「観光DX」によるハイパーローカル戦略
~超地域密着型の観光再生を考える~

ポストコロナ時代の「シン・デジタル化戦略」 [第3回]
2022年7月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

新型コロナウイルス感染症の拡大は、我々の社会全体に衝撃を与えましたが、中でも観光分野においては、感染予防による人流抑制で需要は大きく落ち込み、世界の観光地は厳しい状況に置かれています。しかし、最近では僅かな兆しではありますが、世界の各地でポストコロナに向けた新たな活動が始まるなど、明るい兆候も見えてきました。

日本国内においても、新たな成長と分配のサイクルを再構築するためには、地方創生を牽引する観光産業の再生を欠かすことはできません。とはいえ、人々の意識や観光を取り巻く環境が大きく変容した現在、観光をコロナ発生以前のような視点でとらえることは難しいと思われます。

大打撃を被った観光産業の早急な立て直しが急務となっている反面、新型コロナウイルス感染症の拡大がもたらした、非接触や三密回避を中心とする新たな行動様式は今後も常態化すると思われ、いわゆる「ニュー・ノーマル」にいかに対応するかが、観光産業再生への喫緊の課題となっています。

2019年まで、我が国の観光産業は堅調に成長を続けていました。特にインバウンド市場においては、観光庁の統計資料によると、訪日外国人旅行者数は3,188万人、出国日本人数は2,008万人を記録しています。しかし、新型コロナウイルス感染症が全国的に蔓延しはじめた2020年には、訪日外国人旅行者数は前年比マイナス87.1%の412万人、出国日本人数は前年比マイナス84.2%の317万人まで落ち込んでいます。

「観光DX」の推進に向かって

そしていま、観光産業再生の有力な手段として期待されているのが、「スマート・ツーリズム」であり「観光DX」の推進です。多元的な表現になりますが、「スマート・ツーリズム」とは、デジタル技術を活用し、旅行者の顧客体験の向上や、更には地域経済の活性化につなげる取り組みということができます。

観光と交通の連携にデジタル化を取り入れる方向性としては、観光客にインセンティブを付与することで地域内の「回遊性向上」を図ることや、様々な移動手段・交通機関を連携させた「回遊が旅の目的」になるような仕組みづくり、そして、それを下支えする決済手段の「キャッシュレス化」の推進などが考えられます。

コロナ禍を経た後の社会変化は多岐にわたりますが、これまで以上に「安心・安全」が求められるようになったこと。つまり今後は、観光産業でも密を避ける仕組みづくりや、非接触型の決済手段の導入等も含めて、旅行者が「安心・安全」に周遊できるような環境を観光のデジタル化によって達成することが求められています。

地域に活力を送り込む「観光」と「ICT」、その移動に欠かせない「交通」にデジタルを掛け合わせた「観光DX」や「観光MaaS」が注目され、様々な地域で多くの実証実験が行われています。持続可能な地域振興に向かって、ポストコロナ時代の観光はどうあるべきなのでしょうか。

「カーボンニュートラル」によって、温暖化ガスの排出量を削減し、気候変動への悪影響を軽減する手段として注目されているのが「グリーンツーリズム」の推進です。人々の意識変化によって移動時間は長くなり、旅程は少し長期化するとしても、移動手段としては航空機での移動より鉄道を選択する傾向が強くなり、宿泊先についても、環境対策に配慮したサステナブルな宿泊施設を優先するようになっています。

そして、ビジネスシーンにおける移動も、大きく変貌していくと思われます。出張の頻度は減少し、滞在日数は長期化するかもしれません。かつてのように、急に出張が決まり、長時間のフライトで移動し、対面で短時間の打ち合わせを行う、このような営業スタイルは既に過去のものになりつつあります。

昨今のテレワーク・リモートワークの拡大で、地方で暮らしながら都会での仕事を継続するライフスタイル・ワークスタイルに興味を持つ人々が増加し、リゾート地など普段の職場とは異なる場所で休暇を取得しながら働く、新たな就業形態として「ワーケーション」も認知度が高まっています。

ノマドワーカー的なライフスタイルが拡大することで、ビジネスと観光、旅と日常の境界線があいまいになり、「ワーケーション」が進展することで、一回あたりの旅行期間は長期化し「仕事」か「休暇」を選択するのではなく、「仕事」も「休暇」も同時進行することが当たり前になっていくのかもしれません。

新たなトラベルスタイルへの変化と対応

オランダのアムステルダムは、観光産業におけるデジタル技術の活用に積極的な国際都市として知られていますが、同市が取り組むスマート・ツーリズム施策の一つに、旅行先を推奨するチャットボットサービス「Goochem Chatbot」を提供しています。

旅行者は、「Facebook Messenger」で提供されるアプリで、自身の興味・関心に関する11の質問に答えることで、「AI」から、当該旅行者の嗜好にあったイベントや観光スポットの提案を受けることが可能になっています。今後は、「Goochem Chatbot」のように、「AI」やビッグデータを活用してツアープランニングを提供する動きが、他の地域でも活性化するのではないでしょうか。

