回想法現場からの報告
図書館つれづれ [第45回]
2018年2月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

回想法については、本コラム33回で紹介しました。今回は実際に回想法を取り入れた高齢者サービスを行っている田原市図書館(愛知県)の報告と、私も実際に回想法を体験して、図書館で回想法を行う際の注意点などを考えてみたいと思います。

1. 田原市図書館(注1)の高齢者福祉サービス「元気はいたつ便」

「元気はいたつ便」は、図書館への来館が困難な高齢者や障がい者に対し、高齢者福祉施設へ出向く訪問サービスです。担当の天野良枝さんにお話を伺ってきました。

天野さんは、元々は学芸員でした。博物館勤務をされていた頃、学校の学習担当だった時に、もっと教育施設とうまく連携できないかとジレンマを持った時期があったそうです。市町村合併で田原市の保険年金課に異動し、当初はこの異動に落ち込みました。一方で、保険年金課でお年寄りに接するうちに、お年寄りがイキイキ話す機会にも遭遇しました。国保の医療費の負担を抑えるために介護と連携できないか、子供や高齢者も含めた「ともに地域で学ぶ」共同学習を考えたとき、図書館へ行きつきました。そこで、司書の資格を取得し、図書館への異動希望を提出します。でも、そのころは、まだ漠然とした思いだけでした。

平成19年に図書館へ晴れて異動となり、1年間は馴染むのに必死だったそうです。図書館での仕事に専念していたものの、写真を使った回想法のようなイメージは、いつも心の隅にありました。そんな時、平成22年補正予算いわゆる「光交付金」を使った事業に、館長がアイデアを募集し、館内コンペを行いました。来館が困難な福祉施設への出張サービスと、古い写真や民具を利用した回想法の2つのアイデアが出され、前案の「元気配達!図書館おもいでパック」という団体貸出サービスと訪問サービスが始まりました。その後、名称を「元気はいたつ便」に改称し、団体貸出サービスを拡張して、ボランティア講座の開始を経て、回想法も含めたサービスが始まりました。

「元気はいたつ便」には、大きく3つのサービスがあります(平成29年4月1日現在)。

団体貸出サービス

月1回2便に分かれて、市内16の高齢者福祉施設へ本を届けています。施設のレクリエーションの参考になる研修用やイベント用のほかに、施設に置く共有文庫用やお任せパックもあります。入所者個人のリクエストも配達します。通常の団体貸出とは、貸出点数の違いのほかに、事前申し込みが必要になります。

訪問サービス: グループ回想法

訪問サービスは、3カ月に一度、年間14の施設を訪問します。そのうち、参加者が8人程度なら、グループ回想法も行っています。回想法は傾聴トレーニングをはじめ、それなりの技術が必要です。職員の研修はもとより、ボランティアの存在も大きいのです。市民に向けての回想法講座は光交付金がきっかけで始まり、その後も年1回公開講座を開設しています。講座は、外部から講師を招き、まずは回想法について学びます。受講後、ボランティア希望の方には、図書館が説明会を開催して「元気はいたつ便」の趣旨と仕事の内容を説明します。そこで理解していただいた方を対象に、施設を見学し、ボランティアとして登録し参加に至ります。時間はそれぞれ1時間ほど。回想法に必要な傾聴ボランティアを個人で受講されている方もいるそうです。通常のグループ回想法は8回同じメンバーで行いますが、図書館の自称「施設回想法」は、1回ごとに参加者が変わる変則的な運用で、テーマはその都度変わります。ツールもできるだけ図書館にちなんだものを使用します。訪問サービスの2割がグループ回想法で、職員2名、MAX2名のボランティアで施設に伺います。

訪問サービス: 元気プログラム

参加人数が多くなると、レクリエーションに回想法を取り入れたサービス「元気プログラム」を行っています。20分ほどのレクリエーションでは、読み聞かせや手遊びや合唱など。残りの30分は、大勢の参加者と一緒にミニ回想法を行い、昔の思い出などを語ってもらいます。プログラムは、施設や皆さんの状況に応じて、臨機応変にアレンジします。

私が見学したのは、こちらの元気プログラムでした。その時のテーマは旅。色々な旅の話から、田原地方の方言を幾つか紙で紹介し、皆さんから意味やどんな時に使うか聴いていきます。方言辞典を取り出して、同じ言葉でも地方によっては違う意味になるなども披露していました。中には、ブツブツと同じ話をする人もいれば、「大人しくしていないと嫌われるから」なんて、そっとつぶやく人もいました。それでも、色々思い出してくると、空気が少しずつ変わってきます。その後、どんな場所に旅したかを聞いていくうちに熱海にたどり着き、「金色夜叉」の紙芝居が始まりました。その後も富山の薬売りの話から、おまけの紙風船で遊び、最後は、漫才コンビ夢路いとし・喜味こいしの本のネタから、かしまし娘の漫才と歌を歌っておしまい。いやはや芸人顔負けの芸でした。何気に図書館の資料もしっかり取り入れていて感服しました。

