まちライブラリーの今
図書館つれづれ [第25回]
2016年6月

執筆者:ライブラリーアドバイザー
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

あなたの街に「まちライブラリー(注1)」はありますか?「まちライブラリー」は、まちの中にあるカフェやギャラリー、オフィスや住宅、お寺や病院などに本棚を置いて、「本」をきっかけに人とのつながりをもつ活動です。礒井純充氏が提唱し、大阪で始まりました。他にも、建物のないライブラリーとか、古民家、大学や学校など、いろいろなスタイルがあります。関西方面に数多くあり、今では全国300か所に拡大しています。

以前紹介した船橋の「情報ステーション(注2)」も、「まちライブラリー」の一つの形態といえるかもしれません。名前ぐらいは知っていたけど。なのに、何故皆さんへ紹介することになったのか、そのいきさつや、本を通して人と出会う「まちライブラリー」を2つ紹介します。

1.まちライブラリー@ゆずり葉(注3)

“まちライブラリー@ゆずり葉(以下、「ゆずり葉」)”は、さいたま市JR浦和駅から市役所方面へ徒歩10分ほどの場所にあります。「ゆずり葉」の存在を知ったのは、船橋で開催された某研修後の懇親会の席でした。スタッフの一人である山田玲子氏が、「私、以前お会いしています」と、声をかけてきたのです。随分前ですが、大澤正雄氏の著書の勉強会に参加していたことがあります。時間がある時は本人も顔を出してくださり、直接お話を聴いていました。不覚にも私は覚えていませんでしたが、彼女もその勉強会の一員だったのです。

公共図書館に勤めていた彼女が、安定した職を辞めて何故「ゆずり葉」の活動をするようになったのか、興味を持ちました。浦和へ足を運び、一緒に立ち上げた千葉晃一氏にも、「ゆずり葉」のお話を聴いてきました。

千葉氏は、高齢者の暮らしや相続の相談業務を行う「一般社団法人 コレカラ・サポート(注4)」の代表をしています。相談業務を行う中で、お年寄りが気軽に寄り合う場所がないことが気になっていました。昔の日本家屋にあった、家の内でも外でもない“縁側”のような気軽なコミュニケーションスペースがないのです。

そんな中、茶道の先生をしていた女性のご遺族から空き家活用の相談を受けました。一人で住んでいた家を、「地域の交流の場として自宅を役立ててほしい」と遺志を残されました。そこで、空き家を交流の場として活用し、新たな縁を紡ぐ「en(えん)プロジェクト」を立ち上げ、誰もが自由に利用できる憩いの空間を目指し検討を始めました。

一方、山田氏は公共図書館に勤めていましたが、市町村合併後の自分に課せられた図書館業務に疑問を持っていました。毎日企画書とにらめっこの生活に、自分がやりたかった図書館像を見出すことができません。当てもなく退職した直後に、引き寄せられるように二人は出会ったのです。地域の相談プロの千葉氏に、本のプロの山田氏が「まちライブラリー」を紹介し、残された1軒家は、「本を切り口にした人が交流するコミュニティースペース」を目指すことになりました。

開館準備の3か月間は、まず家の片づけから始まりました。ご遺族が既にチェックされた後の処分は、廃棄も含めて全て一任されたのです。40Lのゴミ袋だけでも数十個出たそうです。タンスや冷蔵庫など使えるものはそのまま残しました。来られた方が「普通のお家」に居るような、そんな感覚を大事にしたかったのです。足りないものは、頂いたホワイトボードにメモしていると、どこからともなく集まってきました。これらの作業は全て賛同者の手弁当でおこなわれました。山田さんは、本の整理の他に、「まちライブラリー事務局」との折衝、登録からスタートキットの申し込みまでを任されました。

こうして、誰もが自由に出入りして時間を過ごせる「ゆずり葉」は、昨年6月に開館しました。開館日は、月、水の朝11時から16時まで。「子育てママ支援」のように敢えて対象を限定せず、気負いなく若い人と高齢者が自然な形で知り合える、あくまで「普通のお家」にこだわりました。玄関を入ると畳のお部屋があり、床の間があり、本棚があり、至って普通のお家です。庭には茶花も生い茂っています。庭の草が伸びすぎて困る時は、手入れしてくれる方を募集し、皆さんで行います。

来られた皆さんは、お昼前ならお弁当を買ってきて、勝手にお茶を入れおしゃべりしながらお昼を食べます。襖1つ隔てた隣では、お茶のお稽古を楽しむ人がいたりもします。好きな時にきて、好きなものを持ち寄り、みんなでシェアし、時には千葉氏に相談に乗ってもらうこともあります。当初は、見た目も“普通の家”だからこそ、勝手に入ってよいのかわからずに玄関先で戸惑う方もいたようです。クチコミやメディアに取り上げられたお蔭で、最近やっと認知されてきました。

私が気になっていた運営は、賛同者から年会費をいただき運営資金にしていました。来訪者がコーヒーを飲んだりした場合は、気持ちの慈善箱が置かれていました。でも、いくら入れても入れなくても自由です。強制は一切しません。一方で、各種イベントも開催されます。手芸や片付け講座、傾聴講座、そば打ちなど。利用者が企画して鍋の会、ワインの会も実現しました。今は、それらの会費も足して、固定資産税から電気水道光熱費まで賄えるようになりました。庭の剪定だけは、園芸業を営む大家さんにお世話になっています。もちろん、千葉氏や山田氏の報酬はありません。山田氏は、「ゆずり葉」に来ない日は郷土資料の整理の仕事をして生活費を稼いでいます。贅沢はできないけど、毎日充実した日を過ごしているそうです。