アムステルダムの事例のように、蓄積したデータを利活用したサービス提供基盤を構築することで、従来は経験や勘に頼っていた観光客の動線や心理を検証することができるようになりました。データの可視化によって新しい知見が得られ、データに基づいた施策を策定することで、新しい発想での施策展開が可能になります。

従来型の観光では、有名観光地に大多数の人々が集中する形態が主流でしたが、その反面、新型コロナウイルス感染症の発生以前から「インスタ映え」やアニメの「聖地巡礼」など、一人ひとりの趣味や価値観にあわせて観光するトレンドが生まれていました。ポストコロナの時代は、感染症対策によって密集を避ける傾向が顕著になることで、この流れは更に加速していくと思われます。

また、多人数での行楽が厳しいことにより、団体客を主流にしたマネジメントから、個人の趣味嗜好に着目したマーケティングが中心になり、「マイクロツーリズム」という言葉が象徴するような、個人あるいは少人数をターゲットにした観光施策が、より重要度を増すのではないでしょうか。

人混みを避ける目的から、アウトドアや自然公園への観光ニーズが高まることで、観光の目的地は都市部から地方へと広がり、自ずと滞在型の観光が主流になると思われます。その先には、「ワーケーション」も取り入れつつ、ゆったりと暮らすような観光スタイルの中で仕事もするようなライフスタイルが定着していくかもしれません。

パンデミック以前から問題となっていたオーバーツーリズムや、ロックダウン下の暮らしへの反動で、訪問先の地域を知り地元の人々と交流できる、表層的ではなく、より地域に密着した深い文化体験、いわば「超地域密着型」の体験が求められています。

3年ぶりの「帰省」とその先にあるもの

2020年以降、3年ぶりに「外出自粛要請」が撤廃された2022年のゴールデンウイークには、多くの人々が「帰省」したといわれています。観光庁が2022年度に実施する「第2のふるさとづくりプロジェクト」では、コロナ禍の影響によって働き方・住まい方に関する意識が変化する中で、何度もその地域を訪れたくなるような、新たな需要を掘り起こすことで、地域活性化につなげることを目指しています。

この観光庁のプロジェクトでは、密を避け、自然環境に触れる旅へのニーズの高まりなどを踏まえ、国内観光の新たな需要を掘り起こし、地域経済を活性化する観点から、いわば「第2のふるさと」として、「何度も地域に通う旅、帰る旅」という新しい旅のスタイルを提案しています。

我々は、なぜ毎年お盆や正月に「帰省」里帰りするのでしょうか。おそらくそこには、家族の歴史や思い出が凝縮されていて、自分達の原点に回帰するような特別な体験があるのだと思います。このような、特定の場所で特定の人たちと過ごす「濃密な暮らし体験」が、新しい観光のヒントになるのではないでしょうか。

自分の生まれた土地や育った場所ではなくても、「第2のふるさと」として、毎年定期的に訪れて「濃密な暮らし体験」ができるような地域・場所を創ることができれば、地域との関係性が深まり、来訪頻度が高まることで、滞在期間が長期化し、新たな旅のスタイルが定着する可能性があります。

この「濃密な暮らし体験」こそ、「モノ消費」から「コト消費」へ時代のニーズが推移する中で注目すべき、新たなトレンドではないでしょうか。今後は、無形の価値が重要視されるようになり、特定の場所で特定の人と過ごす特別な時間や、地域の気候風土に根ざした無形の資産が、有望な観光資源になると思われます。

「ハイパーローカル」な体験の提供へ

「地域コミュニティに貢献したい」「提供者・生産者を知った上で応援したい」「新たでユニークな製品を選びたい」と考える、ユーザー心理に対応した「ハイパーローカル戦略(超地域密着戦略)」が注目されています。自分達の地域を訪れる人々に対して、自らの地域文化を伝えたいと思えるような観光と地域のあり方を、もう一度見直す時期なのかもしれません。

地域が持つ特性を、「コト消費」を下支えするバックストーリーとして訴求・発信することができれば、それが大きな誘客の推進力となり、その地域で過ごす「ハイパーローカル」な「濃密な暮らし体験」の提供につながるかもしれません。

観光で訪れて本当に感動するのは、その土地が持つ文化・風土が醸し出す「テロワール(土壌)」に根ざした、暮らし方に触れたときではないでしょうか。これからの観光が目指すべきは、デジタルとアナログが融合した「濃密な暮らし体験」の提供なのかもしれません。

いまこそ、「観光」を戦略領域として再認識し、自分達のエリアにおける地域づくりとは何か、自分達は何を目指しているのかについて考え直す必要があると思われます。

そして、短期的な観光消費の経済効果を狙うことに傾注するのではなく、観光にデジタルを掛け合わせた「観光DX」によって、中長期的な戦略で地域のブランドイメージを向上させ、地域全般の付加価値を高めていくことが重要ではないでしょうか。

ポストコロナ時代の「シン・デジタル化戦略」

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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