「人」を中心に発想する街づくりについて
~「スマートシティ」の方向性を考える~

ポストコロナ時代の「シン・デジタル化戦略」 [第2回]
2022年6月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響によって、リモートワークやオンライン会議等に代表される「新しい生活様式」が定着しつつあります。これらの変化は、社会全般の「DX(デジタルトランスフォーメーション)」を加速させ、社会課題解決など、社会システム全般の変革をもたらす可能性を感じさせます。

このような状況の中、かつて2010年頃から世界の先進的都市で提唱された、デジタル技術の活用によって都市や地域の抱える諸課題を解決し、地域住民の利便性・快適性の向上や、持続可能な都市・地域を目指す「スマートシティ」構想が再び注目を集めています。

その背景には、人口減少と超高齢社会、都市部への人口集中などの深刻な問題があります。こうした都市や地域の抱える課題に対して、デジタル化等の先端技術を街づくりに用いて、持続可能な地域社会を構築することが求められているのです。

地域で異なる「スマートシティ」への課題

我々は単に一括りにして「都市」を語りますが、現実には県庁所在地等の「大都市」と、比較的小規模な「地方都市」では、立地条件・気候風土・歴史など、地域における課題そのものが大きく異なり、「スマートシティ」の実現に向けては多様な課題を抱えていると思われます。

「大都市」における課題は、人口集中による混雑の緩和、防犯・治安、ゴミ処理・環境問題等が優先とされています。一方「地方都市」では、過疎化による人口流出や、地域産業の衰退、高齢化に伴うヘルスケア、生活インフラとしての公共交通の維持等の課題が山積しているのが現状です。

スマートシティの都市デザインについては、グリーン(草が生い茂っている空地)など未開発の土地を新規開発する「グリーンフィールド型」と、ブラウン(既に建物が建築されている)など住宅街やオフィス街をスマート化する「ブラウンフィールド型」の2つに大別して捉える傾向があります。

しかし、よく考えると「スマートシティ」の実践的取り組みを、単純に二元論で語ることは現実的ではないと思われます。なぜなら、「ブラウンフィールド」の中でも部分的に新たな街づくりをすることがあり、「グリーンフィールド」であっても、近隣には「ブラウンフィールド」があり、周辺地域を含めて再開発する必要もあるからです。

さらに、急速に進展するデジタル技術によって、都市も日々進化し「スマートシティ」として存続し続けることを考えると、自ずとその方法論は「ブラウンフィールド」的な展開となり、多様な目的を持つ都市モデルへと変貌していきます。

現に、当初は「スマートグリッド」などエネルギーの最適化から始まったものが、今では「電気・ガス・水道など(生活インフラの改善)」「大気汚染や環境問題」「交通渋滞の解消」「ヘルスケア・医療分野での活用」「防犯・治安」「人口流出・過疎化対策」など、住民生活全般の様々な領域に拡大しています。

つまり、我々が目指す「スマートシティ」の本質は、地域住民の生活をより向上させるために、デジタル技術を利活用することで地域の課題を解決していく、都市の「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と言い換えることもできると思われます。

「スマートシティ」と「都市OS」

「都市OS」について定義するものはありませんが、「スマートシティ」が目指す都市機能を実現するためには、様々なシステムやデータやサービスの連携機能を提供するための土台、サービス提供基盤が必要になります。この共通的な機能の集合体プラットフォームが「都市OS」ではないでしょうか。

我々が日常で使用しているPC・スマートフォン等を作動させているのは、「Windows」「iOS」「Android」などの「OS(オペレーティングシステム)」ですが、これと同じように、「スマートシティ」を動かすための仕組みが「都市OS」の役割になります。

「都市OS」に関しては、米国の「GAFAM(ガーファム)」(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)や、中国の「BATH(バース)」(Baidu、Alibaba、Tencent、Huawei)など、超大手企業が中心となって独自の仕組みを構築する動きがあります。その一方で、欧州における「FIWARE(ファイウェア)」のように各国が連合して取り組もうとする動向もあります。

「FIWARE」については、元来は「IoT(インターネット・オブ・シングズ)」のオープンソースのプラットフォームでしたが、「スマートシティ」に必要な、リアルタイムデータの取り扱いやサービス間の連携に向いていたため、結果として「都市OS」として利用されるようになっています。

都市とは人々がリアルに生活する空間です。その環境の中で自分たちがどのように暮らしたいのか、地域住民の想いなしに、新たな街づくりは始まりません。「スマートシティ」を考えることは、デジタルを活用した街づくりそのものであり、都市の魅力を強化するとともに、住民一人ひとりの暮らし方を見直し再定義することにもつながります。

