多古光湿原保全会のWikipedia編集勉強会
図書館つれづれ [第90回]
2021年11月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

ことの発端は、友人が2021年 5月、この地にしか生育しないカヤツリグサ科の「ムジナクグ」をWikipediaに書くべく写真を撮るために、千葉県横芝光町のふれあい坂田池公園の湿性植物園(注1)を訪れたことから始まりました。現地でたまたま声掛けをしたのが、多古光(たこひかり)湿原保全会の市原通雄さんだったのです。その後、友人は度々この地を訪れ、話はひょんな方向に向かい、7月にWikipediaの内輪の編集勉強会を行うことになりました。勉強会の会場には横芝光町立図書館に協力をいただきました。今回は、多古町の議員や町おこし協力隊の皆さんも加えての、その勉強会の顛末の報告です。

多古光湿原保全会

千葉県北東部の栗山川流域の香取郡多古町と山武郡横芝光町にまたがる多古光湿原は、近年まで屋根葺き替えの葦(ヨシ)の供給源として利用されていました。湿原のハンノキは共有地の地権の境界木として利用され、細長く切り分けられた地権は、耕作地などへの転用を防ぐ住民の知恵でもありました。1990年ごろを境に茅屋根の需要が減少し、2009年には文化財の修復などわずかな需要を頼りに従事してきた最後の農家が刈り取りを止めました。その後、保全会では冬季に周辺住民の協力を得ながら一部ではありますが木本類の繁茂を抑制するための刈り取り作業を行っております。現在24haの面積も、かつてはその数倍あったのだそうです。

多古光湿原は、世界で唯一のムジナクグのほかにも保護上重要な野生生物や植物が存在しています。友人に誘われ最初に伺った6月には、ミズチドリやノハナショウブなどの花のほかに、ミドリシジミやたくさんの蜻蛉を観察しました。

7月の訪問の目的の一つはコオニユリの観察で、多古光湿原保全会(注2)(以下、保全会)の方の案内で無事に見ることができました。(2021.7.25 撮影)

保全会は、平山堯望会長のもと、市原さんや理学博士の谷城勝弘さん、昆虫に詳しい伊藤敏仁さん、中池幸子さんなどが、大切な宝物を後世に残すべく調査や保全活動をされています。郷土を広く知ってもらうためにもWikipediaに記録を残してはと提案し、今回の内輪の勉強会が実現しました。余談ですが、前回伺ったときに、保全会の皆さんがそれぞれの得意分野で談義している姿は、まるで往年の子どものような微笑ましい光景でした。幾つになっても夢中になることがあるって素敵です。

多古町町地域おこし協力隊

今回の勉強会の参加者に、数日前に発令を受けたばかりという「地域おこし協力隊」の小西直樹さんと鈴木咲希さんがいました。小西さんは以前NPO法人で働いていた方で、お米のおいしさと多古町の自然に惹かれ移住してきたのだそうです。鈴木咲希さんは、スペイン語が得意で、在ボリビア日本国大使館での在外公館派遣員だったという経歴の持ち主です。ボリビアで生活する中で、南米の子どもたちが将来自由に夢や選択肢を持てるような世界にするために南米の社会問題の解決に貢献したい目標を立て、スキルや知識を勉強するために選んだのが、「地域おこし協力隊」でした。

地域おこし協力隊の活動には、多古町の特産品の流通ルートの拡大と特産品の開発、空き家のリノベーションや移住者の受け入れ活動、地域の活性化につながる活動の企画、SNSでの町の情報発信などがあります。何かの役に立つのではと参加してくれました。

その他にも、多古町の議員で「多古城郭保存活用会」のメンバーでもある高坂恭子氏も町の情報発信につながればと参加してくれました。多古町は志摩城址をはじめ多くの城址がある面白い地域なので、高坂さんは秘かに「ブラタモリ」が多古町を採り上げてくれるのを狙っています。

Wikipediaの運営について

Wikipedia編集勉強会には、Wikipediaの編集者が二人も参加してくれました。そのうち一人はWikipediaの管理者をしている方です。Wikipediaは誰でも編集することができますが、そのコミュニティを運営するために、ボランティアをしてくれている人がいます。精度を保つために日夜パトロールしている善意の編集者は、「妖精さん」と呼ばれているのだそうな。日本に40人ほどいるWikipediaの管理者の主な仕事は、記事を荒らしてくる人を制止させたり、著作権違反をしてしまった記事を削除したり(削除者・管理者)するのが主なミッションだそうです。管理者に立候補するためには、記事の投稿数などの一定の基準があるとのこと。全員が集まって決めるのではなく、Web上の投票で決め、罷免の制度もあるんだとか。システム上の作業ができるということもありますが、普段は普通のWikipedia編集者と同じで、管理者だからといって報酬はありません。記事を書くために全国を訪ねるパワーに唖然とする私ですが、彼らに言わせると、「Wikipedia編集は、魚釣りやゴルフと同じ趣味」なんだそうな。でも、人のために役に立つという裏付けが、大きな力になっているように感じました。

