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経営者がリードする「危機管理」

危機管理は「陰の経営管理」

近年、企業トップが謝罪会見に臨む姿をよく目にする。謝罪会見に失敗すると企業イメージを下げ、従業員のモチベーション低下や商品の売上減を招き、採用面で優秀な人材が集まりにくくなるなど、さらなる危機を招きかねない。こうした緊急事態に備える危機管理は経営管理の一分野。収益の拡大を目指す生産管理や販売管理と並んで、経営者が企業を存続させるためにするべき重要な業務のひとつで、いわば「陰の経営管理」ともいえる。

日本企業の危機管理が大きく進む端緒となったのは、1995年の阪神・淡路大震災といわれる。その後、2011年の東日本大震災を経て防災対策が進み、2017年度の調査では7割を超える中堅企業が「事業継続計画(BCP)」を「策定済み・策定中・策定予定」だと回答している。

しかし、企業を取り巻く危機は天災だけでなく、人災により起きるものも多い。どのような危機が存在するのか、まとめたものが以下の表だ。

危機項目 おもな内容
天災 地震、津波、台風、洪水、噴火、豪雪、異常気象
不可抗力な人災 テロ、政変・紛争、暴動
企業の過失 火災、爆発、業務上のさまざまな事故
欠陥商品・サービス 異物混入、食中毒などの健康被害、設計ミス、不当表示、品質クレーム、対応クレーム、システムの故障、データ消失、ウイルス感染
企業の違法行為 独占禁止法・会社法などの法律違反、脱税、粉飾決算、証券取引法違反、インサイダー取引、詐欺行為、贈収賄行為
取引上のトラブル 取引先企業の倒産・経営悪化、大口取引の停止、契約トラブル、金利変動、為替リスク
人事・労務上のトラブル リストラ・解雇、パワハラ・セクハラなどハラスメント問題、人種差別、個人情報漏えい、機密情報漏えい、内部情報漏えい、過労死事故、安全管理義務違反、バイトテロ
経営上のトラブル 経営者・役員・従業員の不祥事、スキャンダル、内紛問題、経営幹部の突然の喪失
環境問題 産業廃棄物処理、有害物質流出、環境汚染
不安情報 誹謗中傷、SNSのデマ情報、マスコミの誤報、風説被害、敵対的買収

二次災害を最小限に抑える

天災は事業者にとって不可抗力であり、いくらBCPや危機管理ガイドラインを整備しても損害を防ぎ切れないことも多いだろう。一方で、危機を想定し事前に備えることで、従業員の生命や事業を守れる可能性が高まることも間違いない。要は一次災害は防げなくても、二次災害を最小限度に抑えることが危機管理の鉄則。原子力発電所事故がそうであったように、危機の最初の引き金は天災でも、人災が二次災害を広げたケースは決して珍しくない。

さらに近年の傾向として、危機のグローバル化と巨大化が挙げられる。2008年のリーマンショックでは、米国の投資銀行の破綻をきっかけに世界経済が混乱に陥った。また近年、SNSの普及により誰もが情報発信できるようになり、企業が目配りしなくてはならない範囲が飛躍的に拡大した。情報が拡散するスピードもかつて経験したことがない速さになり、新聞やテレビなどの大手メディアで発信される前に、インターネットで一気に広まることも少なくない。

初動対応の3つのポイント

危機の被害を最小限に抑えるために、なによりも大切なものは「初動対応」だ。初動対応には、次の3つの基本原則がある。

  1. (1)危機情報を隠さない
  2. (2)楽観的推測にすがらない
  3. (3)迅速に行動する

(1)の「隠さない」は、不祥事やトラブルが起きたときにとりわけ注意が必要だ。「隠す」と聞くと、隠ぺい工作や関係者への口止めなど、積極的な行為を思い浮かべる人が多いだろうが、現実には単純に「報告しなかっただけ」というケースが多い。報告しない理由は、「上司が怖くて言えない」「大した問題だと思わなかった」「誰かが報告するだろうと思った」など。危機発生直後に報告するタイミングを逸すると、「今更言えない」「自分たちで何とか処理しよう」という心理が働き、問題はどんどん深刻化していく。

経営者にとっては実に歯がゆい事態だが、これを防ぐためには日頃からものが言いやすい風通しのいい環境を整え、報告・連絡・相談を徹底するよう指導するほかない。従業員全員と定期的に面談の場を設け、「最近気になっていることはないか?」と尋ねるのもひとつの方法だ。従業員が「大したことではない」と思っていても、経営者はトップの視点から独自の嗅覚を働かせたい。

(2)の「楽観的推測にすがらない」は、危機に陥ったときにありがちな心理行動に釘を刺すものだ。自分たちの身に問題が降りかかったとき、人はどうしても事態を過小評価しがちだ。時間が経過するにつれ被害件数や被害者数がどんどん増えていったり、社内に思わぬ原因があったことが後日判明するのがこのパターンで、当初の報告をよく調べずに鵜呑みにすることで傷が大きくなる。

この場合、経営者は信じたくない悪い情報ほど重視し、部下にも勇気を持って最悪の見込みを伝えるよう命じるべきだろう。楽観的推測にすがったまま外部に発表すると、後日に訂正を繰り返したり、他者に責任転嫁したと誤解されかねず、企業イメージを大きく損ねてしまう。とくに未確認情報はひとり歩きしがちなので、報告・発表するときは「あくまでも未確認情報である」と付け加えるべきだ。

危機対応はスピードが命

上記の(1)(2)を踏まえながら、経営者は(3)「迅速に行動」しなくてはならない。危機を把握したら社内に対策本部を設置し、初動対応の方針を1~2時間で決定する。深刻な危機なら、すべての従業員に通常業務とは異なる業務を命じることもあるだろう。言うまでもないが、ここまでできるのは経営者だけだ。

迅速に動くためには、経営者にいち早く報告が上がって来る体制の整備がなにより必要だ。下から上への緊急連絡ルートをあらかじめ構築しておくのか、それとも社長の携帯電話番号を一定範囲の社員が共有するのか、企業規模にもよるが、1分1秒でも早く経営者に第一報を知らせることを徹底させる。また、第一報は必ずしも社内から上がって来るわけではなく、警察・消防・保健所や消費者、近隣住民、マスコミなどから知らされることもある。なかでもマスコミ関係者は企業のトップと直接接触を図ろうとするもの。第一報がマスコミ関係者からもたらされ、「経営者が知らなかった」という事態を避けるためにも、報告のスピードが問われる。過去の事例を見ても、こうした初動対応を誤ると単なる「事故」が「事件」になってしまうので、注意が必要だ。

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