2030年の「観光消費額」15兆円は可能か?
~「観光DX」とリピーター戦略を考える~

変革と共創する時代の情報化トレンド戦略 [第2回]
2023年5月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

コロナ禍で大打撃を受けた我が国の観光産業ですが、感染状況の鎮静化とともに国内の観光地は活気を取り戻し、インバウンドも回復の兆しを見せています。そんな中、海外からの誘客による地域活性化の重要性が再び認識され、デジタルを駆使した新たな観光戦略の展開が求められています。

政府はインバウンド市場のアフターコロナにおける回復・拡大を見据え、2030年の訪日外国人旅行者数6,000万人、消費額15兆円を目指していますが、これを実現するには、動き始めたインバウンド需要のデータを収集・分析し、その対象者にアプローチする観光政策のデジタル変革が必要になります。

「JNTO(日本政府観光局)」の調査によると、交通費などを除いて純粋に「着地(観光地)」で消費する金額、「着地消費」で100万円以上消費する「富裕旅行者」は、米・英・仏・独・豪5カ国で340万人、合計4兆7,000億円(平均単価約136万円)の消費マーケット規模があると推測されています。

2019年の富裕層など全ての属性を含んだ、訪日観光消費単価の全体平均は、約15.8万円を記録しましたが、政府の目標では、この数値を2030年に1人あたり25万円まで引き上げ、6,000万人を誘致し、25万円×6,000万人=15兆円の「観光消費額」達成を目指しています。

誘客するターゲットは誰なのか?

「観光消費額」は、消費単価×訪問数という極めてシンプルな図式ですが、「富裕旅行者」の「着地消費」単価を100万円とした場合、100万人訪問数が増えるごとに「観光消費額」が1兆円増加することになります。

仮に、2030年に世界の「富裕旅行者」半数が日本を訪れたとして、「観光消費額」は約2兆3,500億円、希望的観測として「着地消費」100万円の「富裕層旅行者」が300万人訪日した場合でも「観光消費額」は3兆円になり、残り12兆円を富裕層以外の訪日外国人旅行者から確保する必要があります。

それでは、2030年の目標達成に向けて、誘客するターゲットは何処の国の誰なのでしょうか。これには、国・旅行の目的、年齢、性別、収入など多様な観点があり、ターゲット設定する際に様々な要素が複雑に絡み合うため、一概にこの「属性」と断定するのは難しいと思われます。

しかし、ほぼ間違いないと考えられる「属性」があります。それは、次の成長市場「アジア圏」の中間層です。一般に国民1人あたりのGDPが5,000ドルを超えると海外への渡航者が増加するといわれていますが、中国、タイはその基準を既に超えています。

また、中国、タイからの旅行者は、初訪日の割合が高いことも特徴で、今後これらの国々は極めて大きな観光旅行需要のポテンシャルを秘めているといえます。

1人あたりのGDP5,000ドルが海外旅行を検討する目安とすると、タイは既に約7,000ドルを突破し、2019年には訪日数が100万人を超えて、アメリカに次いで第6位を記録しています。

そして、インドネシアは1人あたりGDP4,000ドルを突破し、ベトナム・フィリピンの国々も、1人あたりGDP3,500ドルを超え、近い将来には5,000ドルに手が届くところまで来ていますので、「アジア圏」からの海外旅行需要は今後さらに伸びていくと想定されます。

「観光DX」の推進に向かって

マーケティングの要素として、「第一想起(選択肢の第一候補)」に名前が挙がることが重要なことは周知の事実ですが、アジア圏の国々から見た日本は、地理的な近接感と、日本独自の文化・伝統、アニメ・ファッション等の影響による憧れなど、好印象を持たれているのではないでしょうか。

これらの印象は、高度経済成長期に昭和の先人たちが、電化製品・自動車などの輸出によって築き上げた実績と信頼のイメージが、令和の時代にインバウンド観光という形になって、時空を超えて還元されているようにも感じられます。

「アジア圏」の人々から見た日本は、恐らく「第一想起群」に入っている「ブランド」で、実際に訪問してみると、美味しい食べ物や、丁寧な接客サービス、綺麗な街並みと、清潔で安心・安全な環境など、素晴らしい観光体験が比較的安価で実感できることから、高い満足度が得られると思われます。

今後10年~20年のレンジで考えると、アジア圏の国々は経済成長によって1人あたりの所得が向上し、顧客の訪日消費単価は現在と比較して増加することは容易に想像できます。

このような、アジアの成長マーケットが近隣に存在する、我が国が採るべき「観光DX」戦略はなにか。それは、「アジア圏」からの訪日観光客を想定した、リピーターの獲得ではないでしょうか。

