「没後10年 詩と映画と人生 杉山平一と尼崎」ミニ展示
図書館つれづれ [第108回]
2023年5月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

兵庫県尼崎市立中央図書館が歴史博物館と連携して、2022年9月30日から12月18日まで「没後10年 詩と映画と人生 杉山平一と尼崎」というミニ展示を開催していることを知人のSNSで知りました。杉山平一氏がどんな方かも知らなかったのですが、知人のお父様は杉山氏と高校の同級生で、お母様は詩人仲間と聞き、興味がわいてきました。2022年秋に関西を訪ねたついでにミニ展示を拝見してきました。これぞ図書館の仕事と思えた力作を今回は紹介します。

杉山平一

杉山平一は、1914(大正3)年生まれの詩人・映画評論家。旧制松江高校時代に詩と映画に目覚め、三好達治や花森安治とも交流があった方だそうです。父親の興一は三菱電機株式会社の前身である会社に勤めた後に独立し、尼崎精工株式会社を設立。多いときは3,000人以上の従業員を抱え、職にあぶれていた西陣で着物を織っていたろうあ者を100名以上雇用する先進的な会社だったそうな。父親の会社を父とともに経営しますが、太平洋戦争や戦後の社会変化の中、資金繰りや労働組合との折衝など苦難の末に会社は倒産。以降は、大学の教鞭や映画評論などの文筆の仕事で生計を立てていたそうです。

晩年は宝塚市に住まわれていて、自分の記事が掲載されている新聞記事のコピーを取りに図書館に来られていたようで、「声をかけたことはないけれど」と、後日、宝塚市立図書館の職員にお聞きしました。

ミニ展示までのいきさつ

担当の伊東琴子氏は会計年度任用職員です。以前は大学図書館で働いていましたが、4年ほど前に縁あって尼崎市立中央図書館で働くことになりました。杉山平一のことは以前から知っていて、詩集を愛読していました。

そんな伊東氏があるとき、歴史博物館に遺族から杉山平一に関わるアルバムが寄贈されたことを新聞で目にしました。一方、図書館では「としょかんNOW」という図書館便りを月に一度発行しています。2022年10月1日発行がNo.376ということから、歴史の古さを感じますね。図書館便りには、奉仕担当係長の提案で「尼崎と作家たち」の記事を連載することになりました。ちなみに、No.377の「第33回尼崎と作家たち」の欄には、松尾諭著『拾われた男』が紹介されていました。連載を立ち上げた伊東氏は、当初から「杉山平一さんのこともこの連載にいつか取り上げられるな」と思っていたそうです。やがてその想いはミニ展示へと発展し、打ち合わせの席で採用されることになりました。こうして、限られた予算の中で、歴史博物館との連携も交渉し、企画から実現まで1年近くの時間を経て、ミニ展示が実現したのです。

尼崎市立図書館は兵庫県下で2番目に古い図書館ですが、非正規雇用の職員にも各種の研修情報を周知し、受講を推奨しています。伊東氏が受講したデザイン研修が、図書館だよりやミニ展示の制作に、とても役に立ったと話されていました。業務が忙しいと研修に行く時間を作るのは大変ですが、InputがあればこそのOutputと感じました。

「没後10年 詩と映画と人生 杉山平一と尼崎」ミニ展示。

まずは、展示の全貌を見てもらいましょう。

壁面には、杉山平一の肖像と略歴の他に、主な著作一覧表、Excelで作成された略年表に参考文献。さらに、尼崎精工のアルバム写真や「四季」「キネマ旬報」の写真に、Wordで説明を加えた素晴らしい力作が展示されていました。

ガラスケースの中には歴史博物館からお借りした数々。尼崎精工のアルバムには会社の慰安会や工場の風景などが映されていて、当時の様子がうかがえます。尼崎商工会議所が発行した会員名簿(1950年)や尼崎商工年鑑(1948年)など図書館所蔵の貴重な資料もありました。

紹介されていた著作の内、『わが敗走』と『希望』を相互貸借で読んでみました。

『わが敗走』は、盛時には3,000人の従業員がいた父とともに経営していた工場が、太平洋戦争やジェーン台風などの被害によって、度重なる資金繰りに行き詰まり、給料の遅延に組合との抗争、資金繰りのためにばらまかれる空手形に電車賃にも事欠く敗走が克明に描かれていて、やるせないことしきり。この人は、どこかで人生の選択を間違ったのかなあと思うほど切なく胸が苦しい自伝エッセイでした。一方、晩年97歳で出版した東日本大震災への祈りの詩集『希望』は、人生の苦しみにまっすぐに届く、ユーモアいっぱいの言葉で満ちあふれていています。

地域を掘り起こすことの意味

図書館には、さまざまな役割があります。地域の文化継承はその大事な役目の一つ。尼崎を「第2の故郷」と呼んだ杉山平一のことを深く掘り起こし、地域の皆さんに知ってもらうこの企画は、まさに地域に根差した図書館の本来の姿なのではと感じました。これだけの力作、没にすることなく、デジタルアーカイブなど何らかの形で残してもらえたらなあとも感じました。

余談ですが、先日知人が実家に帰った際に、神戸新聞の正平調(朝日新聞の天声人語のようなコラム)2022年12月11日のミニ展示のことを紹介している記事を切り抜いてお母様に見せたそうです。お母様は「杉山平一さんの詩はいいからね~♪」と、たいへん喜んでくれたとか。なんだかホッコリする話で、皆さんと共有したくなった次第です。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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