住み慣れた地域で末永く暮らしていけるシステム。それが「柏モデル」

超高齢社会に突入したいま、各自治体で進められている「地域包括ケアシステム」を含めた高齢者対策。柏市(千葉県)は、市内にある団地の建物の老朽化による建て替えをきっかけに、住民が住み慣れた地域で自分らしく暮らせるためのシステムの確立をめざした。

いまではそのシステムは「柏モデル」と呼ばれ、全国の自治体などから毎日のように視察団が押し寄せる。全国の先端をひた走る「柏モデル」とはどのようなものなのか。その神髄に迫った。

65歳の高齢化率40%超の団地再生をきっかけに新たなまちづくりに着手

「柏モデル」のそもそものきっかけは何だったのですか?

柏市は東京のベッドタウンとして発展し、戦後数万人だった人口はいまでは約42万人です。豊四季台団地は昭和39年から入居が開始されました。65歳以上の高齢化率は柏市全体が20%ほどですが、豊四季台団地では40%を超えていました。

建物の老朽化が激しくなったため、平成16年から建て替え事業がスタートし、平成21年6月に発足したのが『柏市豊四季台地域高齢社会総合研究会』です。これは柏市のほか、東京大学高齢社会総合研究機構(以下、東大)、都市再生機構(UR)の三者で立ち上げたものです。

高齢化率が極めて高い豊四季台団地は、十数年後の大都市近郊の姿でもあります。豊四季台団地の問題に取り組むことは、将来の日本の問題の解決にもつながるだろうと、三者で協定を結び、新たなまちづくりに着手することになりました。

柏市
保健福祉部 福祉政策課長
吉田 みどり(よしだ みどり)氏

どのようなまちづくりを目指したのですか。

研究会が掲げたのは「Aging in Place」。すなわち「住み慣れた地域で自分らしく生きること」です。しかし、その実現のためにはふたつの問題がありました。

ひとつは病床数です。柏市は全国平均と比べると人口あたりの病床数が少なく、ベッドの稼働率も高い。高齢化にともなって、2030年には入院患者が1.4倍に増加するといわれており、病床不足の深刻化は目に見えていました。

もうひとつの大きな問題は住民の地域とのかかわり方。柏市は高度経済成長期に急激に人口が流入した新しいまちで、職場も都内という方が多いので、地域につながりをもっていない方が非常に多い。そうした方々が定年退職を迎え、いざ地域に根づこうとしたときに、地域との関係が薄いために孤立するおそれがありました。

具体的にはどういった方針を掲げたのですか。

豊四季台団地の住民の方々の意見を聞くために定例会を実施し、それらを参考にして大きくふたつの方針を掲げました。ひとつは「地域包括ケアシステムの具現化」、もうひとつは「生きがい就労の創成」です。高齢者にとって「就労」はそれまで慣れ親しんだものですから、就労の形であればそれをきっかけに地域に溶け込めるだろうという狙いです。

地域包括ケアシステムの柱は「在宅医療」です。この実現のためには、「かかりつけ医」の存在が欠かせません。そこで、医師会に働きかけ、診療所の先生方に研修会を何度も行って理解を得てきました。また、在宅医療は医師だけでできるものではなく、訪問看護師・理学療法士・作業療法士・歯科医師・ケアマネジャーなどほかの職種との連携が非常に大事です。

そこで、「顔の見える関係会議」というワークショップを重ねて、意見交換や勉強会を積極的に進めました。その結果、徐々に「みんなでやっていこう!」という連携の機運が高まっていきました。当初の取り組みは豊四季台団地周辺の関係者に協力を得ていましたが、平成24年からは市内全域の取り組みに広げました。

「かかりつけ医」をしてくれる診療所はどれくらい増えたのですか。

平成22年、市内の在宅療養を行ってくれる診療所(※在宅療養支援診療所)は市内で14ヵ所でしたが、平成24年には20と増え、平成28年には32ヵ所にまでなりました。ちなみに訪問看護ステーションは、平成23年の11ヵ所から平成28年には27ヵ所にまでなっています。

訪問看護ステーションが増えたのはなにが要因ですか。

補助金を活用しました。当初は訪問看護師をひとり採用すると補助金を出すという方針だったものの、すぐに辞めてしまうといった問題がありました。

そこで、常勤換算1名増員という条件は変えずに、その結果として、夜間対応や緊急対応ができる体制が整ったかなど、「質」が上がったことを評価することにしました。結果として、訪問看護ステーションの大規模化が進み、人が多いので夜間対応などの質がさらに高まるという好循環が生まれました。

