図書館での文庫貸出を考える
(第14回 千代田区立図書館×出版社情報交換会から)

図書館つれづれ [第49回]
2018年6月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

昨年の全国図書館大会第21分科会にて、株式会社文藝春秋社長の松井清人氏から「図書館は文庫を貸し出さないでください」という発言がありました。メディアにも随分取り上げられたその発言を再度考えようと、第14回千代田区立図書館×出版社情報交換会が、2018年3月28日に日比谷図書文化館で開催されました。今回は、その情報交換会の報告です。

最初に“14回”の数字に驚きました。確かに、千代田区には出版社が多いから、地元の産業支援といえばそうなんですね。出版社との情報交換会は、2010年に「編集者・ライターとの情報交換会」の名称で、編集者・ライターに千代田図書館をもっと利用していただく目的で始まりました。2012年の第5回目から、出版関連産業との連携強化を目的に、今の名称になったそうです。

さて、話を元に戻します。今回の情報交換会は2部構成。1部の講演では、文藝春秋の松井清人氏から出版界の財政事情などの話があり、続いて、新宿区立中央図書館の萬谷ひとみ氏、白河市立図書館の新出(あたらしいづる)氏、千代田区立千代田図書館の恒松みどり氏から、それぞれの図書館の文庫の所蔵や貸出状況などの具体的な数字、選書基準などが報告されました。休憩を挟んで2部では、原書房の成瀬雅人氏の司会のもと、1部登場者によるディスカッションが行われました。参加者は119名、出版社と図書館の内訳はほぼ半分でした。

情報交換会の概要

出版業界については、かつて司書資格を取得するときに履修しました。再販制度や取次があり、日本全国同じ価格で本を購入できる一方で、都市部の書店ではベストリーダー本が山積みなのに、地方ではそれらの本が入手できない状況もあるなど、出版流通の仕組みを学びました。また出版社に在庫がなくても手放しで喜ぶことはできず、数週間後に返品が届くことも。書店の本は買取りではないのです。返品率は4割を超すと聞き、流通の仕組みに驚いた記憶がよみがえりました。

まず松井氏が、文藝春秋を例に、出版界の財政事情を話されました。文芸書系を出版している会社は、例えば、「文学界」、「オール読物」のような雑誌を発行しています。但し、この手の雑誌、実はどの会社も億単位の赤字を出しているとのことです。この赤字は、新人発掘や育成も兼ねた覚悟の赤字で、民間では先行投資に相当するのかと思います。その後、雑誌に掲載されたものを選りすぐり、文藝春秋では毎月20冊ほどを単行本にしています。このうち黒字になるのは20%程度。それも、本の出戻りがあるので、結果がわかるのは10か月ほど先になります。そうして3カ月程経つと、文庫の話が出てきます。文庫は、単価が安く、手に取りやすいため、書店も長く置いてくれるのだとか。その上、増補や改訂(文庫化でのあとがきや解説の追加)など、単行本には存在しない付加価値もつきます。文庫の際に書き直す作家もいます。単行本にならずに直接文庫になる書きおろし文庫は、時代小説が多く、これが売れ筋になることもあって文庫問題に拍車がかかりました。出版社からすると、売れ筋は、単行本を出版して文庫にするより直接文庫のほう採算が良いとのこと。文藝春秋では収益の3割近くが文庫に頼っています。ちなみに、単行本を発行した出版社で文庫サイズの本を出しても文庫とは言わないのだそうです。「岩波文庫」「文春文庫」のように、文庫にはブランド力があるのです。文庫を発行するには文庫出版社と著者の間で話し合いが行われますが、最初に単行本を出版した会社に出版権があり、数年は文庫の売り上げの一部を出版権を持つ出版社に返す風習があるそうです。如何にも日本的ですが、それだけ文庫の数の力が大きいのでしょう。

そして、図書館側からは、各館の文庫の具体的数字が示されました。一部を紹介します。

白河市の文庫には漫画も含んでいて、各館の数値にはばらつきもありますが、出版社の感覚では、概ね文庫の割合は、蔵書の7%、貸出は10%が一般的な数値とのことでした。

文庫の選書基準の説明では、どの図書館も基本的には単行本があれば単行本を購入します。増補や改訂などの付加価値がついた文庫は、図書館の視点では、単行本とは違うものになります。また、スペースの限られた分館では、文庫の割合が多くなります。単行本を購入したくても、1年も経つと購入ができないとの報告もありました。

ディスカッションでは、図書館側から、図書館の貸出と文庫の販売に本当に相関関係があるのか、限られた地域で数か月間でも社会検収をしてみてはどうかという話もでました。かつて貫名貴洋氏の論文「図書館貸出数が書籍販売金額に与える影響の計量分析の一考察 (注1)」で、貸出冊数と書籍の売り上げに相関関係が認められないと発表されました。最近、図書館が書店売上に与える影響を分析する川口康平氏の論文「公共図書館によるクラウディングアウト効果と公的貸与権 (注2)」がでました。現状売上比8~13.5%が図書館の蔵書で機会損失になっているとのことです。CDやビデオのような公的貸与権の話もチラリとでました。