いま、各業界の事業者が注力している施策は、見込み客へのアプローチ以上に、顧客からのフィードバックを積極的に収集し、リピーター化するためのデジタルマーケティングや「CRM(Customer Relationship Management)」を活用した、顧客との関係性を構築するソリューションの実践です。

一方、インバウンド観光の領域では、そのような顧客と関係性を構築する思考が置き去りにされているように思われます。例を挙げれば、様々な観光シーンの中で、各事業者はデータを収集するものの、それを利活用できていないのが現状です。

「観光DX」を推進し顧客をリピーター化するには、行動データや購買データ、滞在時間データ等の収集・分析が重要で、これによって質の高いサービス提供や観光プランの提案、経営戦略の策定などが可能になります。

しかし、これまでの観光業界は、従来の手法に固執する傾向が強く、広告やDMなどの手法が主流であったため、デジタルマーケティングの知見や技術が不足し、イノベーションの推進が遅れているという問題があります。

リピーター戦略に向けたデータ活用の重要性

観光地経営においてデータ利活用を図るには、有用性の高いデータの存在が前提になりますが、そのためには、全ての情報をデジタル化して蓄える仕組みが必要です。

そして、データを単に収集するだけではなく、そのデータからシグナルを導き出し、新たな施策を策定する。そして、実行したアクションの結果を確認し、改善を重ねていくことが肝要です。

顧客がその存在を知って興味を抱き、競合と比較した上で決断する。この実際のアクションに至るまでの経過「行動モデル」は、「カスタマージャーニー」と呼ばれていますが、訪日観光客をリピーター化するためには、それぞれの観光シーンの中で、顧客視点に基づく「カスタマージャーニー」を考察する必要があります。

そして、各段階で観光客との接点を作り出すためには、データを一元管理し、それをもとにサービス提供まで繋げる、「観光DXプラットフォーム」ともいうべき、データ活用基盤を構築する必要があります。

この「観光DXプラットフォーム」の活用によって、例えばある観光客が「鉄道」に関する情報に興味があると思われる閲覧履歴があれば、その観光客がWebサイトにアクセスすると、「鉄道」や交通機関に関するイベント情報等を、その個人に合わせて表示させることが可能になります。

また、その「CRM」データに対応したクーポンやメルマガの配信など、リピーター化に向けた様々なコンテンツ・サービスを効率よく提供することや、チケット販売、体験予約などの「EC機能」や外部アプリとの連携も実現することができます。

「観光DXプラットフォーム」による「CRM」の展開

顧客との接点を強化する「CRM」の展開イメージとしては、訪日して何処へ行くかを考える期間の「旅マエ」では、サイト訪問者のWeb行動データから興味があるページを自動表示しパーソナライズすることで、来訪意欲を逃さず誘客することなどが考えられます。

訪日観光を楽しんでいる期間の「旅ナカ」においては、滞在中の適切なタイミングで情報配信することで旅行をサポートし、グルメやお土産情報を提供することで、現地消費を促すとともに、現地での移動手段等の情報を提供することで、訪れた地域・観光地に対する印象を高めることが可能になります。

そして、日本を訪れた余韻にひたる期間の「旅アト」では、帰国後のSNS投稿、行動履歴、満足度調査などのデータを活用し再訪を促すコンテンツを配信することで、関心を継続させるとともに、地場産品の「アト消費」に繋げるなど、顧客の要望を満たしながら、顧客とのエンゲージメントを強めることができます。

「観光DXプラットフォーム」を基盤として、このような一連の取り組みを実施することで、顧客一人ひとりに寄り添った、パーソナライズされた一貫性のある旅のサポートが可能となり満足度がアップすると思われます。

要は、「旅マエ」「旅ナカ」「旅アト」が分断されず、繋がることが重要で、観光地の魅力度の向上とマネタイズを強化していくためには、顧客接点を改革し、旅行者を一貫してサポートする、情報連携活用基盤の構築が求められていると考えます。

「観光DX」を推進する上で重要なのは、顧客のニーズに合わせたサービスの提供です。顧客の利便性や快適性、そして、ネット上での情報提供や予約、決済サービスなどの要望に応えることが求められます。そのため、顧客の声に対応したサービス開発や、顧客データを分析し、ニーズに合わせたマーケティング活動を行うことが必要です。

これらの観光リピーター戦略を組み合わせることで、訪日観光客を継続的に集客することが可能になると考えられます。そして、こうした知見を観光地がいかにスピーディーに取り入れて実践していくのか。先を見据えた各地域の競争は既に始まっていると思われます。

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執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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