都会では今、「空き家」が大きな問題になっています。自治体が空き家の維持管理費を持ち出す代わりに、無料でコミュニケーションスペースとして公開する仕組みを手掛けていきたいと話してくれました。「教えたい人、教えてもらいたい人。みんなで何か食べたり飲んだりしたい人。やりたいことがあるけれど 場所がない、という人にぜひスペースを使ってもらいたい」。「0は何倍しても0だけど、1は積み重ねれば増えていく」と語る千葉氏。いい意味のお節介な世界がそこにありました。

2.つるがしまどこでもまちライブラリー@鶴ヶ島市役所(注5)

つるがしまどこでもまちライブラリー@鶴ヶ島市役所(以下、「鶴ヶ島市役所」)のオーナーは、砂生絵里奈氏。2013年の日本図書館協会主催のステップアップ研修で知り合った市役所の職員です。当時他の部署に配属されていた彼女が、図書館の仕事に戻れたのは2年前です。やりたいことがたくさんあった彼女に課せられたのは、指定管理者制度導入の検討でした。

一方、市役所1階のリニューアルを考えていた市長は、並行して、市役所の受付に本棚のあるSpaceを考えるように提案してきたのです。折しも、市長も砂生氏も、偶然にも時を同じくして礒井純充氏の「まちライブラリー」の本を読んでいました。概念は何となく理解できたもののイメージが掴めなかった頃、2015年11月に情報ステーション主催の船橋みらい大学にて「ゆずり葉」の話を聴く機会がありました。もっと詳しく知りたいと、翌週「ゆずり葉」を訪ね、山田氏から直接話を伺いました。

それまでは“お荷物”を背負わされたと思っていたけど、一気に霧が晴れたと言います。この“ゆるやかさ”ならやれると、直ぐに行動を起こし礒井氏に連絡しました。そしてまた礒井氏のリアクションも早く、12月には鶴ヶ島に足を運び、市民も含めた関係者への説明会を開きました。こうして、市役所の受付の横に、飲食可能な椅子と机が置かれ、本棚が設けられ、「鶴ヶ島市役所」がオープンしました。第1回植本祭(開館)が2016年1月23日、 消しゴムはんこイベントが2月27日と、市長からのトップダウンでとんとん拍子に事が運んだように思えますが、やはり色々な苦労をされています。

「鶴ヶ島市役所」の本は、寄贈者が他の方にその本を薦める感想メッセージを書いていただくのを条件に寄贈を受けています。自宅にある不要な本を引き取るわけではないのです。ハードルが高いようにみえますが、まちライブラリーでは、自分が「よかった」と思った本を他の方に薦めるところから始まります。そして、本を手に取った方が、また本の感想を書いてつながっていくのです。

“みんなの感想カード”と呼ばれるグッズは、まちライブラリー事務局で売られています。「鶴ヶ島市役所」では、礒井氏了解のもと、市民でイラストレーターのフルタハナコ氏がオリジナルの感想カードを作ってくれました。子育て真最中のフルタ氏は、「つるがしまどこでもまちライブラリー」のロゴマークも作ってくださった強力なサポーターで、読書会も企画中です。それは、若いお母さんが読書会に参加している間、シルバーエイジの参加者がお子さんを見守る「ヤングママとシルバーエイジのための読書会」。シルバーエイジには“昔取った杵柄”を発揮してもらい、イベントを通じた世代間交流に期待が高まります。

鶴ヶ島市立図書館はこの4月から指定管理者に運用が任されました。指定管理者募集の仕様書には、「『鶴ヶ島市役所』は、教育委員会主導の元、指定管理者と連携して取り組む」という一文が組み込まれていました。そして、図書館から離れた砂生氏は、教育委員会生涯学習スポーツ課に異動となり、指定管理者のモニタリングが新たな仕事となりました。同時に、「鶴ヶ島市役所」のオーナーを引き継ぎました。彼女の名刺の裏には、「鶴ヶ島市役所」オーナーの他に、認定司書と独立系図書館司書の肩書きがあります。

「私が退職したらどうなるのかしら?」と笑いながら話してくれた砂生氏の今後の目標は、本を媒体にイベントをおこないながら、まちライブラリーを市内の商店街などに広めていくことです。その先に目指すは、まちの活性化です。そのためには予算や人的確保などの課題もあります。今までならつい力が入ってしまうところですが、まちライブラリーは、「ゆるやかに人が集い、つながりが生まれる」活動です。仕事で自分を追い込んだ時は、「ゆるっと脱力!」を気にかけるようになりました。「鶴ヶ島市役所」の存在は、彼女の仕事のスタイルにも大きな影響を与えていました。

効率重視の世界に、人とのつながりを求めて、まちライブラリーに夢を託す人がいます。
公共図書館とまちライブラリー、其々の役目は何なのか。まちライブラリーは、人の生き様も含めて、人とのつながりを考えるきっかけとなりました。

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図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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