「スマートシティ」が目指すもの

「スマートシティ」の当初の概念は、都市のエネルギー消費に関連する諸問題を情報通信技術によって解決する取り組みを発端としています。その後、エネルギー問題から環境全般に対象領域が拡大し、都市が抱える諸課題の解決や、都市間競争を意識した街づくりまで、ITを駆使して実現を図る取り組みを「スマートシティ」と呼ぶようになっていきます。

元来は都市が抱える様々な課題に対して、ICTを活用した適切なマネジメントを行い、交通や自然との共生、省エネルギー、安全・安心、資源循環といった全体最適化が図られる持続可能な都市を実現することを目指していました。しかし最近では、さらに医療・健康なども加えた幅広く横断的な取り組みに変化しているのが現状です。

「スマートシティ」では、都市が保有する大量のデータを「動的」に精査・分析することで、そこから何らかの「兆候」を発見することも可能になります。将来発生する可能性のある問題を高い精度で予測できれば、予防策を講じることで、そのインシデントを回避することも考えられます。

このように考えると「スマートシティ」が目指すものは、ICTによって収集したビッグデータを利活用し、新たな住民サービスを提供することで地域住民の「QOL(Quality of Life)」を高め、地域が抱える多様な課題の解決につなげるとともに、その地域に居住する新たな「暮らし価値」を創出することなのかもしれません。

「人」を中心にした「デジタルID」の在り方

前述しましたが、都市とは人々がリアルに生活する空間です。その環境の中で自分たちがどのように暮らしたいのか、地域住民の想いなしに、新たな街づくりは始まりません。「スマートシティ」を考えることは、デジタルを活用した街づくりそのものであり、都市の魅力を強化するとともに、住民一人ひとりの暮らし方を見直し再定義することにもつながります。

そのような複合的な街づくりに必要なのは、サービスの一元管理ではないでしょうか。サービス受給者を中心に、サービスごとに発行していた「ID」を一元化し、日常の生活シーンの中で人々の活動をつなげて、統合的にサービス提供する仕組みを創ることで、利便性が向上するだけでなく新しい体験価値を提供することも可能になります。

サービス受給者である「人」を中心に「ID」を一元化した、「デジタルID」を活用することで、蓄積されたデータを分析すれば、より個人に適応した情報・サービスを提供することが可能になります。

大規模災害の発生や、今回のパンデミック発生のような緊急時においても「デジタルID」による個人認証の仕組みを有効に活用することができれば、手続きをネットワーク上で完結させることも可能になり、各種申請・届出等に要する負担を軽減できると考えられます。

「スマートシティ」の実現に向けて、「デジタルID」など個人情報と密接に関連したデータを、個人の権利を侵害することなく管理する枠組みをどのように構築するかが最大の課題です。パンデミックが現実となった社会において、都市の在り方と暮らし方の抜本的な改革の必要性がより明確になったのではないでしょうか。

デジタルを活用し「人」を中心に発想する街づくり

「人」を中心に全ての物事を考える「スマートシティ」を実現するには、人々には複数の属性があり、サービスの利用形態も多種多様であることを認識し、その多様性をサービス提供者側からの視線ではなく、あくまで「人」を軸とした視線で統合した「デジタルID」一つで、様々なサービス・サポートの利用を可能にする、そんな発想が必要になります。

「スマートシティ」という名称からは、「まちのデジタル化」ばかりが強調される傾向がありますが、ICTの活用は手段であり目的ではありません。本質は「住みやすいまちづくり」であり、「暮らし価値」の向上に向けた、持続可能な環境を整備していくことではないでしょうか。

「スマートシティ」が実現するデジタル社会の本質は、都市生活者の「UX(ユーザーエクスペリエンス)」の向上です。自分たちがどんな環境で暮らしたいのかという住民の想いが原点にあって、それを実現するのにデジタルを活用するのであり、体験を創出していく取り組みは必ず人に寄り添ったものでなければなりません。

「スマートシティ」の到達点として、同じような都市が出現するのではと懸念する意見もあります。しかしそうではなく、地域が持つ特性を伸ばしていくために、デジタルを活用することで効率化を図りながら、自分たちの街・地域の魅力を見極め、特長となる差異化要素の高度化を進めるものです。

そのためには、今まで以上に客観的に地域を評価し分析する必要があります。地域の独自性とは、他の地域との比較の中から浮かび上がってくると思われます。他の自治体の成功事例を画一的に参考にするのではなく、他の地域にはない独自性は何かを考え、その独自性を伸ばすためにデジタル技術の利活用を検討すべきではないでしょうか。

いま、私たちに求められているのは、サービス受給者である住民を中心とした、デジタル技術の活用による包括的な取り組みであり、様々な生活支援サービスを連携させる体制の確立や、より良い人生を生きるための都市設計の観点で考える、「暮らし価値」の向上に向けた「スマートシティ」の実現ではないでしょうか。

ポストコロナ時代の「シン・デジタル化戦略」

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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