参加してみて

参加して、出版社の台所事情は理解できました。双方の話を聴いていて、図書館との立ち位置の違いを幾つか感じました。

  • 本が手に入りにくいという視点
    出版社は本が売れればそれで完結。商品だから、「買えるときに買ってください。なければ、あきらめてください」で終わりです。でも、図書館は違います。その本がなければ、「草の根を分けてでも探し出す」し、本が傷んだり、要望があれば、後日でも買い求めますが、これが手に入らない。
  • レファレンスの視点
    新氏が、利用者からの要望で、ドイツの論文をレファレンスする事例を示しました。国立国会図書館と幾つかの大学で確認できたのですが、相互貸借で借りられず複写要望に切り替えて対応した事例に対し、松井社長から、「一人の人にそこまで対応するのは一線を越えているのでは?」との指摘がありました。この話は、その後深く掘り下げることはなかったのですが、個人的には気になって、終了後、調布市立図書館の小池館長にお聞きしました。「レファレンスは、利用者が調べたいことを代行して調べて教えてあげているわけではない。手段を持たない利用者に、たどり着くまでのプロセスを伝え、以後、自分で調べられるようリテラシー教育にも一役かっている」と言われ、やっと納得しました。
  • 利用者の読書スタイル
    最近、電車の中で本を読む人をすっかり見なくなりました。本よりほかの娯楽が増え、スマホなど手軽なツールが出現し、読書に時間を割く人が減ったのです。それでも、文庫本は軽くて小さくて、カバンに入れて持ち運ぶなら、文庫のほうが便利です。その上、文庫には解説やあとがきがつくのです。利用者の読書スタイルに合わせて、本がスタイルを変えます。
  • 文庫書き下ろしオリジナルの視点
    単行本にならずに直接文庫になる本は、時代小説のシリーズもの、海外文芸の翻訳書、ライトノベルなど。古典の注釈も文庫が初刊というのが多いそうです。出版社には単行本を作らない戦略的意味があり、図書館は保存に不向きな文庫が単行本になれば単行本を買うといいます。
  • 利用者の購買意欲の視点
    出版社は「文庫ぐらい自分の財布から買って」といい、図書館は「たとえ安くても、どうしても読みたい本でなければ財布のひもを解かない」と主張します。電子書籍もある中で、文庫本も含め、本を所有したい欲求ってどこから来るのでしょう?私はというと、実は今まであまり本を読んできませんでした。仕事で図書館の存在を知り、無償で借りられることに飛びついたのも事実。インターネット予約ができるようになって、図書館をぐっと身近に感じるようになりました。だけど、自分の手元に置き何度も目を通すような本は、やはり購入します。それも、新品購入もあれば、リサイクル品購入で済ませることもあります。利用者の選択の間口が昔に比べると広くなっているのです。インターネットが普及し、図書館に行かなくても予約がかけられ、書店に行かなくても本が手に入る時代。電子図書館もあればリサイクルでの入手もある。文庫問題を図書館だけの原因にするのは少し乱暴な気もしました。

それぞれの役割とこれからについて

情報交換会の前に、現場で働く図書館職員の率直な声を集めるため、千代田区立図書館や首都圏などの指定管理会社(TRC、ヴィアックス)の職員などを対象に、アンケートが実施されました。回答は349件。アンケートは色々な視点から集計され、たくさんのコメントも一緒に資料として配布されました。そのアンケート結果を見て、出版社の主張も理解できるとした意見が、反対意見と同じ数だけあったのは意外でした。一部利用者の図書館への要求は益々膨らんでいく一方で、資料費の削減、利用者の切り抜きなどの減らないマナー違反が、背景にはあるのかなと感じました。

社会のインフラが大きく変化している中、どちらも今までの役割や存在価値が問われています。双方の団体が観念論ではなく、具体的な数字をさらけだし情報交換をしながら道を探っていく、今回の交換会はその一歩だと感じました。

何故このテーマで開催したのか?そんな疑問を抱いて、後日、総合司会をされた千代田図書館の小出元一館長を訪ねました。館長は、「旬の話題から目をそむけたくなかったから」と即答されました。本当は、「本を手にする利用者も登壇者に」との想いが強くありました。色々検討の末、その場では結論がでないと判断し、利用者の登壇も質疑応答もあきらめたそうです。

館長は、当日のディスカッションで、「文庫貸出に猶予期間をつけては?」との提案に、図書館関係者が真っ向から反対しなかったのが意外だったといいます。双方の歩み寄りの可能性を感じたそうです。雑誌の最新号は貸さないから、その延長と考えれば抵抗がないのかなあと、個人的には思いました。

文庫の話から、今の出版業界や世間の風潮にまで及び、「世の中はハウツー本で溢れている。そして、世の中はハウツー本のようにはいかないからクレーム社会になっていく。人は、立ち止まり、悩まなければ、自分で考え選択する力は育たない。図書館は本当に知の拠点になっているのか?」。館長のお話は深く、出版文化を守る話から日本の教育まで発展し、興味深く拝聴しました。何より、立場を超えて、今の図書館職員の待遇を改善したい想いに、強くこころ打たれました。

次回の開催は、忙しい期末を避けて調整したいとのことでした。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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