社会のシニアシフトとデジタル化の動向
~極超高齢社会の行政サービスを考える~

ポストコロナ時代の「シン・デジタル化戦略」 [第8回]
2022年12月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

2022年7月、株式会社電通(以下、電通)は男女1,000人のスマートフォン(以下、スマホ)ユーザーを対象にアンケートを実施しましたが、その回答の中で、スマホが生活に必要と感じていると思われる「絶対に必要だと思う」「必要だと思う」の合計が、85.0%(男性 82.4%、女性 87.6%)と高い数値を示しています。

「スマホを持って生活が良くなった」と回答した人の合計は64.7%(男性59.4%、女性 70.0%)、そして、スマホを持ってから良くなったことについては「わからないことをすぐに調べられるようになった」55.6%、「知りたい情報を簡単に得られるようになった」54.1%などの回答が上位を占めています。

スマホの利用目的については「メールの送受信」81.5%、「通話」76.8%などの他、「LINE(メッセンジャーアプリ)」79.5%とともに、キャッシュレス決済の利用については「キャッシュレス決済をしたことはない」23.6%に対して、「キャッシュレス決済をすることがある」74.1%と、高い利用率になっています。

そして、注目すべきは「スマホによって生活がとても良くなった」と回答した女性の内、「インターネットショッピング」57.6%、「ポイントアプリ・サービスの利用」67.1%、「動画視聴(YouTubeなど)」51.8%、「写真/動画撮影」63.5%と答えるなど、日常生活の中でスマホが持つ様々な機能を利活用しているという事実です。

増加するシニアのスマホ利用

先ほどの調査結果を見て、対象者の年齢層は何歳だと思われたでしょうか。このアンケートは、電通のプロジェクト「電通シニアラボ」が、スマホを利用する全国の60歳~70歳代の男女1,000人を対象に実施した「シニアのスマホライフ実態調査」です。この調査からは、シニア世代のスマホ利用が思った以上に進んでいることに驚かされます。

スマホの保有時期に関する設問では、いつごろからスマホに切り替えたかについては、「3年以内」22.5%、「3~5年くらい前から」21.0%、「10年以上前」23.4%対して、「5年〜10年前から」が33.1%と最も多く、5年〜10年前には既にシニアのスマホ切り替えが一つの局面を迎えたことがわかります。

一般的なイメージとして、シニア層はデジタルに弱い情報機器の取り扱いが苦手な人達と思われていますが、先ほどの電通アンケート結果のように、我々の想定を超えて高齢者のスマホの利用率は拡大しているようです。

また、NTTドコモ モバイル社会研究所が2018年から毎年実施している、シニアの携帯電話・スマホ所有状況についての調査結果の2022年4月の発表によると、シニアのスマホ所有率は、2021年の前回調査と比較して、60歳代は80%から91%、70歳代は62%から70%に達するなど上昇傾向が続いています。

フィーチャーフォン(携帯電話)からスマホへの移行が急速に進んだ背景としては、「3G」通信サービスの終了などの他、コロナ禍という特殊な環境を経験したことで、人と人が繋がるコミュニケーション手段として、スマホが持つ様々な機能が注目された結果なのかもしれません。

世界中で進むシニアシフト

私達は「高齢化社会」という言葉を日常的に使用していますが、本来の定義は全人口に対する65歳以上の人口の割合、「高齢化率」の数値によって「WHO(世界保健機関)」と国連が定義したもので、高齢化率が14%を超えると「高齢社会(aged society)」、21%を超えると「超高齢社会(super-aged society)」と呼ばれます。

「WHO」と国連の定義では、21%を超える定義は存在しませんので、現在「高齢化率」28.9%の我が国では「超高齢社会」に替わって、例えば「極超高齢社会」など、新たな定義と呼び方が必要なのかもしれません。

現時点で最も高齢化が進んでいるのが我が国の現状ですが、今後多くの国で「社会の高齢化」が進行すると思われます。そして、2030年までにアフリカと中東諸国を除く、世界の大半の国々が「高齢化社会」に突入していきます。

いま、先行きが不透明で将来の予測が困難な「VUCA(ブーカ)」の時代とも言われる混沌とした世界情勢の中で、唯一予測できる確実な構造的変化は「人口動態のシニアシフト」です。しかし、我々はこの「確実な構造的変化」が進行している事実から目を背けて、見て見ない振りをしているのではないでしょうか。

日本で本格化した「シニアシフト」は、今後世界の国々でも「人口動態のシニアシフト」の推移とともに、一定の時間差をおいて必ず発生する現象です。特に高齢化率の高いヨーロッパ諸国では、近い将来間違いなく現実になると思われます。

既に、フランス政府では2015年に「La Silver Economie(シルバーエコノミー)」を国策にすると決定し、世界の国の中から、日本がこの分野でトップを走る「課題先進国」と判断し、我が国に使節団を何度も派遣しています。