Wikipedia編集勉強会とその感想

開催にあたっては、横芝光町立図書館の加瀬直子さんに、たくさんの資料を用意いただき、勉強会にも参加いただきました。

勉強会の最初の30分でWikipedia編集の概要を説明し、編集作業に入りました。当日編集した記事は、乾草沼(ひぐさぬま)(注3)、多古光湿原(注4)、栗山川(注5)の3つです。乾草沼は、横芝光町の図書館のすぐ近くにある湿原です。今回は新規の記事はなく、出典や記事の補足を行いました。

この勉強会を企画するにあたって、「実現するといいな」と考えていたのは、保全会の皆さんがこれまで撮られた数々の写真の共有です。それらの写真をWikimedia Commonsにアップしていただき、人の目に留まるだけでなく、全世界で利用できる共有財産になることを知っていただくことでした。併せて皆さんの知識を、資料を活用しながら、Wikipediaに投入するのが目的でした。13時から16時までという短い時間でしたが、幾つか出典や記事の補足ができました。

後日、皆さんの感想をお聴きしました。

  • 多古町で活動を始めて4日目でした。初めての協力隊らしい活動といっても過言ではないかもしれません。予備知識どころか一般的な知識も持たず参加しました。多古光湿原の観察会は新たな多古町の魅力を知るきっかけになりました。その反面、地域おこし協力隊として自分に何ができるか、どうやったら外に発信することができるかという課題も見つけることができました。Wikipedia勉強会は、今まで自分の生活に馴染んできたものの裏側を知ることができた気がして、新しい知識を得ることの楽しさを久しぶりに感じました。Wikipediaの知名度を利用して多古町のことを外に発信するために頑張ります。
  • コオニユリの群生は大変見事で感動的でした。はじめは、想像以上に草や茅がしげっていたのに圧倒され、いったん中に入るともう向こう側が見えないことに正直言って驚きました。過去に北海道の釧路湿原や尾瀬に行ったことがあり木道を歩いて散策しながら湿原を満喫した記憶があったのですが、あれらは相当に整備していたんだなと今更ながら感じました。しかし、どこまで人の手を入れるのがベストなのかは検討すべきと考えております。個人的には早くドローンで、湿原の全体像がどうなっているのかを空撮して見てみたいと思っています。
  • Wikipediaは、誰でも気軽に閲覧できて便利な機能ですが、しっかりと裏付けのある資料の存在と責任感の重要性を学ぶことができました。また、多くの方に知っていただくきっかけとなるように努力してまいります。
  • 普段、何気なく利用していたWikipediaの裏に地道な努力があり、そのおかげで私たちは容易にあらゆる知識を手に入れることができるのだと初めて知りました。また、普段利用しているWikipediaを、誰もが編集できることも初めて知りました。けれど、決して簡単なものではなく、わずか2~3行の文章を追記しようとしても、元となる文献の調査や、入念な確認や読み手の立場に立った文章作成も必要ですし、実際にやってみなければ分からないことを色々と学ばせていただきました。勉強会後は、違った目線でWikipediaを利用できています。
  • 多古町都市計画マスタープランに「多古光湿原は、貴重な植物等の生育が確認されているため、地権者意向に配慮しながら保全を検討します。」の一節が掲載されています。簡単なことではありませんが、新型コロナウイルス感染症の状況を見つつ、その重要性を発信して町民の方にも開かれた観察会及び編集会がいつかできたらと考えております。
  • Wikipediaは、いつも見るサイトの一つで、自分達でページを編集することができるということに驚き勉強してみたいと思いました。図書館として、町の歴史や自然、文化など世界に発信できるツールとしてWikipediaは有効だと思います。地域資料や新聞記事など地域情報は、収集しているのでうまく活用できたらもっと良いと思います。当図書館は、まだWi-Fi環境が整っていないため、今回はレンタルWi-Fiを用意していただき開催できたので、若者を呼び込むためにも環境整備は今後の課題だと思いました。

Wikipedia編集勉強会を終えて

ドローンで湿原全体を空撮するなんて、若い方の発想は素晴らしいです。空撮が実現したら、町のホームページやWikipediaも編集できるといいですね。

Wikipediaの管理者からは、当日観察した昆虫などはWikipediaに記事がないので、新規の記事として編集するという活動もされてみてはなど、さっそく提案がありました。これを機に、多古町や横芝光町の郷土の見直しの一端に、図書館が役割を担うことができればいいなあと思っています。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

上へ戻る