル変革の先にある「住民サービスの高度化」です。これを実現するためには既存業務のワークフローを見直し、庁内組織を横断してサービスを提供する体制に業務プロセスを改革する必要があります。

自治体システム標準化の先にあるのは、サービス受給者である住民を中心とした「UX(ユーザーエクスペリエンス)」提供基盤の構築ではないでしょうか。また、「AI」「RPA」等の活用によって、一連のプロセスを定型化し自動化・効率化できる領域を増やすことで、人間にしかできない「企画・立案」等のクリエイティブな業務に職員を配置する事業体制の確立が急務であると思われます。

庁内システムを構造的に最適化することで事務の効率化を図り、これによって生み出した人的リソースによって、新たな住民サービスを創生することが可能になります。

いまこそ、既存業務のワークフローを見直した「業務改革」によって、真の意味での「DX(デジタルトランスフォーメーション)」に本気で取り組む時ではないでしょうか。

新時代に向けた地域情報化政策の方向性

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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