データ利活用型スマートシティの可能性
~行政ビッグデータと地域「DX」を考える~

afterコロナ社会における地域情報化戦略 [第4回]
2021年8月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

いま、様々な分野で「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の機運が高まり、地方自治体においても新たなまちづくりに向けて、「行政ビッグデータ」を分析・精査して利活用する「データ利活用型スマートシティ」が注目されています。

「情報・データ」の蓄積はデジタルガバメントの基盤となるものですが、自治体におけるデジタル化の本質は、各地区に居住する住民の年齢構成や転出入の状況、住民の移動データ等の蓄積された情報・データを機動的に活用することで、地域の課題解決に繋げることではないでしょうか。

「行政ビッグデータ」とは、個人を特定できないように匿名加工した情報ですが、この情報の基となるデータは行政が保有する情報であるため、網羅性、鮮度、信頼性を兼ね備えるなど、高い利用価値とポテンシャルを秘めています。

また、複数人の個人情報を分類・集計した「オープンデータ」は、集計の粒度にバラつきがあるため、マクロ的な推計処理で使用されますが、匿名加工された「行政ビッグデータ」は、個人単位でデータ項目が集約されているため、住民個々に寄り添ったサービス提供に向けた分析が可能になります。

データ分析の方法としては、住民の年齢・家族構成や健康・介護等に関する、特定時点の静的な状態を分析する「静的分析」と、一定の期間を設定した経年データをもとに、動的な変化について分析する「動的分析」があり、「静的分析」は現状の把握、「動的分析」は将来予測や政策効果の測定等に有用と言われています。

例えば、食品など生活必需品を供給する商業施設の地域内での分布状況と、自前の移動手段を持たない高齢者の居住の現状を「静的」に分析することで、「買い物難民」対策としてオンデマンドタクシー等のサービスを提供するなどが考えられます。

さらに、国民健康保険のレセプトデータと、住民健診等の健診データを時系列で「動的」に分析することで、糖尿病等で重症化した被保険者のデータを遡って精査して、同様の傾向を示す個人の将来の健康状態を予測し、医師が食生活の改善等を指導・フォローすることで、重症化の予防や医療費の削減に繋げることも可能になります。

「データ利活用型スマートシティ」への期待

「データ利活用型スマートシティ」のコンセプトは、ICTによって収集したビッグデータを活用し、新たな住民サービスを提供することで地域住民の「QOL(Quality of Life)」を高め、地域が抱える多様な課題の解決に繋げることで、都市の活力を維持し新たな価値を生み出すことです。

スマートシティの当初の概念は、都市のエネルギー消費にかかわる諸問題をITによって解決を目指す取り組みを発端としています。その後、ヨーロッパではエネルギー問題から環境全般に対象領域が拡大し、スマートシティがエリア数・内容ともに急速に広がり、2010年前後には、あらゆる都市の課題解決や、都市間競争を意識した街づくりまで、ITを活用した都市開発を広くスマートシティと呼ぶようになりました。

元来は都市が抱える様々な課題に対して、ICTを活用した適切なマネジメントを行い、交通や自然との共生、省エネルギー、安全・安心、資源循環といった全体最適化が図られる持続可能な都市を実現することを目指していました。しかし最近では、さらに医療・健康なども加えた幅広く横断的な取り組みに変化しているのが現状です。

自治体が保有する大量のデータを「動的」に精査・分析することで、そこから何らかの「兆候」を発見することが可能になります。将来発生する可能性のある問題を高い精度で予測できれば、予防策を講じることで、そのインシデントを回避することができると思われます。

グリーンフィールドとブラウンフィールド2つのモデル

スマートシティの都市デザインについては、グリーン(草が生い茂っている空地)など未開発の土地を新規開発する「グリーンフィールド型」と、ブラウン(既に建物が建築されている)など住宅街やオフィス街をスマート化する、「ブラウンフィールド型」に大別されています。

世界に目を向けると、「グリーンフィールド型」の事例としては、Googleのグループ企業Sidewalk Labsがカナダのトロントでウォーターフロントエリアを「スマートシティ」として再開発する構想「Sidewalk Toronto」が、スマートシティの本質を問うモデルとして知られています。

「Sidewalk Toronto」プロジェクトでは、開発地区をプラットフォームと位置付け、エネルギー・物流等のインフラ整備、住宅・建築物や街路のデザインなどハード面の整備に加えて、「MaaS」によるリアルタイムな交通調整にいたるまで、全てを統合し効率的に運営するまちづくりを目指していました。

当初の計画では、Googleのカナダ本社を移転することも想定され、本社をトロントに移転させることで、世界中から企業や人材が集まりやすい環境を創り出し、これによって経済の活性化を図る予定でした。しかし、世界的なパンデミックの影響で経済的に不安定な状態が発生し収益性を確保することが困難となり、撤退を余儀なくされました。

