ICT&デザインをフルに活かした「未来の図書館」を考えるセミナーから
図書館つれづれ [第101回]
2022年10月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

2022年6月に開催されたNew Education Expo 2022の、「withコロナ時代にふさわしい、ICT&デザインをフルに活かした『未来の図書館』を考える!」と題したセミナーに参加してきました。講師はargの李明喜氏。明治学院大学でメディア実践論やデジタルアート論を教える、空間デザインやコミュニケーションデザインを手がける方です。李さんの話を記事にと、以前から挑戦していたものの、なかなか手が出せませんでした。今回も冒頭の「ICT&デザイン」から意味がわかりません。ICTとは「Information and Communication Technology」の略称で、スマートフォンやインターネットなどの情報の通信技術のことだそうです。うまく書けるか心もとない限りですが、私が理解できた範囲ということでお許しください。

デザインの実践

1990年代後半から、新しい働き方や働く環境の変化が生まれ、お茶を飲む場所としてのカフェも、ギャラリーやコワーキングなどのコンセプトを持つようになっていったそうです。李さんが場所やプログラムのデザインを手がけた、銀行によるパブリックスペースとしてのコミュニティ/ライブラリー/ギャラリーを一体化したd-labo(2007年)や、人の動向を動画で示すネットワーク/コミュニケーション/都市を一体化したpingpongプロジェクト(2009年~2011年)が紹介されました。pingpongとは「動く地図」。人々が携帯端末で発信する言語情報をWeb上でリアルタイムに取得し、地図と組み合わせることで「いま・ここ」で行われている行為を可視化するシステムです。人間の行動がインターネットを通じてどんどん蓄積されるようになったことで、人々の行動のパターンが可視化され、抽出したデータを空間デザインに活かす研究の先駆けとなりました。さらに、高校生など若い世代の居場所をデザインした、須賀川市民交流センターtette(2019年開館)や、私もまだ伺っていない東京都瑞穂町図書館(2022年ニューアルオープン)など、2つの実例以外にも多岐にわたる実践報告がありました。特に、元国立国会図書館館長の故長尾真先生との出会いは,李さんに大きな影響を与えたといいます。興味のある方は、雑誌『LRG』第20号、第24号、第27号、第32号をお読みください。

デジタル化DXの動向

新しい公共では、何をデザインし、何をつくっていくのか。冒頭に、「みなさんはもちろんお読みですよね?」と念押しされた、2021年に出されたデジタル庁の「デジタル社会の実現に向けた重点計画(注1)」。もちろん私は読んでいませんでした。DXとは、Digital Transformationの略語で、デジタル技術を用いることで、生活やビジネスが変容していくことをいうのだそうな(本当に横文字多すぎ!)。重点計画では、デジタルの活用により一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せを実現するために、以下の6つの分野での施策を掲げています。

  • デジタル化による成長戦略
  • 医療・教育・防災・こどもなどの準公共分野での一人ひとりの暮らしのデジタル化
  • デジタル化による地域の活性化
  • 誰一人取り残されないデジタル社会
  • デジタル人材の育成・確保
  • DEFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通のこと)の推進をはじめとする国際戦略

インフラの整備、マイナンバーカードの普及、テレワークの普及などのもと、施策が掲げられていますが、人材育成一つとってもどうやって実現するのか今一つわかりません。けれど、実現する社会を目指すのに重要な成功の鍵は、「創造性」と「多様性」なんだそうです。「空間」、「時間」、「世代」と「つなげる図書館」をプロデュースするシステムは、以下の4つ。

  • 人と地域をつなげる
  • 本と人をつなげる
  • 人と情報をつなげる
  • 本と情報をつなげる

デジタル化・DXはなぜうまくいかないのか

学校教育で話題のGIGAスクール構想はうまくいっているのか? うまくいっていないとしたら何故うまくいかないのかの問いをSAMR(セイマー)モデルで示しました。SAMRモデル(注2)とは、ICT活用レベルをフェーズに合わせて示したモデルをいいます。

例えば、タブレット端末を例にすると、

1 Substitution
(代替)
紙のプリントをPDFに変換して生徒端末に配信。 効率化
2 Augmentation
(増強)
iPadに配信された教材に生徒が回答したり、自分の考えを入力して返答する。先生はそれを集約し、ピックアップして教室で共有する。
3 Modification
(変容)
先生は、さらに生徒に考えさせる時間を確保するために、事前に教材や情報を配信したり、生徒同士の学び合いが起こりやすいような設計を行う。 価値創造
4 Redefinition
(再定義)
先生が一方的に情報を与えるのではなく、生徒にいかに考えさせることが大事かという本質に気付く。空間的、時間的にとらわれない授業を再設計する。

代替や補強は、拡大や拡張の単なるデータの強化に過ぎず、変容や再定義をして新たな環境空間をデザインするのが、価値創造になるとのこと。再定義は、デジタルだけではなく、「リアルとデジタルが一体化した環境」と「人々の行動、思考、感情」の関係からなる総体が再定義されます。現状取り組めている「効率化」は単なるデジタル化で、リアルとデジタルを一体的にした新たな環境のデザイン「価値創造」がなければ、効率化も意味がないとのこと。そのためには、体験のデザイン、市民中心のデザインが必要で、相互的コミュニケーションの経験が、地域環境における協働・共創の重要な資源になるのだそうです。