この日は体験学習で2名の中学生も一緒に見学・参加しました。お年寄りと同居の中学生はすんなりと溶け込んでいきますが、普段お年寄りと接する機会のない中学生は、最初は戸惑い気味でした。でも、そのうち慣れてきて、自分から話しかける光景も見られました。核家族が進んだ現代では、世代を超えた交流にも一役買うことができます。

医療と介護のはざまで、「図書館で何故回想法をしなきゃいけないの?」そんな疑問もよく耳にします。図書館の児童サービスの一つにわらべ歌があります。こどもにわらべ歌を歌って聞かせることで、子どもの心を育み情緒を豊かにするのが目的です。それに対し、高齢者には回想法を使って、感情や気持ちをほぐすサービスを図書館で行うのは決して不思議なことではないと、現場を見学させていただいて納得しました。回想法を使った高齢者サービスは、児童サービスの対極にあるサービスといってもいいかもしれません。

しかし、田原市も、最初からスムーズにいったわけではありません。担当に児童サービス経験者がいなかったこともあって、スタッフのローテーションや時間のロスなど、多くの問題もありました。そんな紆余曲折が何度もありました。その都度必要に応じて路線を変更し、レクリエーションにも、できるだけ図書館の資料と結び付けられるよう方向転換をしました。

今までで、特に反省した点と感動したことをお聴きしました。今も戒めにしているのは、金柑を持って行って食べられたことだそうです。まさか食べるとは考えてもいませんでした。良かれと思っていても何が起きるかわからないのです。嬉しかったのは、「月の砂漠」をみんなで歌った時。施設の職員でさえ声を聴いたことのない方が、2番でおしまいだったのに、3番まで歌ってくれたこと。職員の方も感動してくださって、思わずジンときたそうです。私も現在回想法の経験を積んでいるところですが、参加者の皆さんの固まった気持ちがほぐれる瞬間は、やはり感動的です。

今後はテレビ回想法にも取り組みたいとのことでしたが、その前には著作権が立ちはだかります。資料をネットからダウンロードするときは、著作権フリーのものを選んでいます。映像も上映権を考慮して、「元気はいたつ便」の団体貸出資料には映像資料を含まないAV資料と、配慮しています。

ハンディ施設には今は行けていないのも課題と捉えています。ハンディ施設にも高齢者はいるからです。仕事が増えるジレンマもある中、田原市の回想法は日々進化しています。

最後に、天野さんに、何故回想法に拘るのかお訊きしました。それは、亡くなった祖父への後悔でした。「元気なうちに、もっと色々な話を聞いておけばよかった」との念が、後押しをしています。

インタビューは天野さんにお願いしましたが、地道なサービスを続けるには一人の力ではできません。田原には認知症サポートのオレンジリングをつけている方が多くいました。その他にも、ろうあ者対応のバッジや多言語対応のバッジなど、「元気はいたつ便」のサービスは、職員の皆さんがお互いを支えあってのサービスなのです。

「悪くなってからでは間に合わない」。この言葉は、回想法トレーナー講座でも何度も耳にした言葉です。「お年寄りが元気なうちにお話を聴き、未来へつなぎ、認知症を予防する」。回想法には、そんな想いも委ねられています。

2. 回想法を実際に経験してみて

やはり現場を知らなくてはと、ある施設のボランティアグループに協力をいただき、回想法のコ・リーダー(サブリーダー)経験をさせていただいています。そこで、幾つかの失敗もありました。産業カウンセラーの養成講座時代に、「興味本位で質問してはいけない」としつこく諭されたことが、今頃になって実感できました。相手は、もしかしたら少し認知があるかもしれません。思い違いなどを指摘したり、正確なことを問いただす必要がないことを、身をもって体験しました。また、一人の人に引っ張られたり、話があちこちに脱線して、単なる楽しい井戸端会議で終わることもありました。回想法を、「年寄りの自慢話の会」と揶揄する人がいる所以です。それでも参加される皆さんは、会の日を楽しみにして参加されています。家族が日常生活の中で、じっくり向き合う時間を作ることは難しいのです。会が重なっていくと、より深く交わるライフレヴュー的な話が出てくることがあります。リーダーの力量と、参加者とともに作る場から化学変化が生まれ、会に深みが増す体験もさせていただきました。

後日、回想法の第一人者である野村豊子先生のお話を聴く機会がありました。先生のお話の中に、「過去の記憶を想起して聴き手に語ることは、『以前私はこんなことを体験した』という出来事と同時に、『過去にこんな体験をした私がいて、今、それを話している私はその連続にある』ということを認識する行為ともいえます。回想法は、人の現在と過去の橋渡しを促し、過去を生かしながら今の状況に向かう勇気を育みます。」という言葉がありました。素敵な言葉だなあと思います。

回想法には、定型的なスタイルが確立していません。リーダーによるところが大きいのです。図書館で行う回想法はさらに、参加される方は毎回違い、施設へ伺うタイミングも間隔があき、少し特殊な状況にあります。図書館で行う回想法にはどんな可能性があるのか、次回は回想法関係者と図書館関係者で一緒に話す場を作ってみたいと思っています。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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