コラム
経営に役立つ原価管理
-第6回 (まとめ)儲けるための原価管理導入優先付け
2019年8月
まとめ1:儲けるための原価管理導入優先付け
終わりに、本コラムで提唱した儲けるための原価管理を実際に適用される場合の優先度を想定してみたいと思います。
読者からも、「当社の現状では、どれから始めて良いのか、たくさんの選択肢があり、迷ってしまうし、生産管理の情報も十分整備されているわけではないので、本稿で提起されているプラクティスを実施する前に業務整備事項は何かを考えておかなければかなけれなならないことも多々ありそうだ。そのあたりも細かいガイダンスがほしい」というリクエストも寄せられています。
紙面上の制約もありすべてにお答えすることはできませんが、筆者の方針として「すぐにできそうなこと」「経済的な効果が高いもの」から優先的に実施されるべきかと考えます。
結論としての優先方針は、以下の3点です。
- 近い将来MES/IoT装備が図られる可能性の高い製造工程では、今実施してもまたやり直しが必要となり無駄になるので、製造工程下流での実施は将来に預ける。
- 当面MESやIoT化が予想しにくい商物流主体の購買プロセスなど、上流工程から経済的効果が高いものから実施に着手する。
- “儲ける”のキーとなる活動時間情報収集は工程のMES/IoT 装備後が望ましいが、「これだけは、どうしても現状の運用範囲でやってみたい」は実施する。
具体的な施策は下記のとおりとなります。
材料購入価格析変動要因分析 (第1回図表1-2「材料価格変動要因解析」)
購買工程で扱う資源は材料であり、材料費は売上高の50%近くなる企業も多く原価構成として最も高いところです。
購買プロセスの原価情報管理はソリューション領域としても独立性が高く進めやすい領域です。
実施する内容はMRP展開からサプライヤーへの発注に繋がり、予定価格と実際発注価格および実際の受入価格との価格差異を管理するプロセスとなります。発生した購入価格差異に対する要因を入力し、差異をデータとして収集します。
一方運用面を考えますと差異の要因入力は、人的負荷が高いプロセスでサプライヤーの支援も期待したい業務領域です。近年サプライヤーはこの領域で部材の多品種が進み、購買業務の負荷が高くなった製造業顧客に対するアウトソーシングサービス(BPO)を展開し始めています。
本コラムの購買価格変動分析も、このような購買BPOベンダーが情報サービスの一環として提供してくれることを期待したいところです。
部品への関税コード設定と原産地証明情報(工程表・原価明細・付加価値率等)連携
輸出取引における優遇関税締結国の通関処理で近い将来、輸出品がメイドインジャパンである基準をクリアしていることを自主証明するプロセスが予定されており、そのために必要な部品の原価明細情報のリンク付けを行うことが必要となりそうです。部品表に直接登録することは部品表ベンダーと技術的に相談することが必要ですが、早急に検討を進めなければならないでしょう。
国同士が自由貿易協定を締結しても輸出企業に原価情報の管理能力がなければ、従来の高い関税負担で販売するしかなくなります。また、それ以前に部品材料にHSコード※注1(関税品目コード)を付番する整備事項は最低限やっておかなければならないことです。
- ※注1:「商品の名称及び分類についての統一システム(Harmonized Commodity Description and Coding System)に関する国際条約(HS条約)」に基づいて定められた関税コード番号
製品別工程別標準原価の策定の前段階として実際原価情報の正規化(異常値の抽出と除去)
現状の工程別実際原価情報から、同一品目の時系列の原価実績を比較して、異常値の識別による除去を行い統計処理による正常実際原価を割り出す作業があります。正常化した実際原価から、標準原価に近い概念の予定原価が導出されます。(第5回図表27「原価標準値更新モデル」)
正常原価が基盤になければ意味のある原価計算はできないでしょう。
MES/IoTを使わない手作業(EXCEL等)による原価計算でも、異常値除去はやっておくべきプロセスです。
原価予算に使用する要素別原価の売上高対比率、回転率の設定
年度や半期ごとの原価予算を策定するために、売上高対比で材料費や労務費、製造間接費などの要素別原価の比率および各棚卸資産の回転率を予算基準情報として算定し、また過去実績との対比を行う必要があります。
この比率算定に用いる実際原価は、やはり異常値を除去した正常実際原価であるべきです。
原価シミュレーションのための製品別利益・キャッシュフロー体系策定
自社の損益計算・製造原価計算およびキャッシュフロー計算体系とKPIを図表30の右表のように統合し、各費目の金額を標準単価×投入/産出数量で集計できるように構造化します。
この構造化した計算式に、図表30の左表のような事業環境の変化に対応したパラメータを入力し、入力結果によるKPIの変動を確認します。
投入効果はトレードオフの関係もあるので、最終のキャッシュフロー値が是非の判別基準になるでしょう。
製品別時間あたり貢献限界利益可視化
MESやIoT導入前は会計情報の製品別の在庫回転日数を製品別のリードタイムの近似値として算出し、製品別限界利益÷製品別在庫回転日数で割った時間当たり限界利益で製品の収益性を評価することができます。
第2回図表3「製品MIXの儲かる方向は何か」で「企業への貢献を表象すべき製品群」「もっと営業のモチベーションを上げて拡販推奨すべき製品群」「工程LT短縮検討製品群」「撤退を検討すべき製品群」とメリハリの効いた製品戦略実施が可能になります。MES/IoT導入後は製品別時間当たり限界利益の精度が向上するでしょう。
まとめ2:MES/IoT活用以降の活動基準原価管理実施のための基盤整備総括
本コラム第5回以降の活動基準原価管理は、運用上、 MES/IoT活用が前提になるでしょう。
そのための基盤整備としては下記のとおりとなります。
- 原価要素を活動原価と購買原価のマトリクス(二次元)で定義する。(第3回図表9-1「原価企画のためのマトリクスによる構造化、可視化」)
- 活動は「顧客価値創造活動」「品質管理活動」と「付随活動」に区分し設定する。(第3回図表10「製品の顧客価値工程と付随工程の原価管理」)
サプライチェーン、生産活動を活動で科目定義する必要があります。
検査/品質保証活動は、全部門が何らかの活動で共有しているという概念で第4回図表11(「活動基準による品質活動原価費目」)のように活動費目して定義する必要があります。 - 活動時間をMES/IoTで測定する情報処理システムを構築する。(第5回図表25「活動毎の時間測定をMES/IoTで自動収集」)
以上のように、優先付けはMES/IoT 装備のない環境からでもできるところ順次実施を先行していくべきでしょう。
本コラムを長期間ご精読ありがとうございました。
読者企業様のご発展に役立てていただければ幸甚です。