拠点となる事務局も設置されましたね。

豊四季台団地内に「柏地域医療連携センター」をつくりました。

病院から退院されても、地域にかかりつけ医がいなかったり、訪問診療の内容がよくわからない、退院後の生活のイメージがわかない、などの場合に、退院元の病院やケアマネジャー、患者さんご本人・ご家族などから相談を受け、訪問医の紹介や関係機関につなぐなど、専任の相談員が対応をしています。

「生きがい就労」はどのようなものなのですか。

先ほども言いましたが、柏市は高度経済成長期にベッドタウンとして発展したまちで、都内で働く団塊の世代の市民が多く暮らしています。この方々が仕事をリタイアしたあと、戻ってきた地域でどのような形で知識や経験を活かして活躍していただけるかを解決する方法のひとつとして「生きがい就労」を進めてきました。

具体的には、市内のシルバー人材センターと連携して、ジョブコーディネーターを新規に配置して、本人と事業者の両方の希望に即したマッチングを実施。その後、これをさらに発展させて、「柏市セカンドライフネットワーク会議」から現在は「柏市生涯現役促進協議会」と名称を変え、就労だけでなく、ボランティアや趣味などの地域の活動の情報も一緒に提供し、コーディネート力のある高齢者に仕事の開拓と相談窓口業務をしてもらうという活動もしています。これによって地元での就職やボランティアに参加している高齢者はかなりの数にのぼっています。

住み慣れた地域で往生できる“地産地往生”のできるまちに

「生活支援サービス」と「介護予防」にも取り組んでいますね。

生活支援サービスは平成27年からスタートしたもので、プロの事業者だけではなく、地域住民がみんなで地域を支えていこうというものです。社会福祉協議会が下支えをする形にして、支え合い推進員を中心に「支え合い会議」を市内の20ヵ所で立ち上げました。地域の課題を把握して、解決していこうという取り組みです。

介護予防は、「フレイル(虚弱)予防」として東大の飯島勝矢教授が65歳以上の柏市民の健康調査を行った結果から開発したフレイルチェックシートを活用しています。これはボランティアを募って市民サポーターを養成し、その方々の手でフレイルチェック講座活動を行っています。市民の手による予防活動となっています。

在宅医療を進めたなかでも、もっとも変わったことはなんでしょうか。

在宅療養が可能となり、結果として自宅での看取りの比率が圧倒的に増えたことです。平成22年に柏市内の医師が看取れたのは50%弱でしたが、その後、毎年のように増え続け、平成26年は80%強となりました。地産地消ではありませんが、地域の医師の支援によって住み慣れた場所で往生できる体制が整ってきたわけです。

すごい成果ですね。在宅医療を進めるポイントはなんでしょうか。

医師会と行政が両輪で動けていることだと思います。とくに在宅医療を推進する部署はほかの事業とかけもちではなく、専属の部署で動き、人員も10人と手厚くなっています。このことはとても重要だと考えています。研修会や会議は実施することが目的になりがちですが、関係機関と課題を共有したり、評価を行いフィードバックし、次の施策につなげるなどのサイクルをしっかり回すことができたのは、専任の部署で、関係団体とも時間をかけて向き合って調整ができたからだと思います。

在宅医療を進めるにあたって、住民はスムーズに受け入れてくれましたか。

最初のころは、市民のなかに「調査でいいように利用されるだけではないのか」という意識があるように感じました。しかし、在宅医療の重要性を知ってもらうべく、町会長や民生委員の方など、地域のステークホルダーの人たちに積極的に会い、市内の20ヵ所以上を説明して歩き、会議があればできるだけ参加するようにしました。それだけでも2、3年費やしました。いまでは民生委員を介して連携センターに相談がくるようにまでなりました。

今後の展望を教えてください。

協定の締結は来年5月で終了しますが、8年の成果をしっかりと介護保険計画に落とし込んで、モデル事業だったものを市の事業として定着させることを目指しています。東大、URとも協力関係は続けていきたいと思っています。「市民の満足、幸せのため」という軸は、今後もしっかりともっていきたいですね。

柏市

  • 人口:41万9,762人(平成29年5月1日現在)
  • 世帯数:18万1,431世帯(平成29年5月1日現在)
  • 予算規模:2,351億5,500万円(平成29年度当初)
  • 面積:114.74 km2
  • 概要
    千葉県の北西部に位置する。鉄道は都心から放射状に常磐線及びつくばエクスプレスが、南北には東武アーバンパークラインが通る。道路は、首都圏の放射・環状両方向の交通幹線の交差部に位置する交通の要衝。下総台地の広い台地上を中心に、市街地や里山が形成されている。低地では、干拓事業や治水事業なども進められ、まとまった農地などになっている。Jリーグ柏レイソルのホームタウンで、東京大学柏キャンパス、気象大学校、慈恵医大附属柏病院などもある。