とはいえコロナ禍によって、リアルなコミュニケーションが途絶え、現在の情報環境が相互作用を生み出すものになっていないことが明らかになりました。新たに構成される情報のあり方は、まちに暮らす人々が他者や社会との相互関係にあること。図書館をつくるということは単に建物をつくるということではなく、図書館づくりはまちづくりであり、まちづくりは図書館づくりという視野から新しい公共のデザインを考えます。

市民中心の体験のデザイン

学び合いから新しい価値を創造し、アイデアを形にする「信州・学び創造ラボ(注3)」が紹介されました。ラボでは、ワークショップも盛んです。ワークショップは、ただ一方的に意見を主張する場でも、あらかじめ定められた結論の合意の場でもありません。コラボレーション(協働・協同)によってアイデアを創り出す場。利用者一人ひとりが空間づくりや場の運営に、主体的に参加するプロセス重視の場です。エクスペリエンスマップ(利用者が場やサービスを利用する上での一連の行動の流れ)やタッチポイント(図書館の場合はサービスに対しての印象や感情を変えうるあらゆる相互作用のこと。顧客接点)を出しながら、問題点や改善点を探していきます。DXデザインプロセスの目標は、地域のこれまでの蓄積を活かし、市民の活動領域全体としてのつながりをもち、「つくる」「運営する」「利用する」が一体となった施設です。

未来の図書館をつくる

新しい社会の実現として2021年6月、日本橋にオープンしたデジタルとリアルがつながる「分身ロボットカフェDAWN21(注4)」が紹介されました。障がいや何らかの理由で外出困難である従業員が、分身ロボットを遠隔操作し、サービスを提供している新しいカフェです。ロボットというと、人の仕事を取り上げるイメージが強いのですが、テクノロジーによって、人々の新しい社会参加の実現も可能になります。ロボットがいるからコミュニケーションが起きる。そんな技術を図書館につなげて考える価値があるのではとの提言でした。

おりしも、国立国会図書館ビジョン2021-2025 -国立国会図書館のデジタルシフト-(注5)が策定されました。予測不可能で不確実な時代だからこそ、情報へのアクセスを支える図書館の重要性が高まっています。これまでの図書館は「建築+ソフト」だったところが、今後の公共図書館は、「建築+?+?…」と、あらゆる空間と結びつくことが可能になるといいます。社会的インフラとしての図書館の可能性を最大化するためにも、「創造性」と「多様性」が大事。「参考事例を見るのはやめよう! 図書館の中だけで考えているのはダメ!」と、ダメ押しをされて講演は終わりました。

分身ロボットカフェDAWN21に行ってみて

セミナーの後、友人と分身ロボットカフェに行ってきました。「技術の進歩は、人を幸せにするためにあるもの」のコンセプトで技術開発した方は、引きこもりの経験者。接客を担当するのは、oriHimeパイロットです。見た目はロボットだけど遠隔操作しているのは人間です。離れた場所にいても、目の前の私たちと話せる分身ロボットは、オンラインよりも格段にリアルに対話できているという体感でした。「電話と何が違うの?」とか、「Zoomと同じでは?」とも思ったけれど、分身のパイロットは、人と話している実感が違うのだそうな。身体は動かなくても、「自分は誰かの役に立っている」と感じたり「孤独」から救われたといいます。

心理学では、人と話すときのやりとり情報には、以下のルールがあるといいます。

「メラビアンの法則」=言語情報(7%)+聴覚情報(38%)+視覚情報(55%)。

パイロットには、目と目の間のカメラで私たちの姿は見えますが、分身パイロットの情報はごくわずかです。顔は、数色に変わる、見ている人が自由に表情を想像できる能面のようなアーモンド形の目のみ。行動はせいぜい、握手・手を振る・手を腰に置く表現程度。その先に遠隔操縦する分身の人がいて、人の動きや表情を再現するよりも、能舞台のように想像してもらうコミュニケーション。視覚や聴覚やリアルコミュニケーションにとらわれず、今までの価値観を一度崩してみるのもありかなあと思いました。店内で、案内したりお水を運ぶ分身ロボットもいます。基本は決められたルートを動きますが、分身が自分の意思で離脱して近づいてくることも可能で、車の運転に近いものを感じました。気になる方は是非立ち寄ってみてください。これらの技術が、「どうぞ人を幸せにするために」とも願ったのでした。

2022年6月に東京 有明の東京ビッグサイトで開催された自治体・公共Week 2022にも行ってきました。セミナーで話されていたDXが花盛りでした。近い将来に私たちの生活は一変するかもしれません。これを機に、自分のまわりでどんなデザインができるのか、話し合ってみるのもよいかもしれません。

追伸:

オリィ研究所が、オーストリアのリンツで開催される芸術・先端技術・文化の祭典でメディアアートの世界的なイベントである「#ArsElectronica」にて最優秀賞であるゴールデンニカ賞を受賞!(注6)を友人が知らせてくれました。

アルスエレクトロニカはメディアアート界最大の祭典で、元々メディアアートをやっていた李さんにとっては身近なフェスティバルだそうです。何度かリンツを訪れたこともあり、メディアアートに関わりの深いデザイナーとして、ある雑誌の企画で取材者として参加したこともあるそうで、李さんはことのほか喜んでいました。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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