いまこそ、我々は「人口動態のシニアシフト」に対応した、新たな情報サービスを創出することで、今後「高齢化社会」に突入する、世界の様々な国から必要とされる存在となり、他の諸国をリードする存在になるべきではないでしょうか。

「デジタル化」する新たなる日常

いま世界の国々で、買い物・食事、感染症対策、出国・入国手続きなど、日常の生活からレジャーシーンまで「デジタル化」が進展し、コロナ禍がそれを加速させています。今後、ポストコロナ時代が進展していく中で、全ての世代で「デジタル化」が不可欠になると思われます。

例えば、アジアを代表するハブ空港「シンガポール・チャンギ国際空港」では従来の入国カードは廃止され、「My ICA」というアプリに必要事項を入力すると出入国管理に関する全ての手続きが完了します。

新型コロナウイルスのワクチン接種証明に関する情報も、同時に入力する仕組みで、入力が完了すると入国ビザが電子的に発行され、その後ゲートで簡単な質問に答え顔認証すれば入国手続きは終了です。

また、海外のレストランで食事する際には、多くの店舗で従来の紙のメニューが無くなり、それに替わってスマホでバーコードを読み取り、スマホ画面に表示されるメニューを見て注文するシステムが主流になっています。

日本でも紙のメニューを廃止するレストランが増えていますが、注文用のタブレット端末が置かれています。しかし、海外ではそうした例はほとんど無く、自分でスマホを持っていなければ食事をオーダーする際に困ることになります。

ショッピングの場面でも「デジタル化」は進んでいます。既に海外では買い物時の電子マネーやバーコード決済が主流になっていますので、「VISAタッチ」等のコンタクトレス決済または、スマホによる電子決済が不可欠で、現地通貨などの現金での支払いは少数派になりつつあります。

シニアシフトに対応したサービス基盤の構築

政府では、2024年の秋に現在の健康保険証を「廃止」し、マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」による医療保険の資格確認を実現する予定ですが、公的個人認証の仕組みが広く普及することで、医療機関での受付事務の効率化や待ち時間の短縮、行政窓口での手続き時間短縮など、住民サービスの向上が可能になります。

今後、日常の情報収集、新型コロナウイルスのワクチン接種証明や、マイナポータル等の各種電子申請、商品購入時のキャッシュレス決済、防災情報の閲覧など、日常の生活シーンにおいてデジタルデバイスを利用する場面が増える中で、シニアのスマホ利用は着実に進んでいくと思われます。

また、これまでは自治体内部の各業務部門で断片的に管理されていた各種データを、集積・統合化するデータベースシステムを構築することで、そこに蓄積した各種情報を、グラフ・図表、地図情報などとして情報公開することが可能になり、新たな住民サービスの提供に繋がると考えられます。

さらに、将来的には「ビッグデータ分析」によって得られた解析データを「オープンデータ」としてWebサイト上に公開することや、そのデータを活用したアプリの開発など、住民に向けた新たな生活支援サービスの創出にも繋がっていきます。

これに加え、地域内の事業者や非営利団体等が提供する生活支援サービスの情報や、医療機関・介護施設情報など、地域包括ケアシステムの実現に必要な最新データの集約によって、医療・介護サービスの向上と効率化を同時に進めることや、地域の課題解決を加速させることも可能になるのではないでしょうか。

将来的には複数の事業者が提供する移動手段・サービスを組み合わせ、社会的リソースをシェアして「共有」する概念へ転換するような「ユーザー起点」の既存サービスを革新するビジネスモデルが誕生するかもしれません。

このように考えると、自治体が保有する情報をビッグデータ化した情報基盤を確立することで、庁内の各部局間のコラボレーションが促進されるだけではなく、地域全体で共有可能な環境を作り出すことによって、データに基づく政策策定や意思決定など、自治体の既存業務の変革や事業の質的向上を図ることも期待されます。

シニアシフトの先にあるもの

いま世界では、システムのオープン化の進展とクラウドサービスの普及によって、様々なシステムが「所有するもの」から「利用するもの」へと変貌を遂げています。そして、それとともに社会のシニアシフトに対応した「ユーザー起点」のシステム開発が喫緊の課題と思われます。

シニアシフトが進展する「極超高齢社会」に求められるのは、企業や行政が連携し、様々な情報をもとに住民の一人ひとりのライフステージに寄り添った、生活価値の提供によって、生涯安心して暮らせる住民生活の実現ではないでしょうか。

そして、そのサービス提供シーンでは、行政から受けられる支援や民間サービスなどから、個人の状況に合わせて「AI」が最適なものを組み合わせて的確に提案し、利用者である住民はワンストップでサービスを受給できる環境が構築されていると考えられます。

近い将来、自分のライフスタイルに合わせて、本人同意の上で行政・企業等が保有する情報を集積・連携させて分析し、健診の結果やレセプトデータをもとに将来の健康状態や医療費を予測するなど、地域住民へ向けたアドバイスやサポートが「行政アプリ」によって実現する、そんな生活が日常のものになっているかもしれません。

ポストコロナ時代の「シン・デジタル化戦略」

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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