病院独自の接遇文化を築く
~医療者の自発的行動を引き出すために~
医療接遇から考える、患者さんに選ばれるより良い病院のあり方(第4回)
2014年9月

執筆者:医療接遇コミュニケーションコンサルタント/薬剤師
株式会社スマイル・ガーデン
代表取締役 村尾 孝子(むらお たかこ)氏

3回にわたり様々な観点から医療接遇について述べてきました。
最終回の今回は、医療接遇を病院文化として定着させるまでを考えていきます。

「おもてなしの心」が伝わる病院へ
 ~医療接遇は病院の使命~

これまで繰り返し述べてきたとおり、患者さんは病気を治してもらうために病院を訪れますが、同時に心のケアも求めています。患者さんが人と人との触れ合いや人の温もりを感じる医療空間を希望している以上、医療接遇は病院の使命とも言えます。

病院を訪れる全ての人におもてなしの心が伝わる病院へ。そのためには、それにふさわしい医療人を育てなければなりません。心からのおもてなしが出来る医療人が増えるごとに、おのずと患者さんに選ばれる良い病院になっていくのです。

全医療者が同じベクトルを共有するために
 ~職員を巻き込む積極的な取り組みと熱意を継続する~

いざ現場を振り返ると、ほとんどの職員は出来ているが一部はなかなか・・・という病院もあることでしょう。実際、多職種が協働する病院で全職員が同じベクトルを共有し医療接遇を実践する状況を作るには、相応の時間と労力を必要とします。

医療接遇がすでに定着している病院でも、それは時間をかけて根気強く接遇向上に取り組んできた結果なのです。接遇委員会を設置し、接遇委員を任命したら完成、ということでは決してありません。職員を巻き込む積極的な取り組みと組織を作りかえるくらいの熱意を継続させてこその接遇文化の定着です。

病院の接遇文化の定着には、全職員が一体となって接遇向上に取り組むことに加えて、人の心や痛みを理解できる医療人の育成が欠かせません。

接遇意識を高める人材育成のポイント
 ~成功体験を職場全体で共有する~

すでに医療接遇が実践できている病院、また、全体としてはもう少し・・・という病院のどちらの場合でも、職員の自発的行動を促すために取り組んでいただきたい「接遇意識を高める人材育成のポイント」を3つご紹介します。

1. 個人の体験を職場全体で共有する

院内で実際に経験した嬉しいことや成功体験を職場内で共有し合う。こんな声掛けをしたら患者さんが喜んでくれた、こういう状況で手を差し伸べたら患者さんが安心して検査を受けてくれた、といった接遇にまつわる体験談を医療者間でシェアし合うのです。

個人の体験が職場全体の動機づけになり、嬉しい、楽しい、励みになる、というような感情が職員の心に響きます。職場での物語は成功体験が少ない職員にも訴える力を持つため、アイコンタクトや声掛け等の小さな行動の意味も理解できるようになっていきます。他者の成功体験は個々の記憶に残り、同じような状況になった時に自発的に行動するきっかけにもなります。

共有する場としては、全体または部署ごとの朝礼や終礼等が効果的です。この際、階層別よりも全階層が一緒に、職種別ではなく多職種で共有すると、自分とは異なる立場や職種の見方・感じ方に気付くことができるため、大変効果があります。

2. 否定しない

共有する場では、発言者に対する否定的な意見は控えます。否定されると人は誰でも次から意見を言いたくなくなるものです。意見が活発に出る雰囲気づくりは必須です。

小さな成功体験を同僚が認めてくれれば、またやってみようか、と思うきっかけになります。人の価値観は簡単には変えられませんが、接遇をやりがいがあること、楽しいことと感じられるようになれば自発的行動が自然に増えていきます。

3. 押し付けない

接遇は人から言われて行うものではありません。医療者が自分で考え行動してこそ、患者さんの心に響きます。「○○してください」と頭ごなしに押し付けることは、接遇に対する否定的消極的な考えを強めてしまうかもしれません。心の底から理解できるまで、自発的にやる気を引き出す努力を重ねることです。

また、接遇に否定的な職員にかぎって同僚や上司の行動をよく見ているものです。管理者や幹部が自ら率先して手本を見せるつもりで患者さん応対を行う。リーダーの率先垂範こそが何より重要です。

接遇文化が定着するまで
 ~意識を無意識まで落とし込む~

挨拶を意識しながら行っている場合、例えば忙しさや体調不良・トラブル等の状況では、意識し忘れてしまい挨拶ができないことがあります。私たちの日常は、意識的に感じたり行動する顕在意識が1~3%、残り97~99%は無意識(潜在意識)で行われると言われています。

歯を磨く手順を思い出さずとも自然に出来るように、毎日意識し続けて身体が覚えてしまえば、意識せずにいつでも相手を思いやる行動ができるようになります。意識を無意識まで落とし込む。自然にあふれ出るおもてなしの心は、努力や訓練の賜物なのです。

病院独自の接遇文化を築くために
 ~患者さんの要望を素直に受けとめ分析する~

病院にはそれぞれの地域での使命や歴史があります。接遇もそれぞれの病院の特徴に合わせて築かれる病院の文化です。患者層・疾患の特徴などから、それぞれの病院に求められる接遇の形は異なります。病院独自の接遇文化を築くためには、訪れてくださる患者さんからの要望を素直に受けとめ、何を求められているのか分析することが大切です。

研修先のある院長は患者さんから「診察中一瞬でも目が合うと、それだけで安心する」と言われるそうです。その一瞬に心を込めて患者さんの気持ちを汲み取ろうと努めていらっしゃる証です。忙しくてもほんの一瞬の手間を惜しまない。その一瞬の手間こそが思いやりであり患者さんへの感謝と愛情です。

4回にわたって医療接遇について考えてきました。病院全体に接遇意識を定着させるのは容易なことではないかもしれません。しかしながら、医療が高度になればなるほど、医療接遇は地域社会での存在価値と医療の質を高める上で欠かせない医療スキルになっていきます。

医療は人を介して行われるものだからです。ぬくもりを感じられる空間、思いやりが心に響く空間こそが、患者さんに選ばれるより良い病院のあるべき姿だと思います。

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