「ブラウンフィールド型」の事例としては、アムステルダム市(オランダ)がその代表例です。アムステルダムでは、CO2排出削減を目的とした一般家庭へのスマートメーター設置などから始め、駐車場の空き情報をスマートフォンで確認できるシステムの構築、都市データのオープンデータ化による都市インフラの可視化、さらには、シェアリングビジネス黎明期から「シェアリングシティ アムステルダム」を標榜するなど、現在も先進的な取り組みを進めています。

地域によって異なる都市の課題

ここまで、単に「都市」として一括りにしてきましたが、実態として都会の「大都市」と小規模な「地方都市」では、立地条件・自然環境などにより、住民生活や歴史風土など、地域経済における課題そのものが大きく異なり、「スマートシティ」の実現に向けては様々な課題を抱えていると思われます。

「大都市」における課題は、人口集中による混雑の緩和、防犯・治安、ゴミ処理・環境問題等が優先課題として挙がります。一方「地方都市」では、過疎化による人口流出や、地域産業の衰退、高齢化に伴うヘルスケア、生活の足としてのモビリティ確保等の課題が深刻化しています。

「スマートシティ」について、統一された定義はありませんが、極言すれば「ビッグデータ」を利活用して、「AIによるアルゴリズム処理」を行い、それを「実生活にフィードバックする機能」を保有した都市と言えるかもしれません。

新型コロナウイルス感染症など感染症予防の観点から見ると、都市内における地域住民の「移動履歴」や「接触履歴」、SNS等に書き込んだ情報など、都市内のデータを収集・分析することで、感染ルートや感染クラスタの特定・隔離を迅速に行うことが可能になり、パンデミック拡大を防止するための有効な手段になると思われます。

内閣府が公表した文書等では、「スマートシティとは、都市や地域の抱える諸課題の解決を行い、また新たな価値を創出し続ける持続可能な都市や地域であり、Society 5.0の先行的な実現の場である」と表現されます。これを現状から考えると「老朽化した社会インフラの再整備」「防犯・治安改善へのデジタル技術の活用」「交通機関等モビリティの最適化」「健康長寿社会の実現と医療費の適正化」「住民のQOL向上」など、スマートシティが目指す方向性は多岐にわたっています。

スマートシティが「デジタルで都市の課題を解決するモデル」であることに変わりはありませんが、都市ごとに多様な課題に対応するためのモデルへと変化していることは間違いありません。言い換えれば、スマートシティは住民生活をより向上させるためにデジタル技術を用いて様々な課題を解決していく都市モデルで、地域の「DX」と再定義できるかもしれません。

「行政ビッグデータ」を活用した地域課題の解消に向けて

スマートシティという名称からは、「まちのデジタル化」ばかりが強調される傾向がありますが、ICTの活用は手段であり目的ではありません。本質は「住みやすいまちづくり」であり、「暮らし価値」の向上に向けた、持続可能な環境を整備していくことではないでしょうか。

「データ利活用型スマートシティ」の特徴は、現代の都市が抱える課題を複合的に解決する点にあります。そこで重要になるのが、データの連携です。事業継続性の確保や住民サービス向上の観点から考えると、自治体が地域のコーディネーターとなり、行政側でデータを抱え込まず、地域の事業者や住民と連携し「行政ビッグデータ」を利活用することが重要であると思われます。

これまで、既存のまちづくりにおいては、自治体内部のデータを自らが利用することが主流で、他の事業者等との連携を想定していないため、蓄積したデータを他分野に転用することが困難でした。また、データベースも当事者である自治体以外のアクセスを意識していない構造でもあり、利活用しづらい状況にありました。

一方、「データ利活用型スマートシティ」が目指すのは、他の自治体や一般事業者、教育機関などとデータを共有することを前提にしています。蓄積したデータの連携により情報の「エコシステム」を形成することでイノベーションを創出し、複数の分野にわたる課題を解決することも可能になります。

今後、全国の自治体は2025年度の目標期限へ向けて、自治体システムの標準化を目指すことになります。情報・データの蓄積はデジタルガバメントの基盤であり、自治体「DX」の推進とシステムの標準化・共通化によって、蓄積された情報・データを精査分析し、利活用する環境が整備されることで、様々な地域課題へのアプローチが具現化すると思われます。

いま、私たちに求められているのは、サービス受給者である住民を中心とした「UX(ユーザーエクスペリエンス)」の向上であり、自治体間のデータ・サービス等の連携や、地域内外の様々なデータを仲介して連携させるデータ流通体制の確立、そして住民の「暮らし価値」の向上に向けた、サービス提供基盤の構築ではないでしょうか。

afterコロナ社会における地域情報化戦略

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

上へ戻る