労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集(第32回)
帰宅後・休日も携帯電話での対応を義務付けたら勤務にカウントすべきですか?
2021年1月
Q. 帰宅後・休日も携帯電話での対応を義務付けたら勤務にカウントすべきですか?
当社では、対応の難しい緊急案件が発生したときのために、帰宅後・休日でも携帯電話で業務対応を行うことがあります。実際に対応した時間は勤務だと思いますが、それ以外の部分も労働時間になってしまうことはありますか。
A. 最高裁のビル管理事案とは異なり労働時間には原則該当しない
(1)最高裁が示した基準
労働時間についての有名な最高裁判決でビル管理人の仮眠時間が問題になったものがあります。ビル管理人は24時間勤務の中で2時間の休憩、8時間の仮眠時間が付与されていました。仮眠時間中はビル内の仮眠室に待機し、警報が鳴るなどすれば直ちに所定の作業を行うよう指示されていましたが、基本的には仕事には就かず睡眠をとってよいことになっていました。
最高裁は、このような事案につき、不活動仮眠時間に実作業に就いていないというだけで労働時間にならないわけではなく、労働からの解放が保障されていなければならない、と判示しました(最高裁平成14年2月28日判決・労経速1792号28頁)。
労働からの解放保障、つまり警報が鳴っても対応せず寝ていてもよいという状態なら労働時間にならないという考え方です。そのため、オフィスに出社した社員にお昼の時間帯に机の前に座って電話番をするよう命じた場合、電話が鳴れば対応しなければならないわけですから、労働からの解放が保障されていたとはいえず、その時間は労働時間としてカウントする必要があります(実務的には休憩一斉付与除外の労使協定を締結するなどした上で別の時間帯に休憩を取らせます)。
(2)本件の評価
上記の最高裁の基準を当てはめると、帰宅後・休日も携帯電話が鳴れば対応を義務付けられているというのですから労働時間に該当するようにも思われます。しかし、この種の事案は労働時間にカウントしなくてよいと解されています。
その理由は2つあります。第1に、最高裁のビル管理の事案はビル内の仮眠室に待機するという場所的拘束を伴う事案でしたが、本件で事業所内にいなければならないという場所的拘束はありません。自宅にいてもよいですし、コンビニ等に外出することも可能です。第2に、ビル内の仮眠室で管理人として仮眠を取るのと、自宅に帰って家族と触れ合ったりテレビやスマホを見たり趣味の時間を過ごしたりする時間は質的に異なります。本件の実質は生活時間であり業務性に乏しいものです。
このように、最高裁が前提とする場所的拘束がないこと、生活時間としての実質を有することから、実際に対応した時間のみを勤務と認めればよく、それ以外の部分は労働時間に該当しません。ただし、引っ切り無しに電話がかかってくるため生活時間としての実態が失われる場合には労働時間と認められる可能性もあるため注意が必要です。
(3)実務上の留意点
もっとも、労働時間に該当しないとはいっても帰宅後・休日にも対応を求めるというのは従業員に負荷を及ぼすものです。実務では、対応指示(業務命令)の有効性を確保するために一定の手当を支給する運用も行われています。この手当は労働時間への対価ではないため最低賃金を下回ったものでも構いません。
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筆者プロフィール
橘 大樹(たちばな ひろき)
石嵜・山中総合法律事務所 パートナー弁護士
専門分野 労働法(企業側)
慶応義塾大学法学部法律学科、一橋大学法科大学院卒業。司法試験合格後、司法修習を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、石嵜・山中総合法律事務所に入所。労働法を専門分野として、訴訟、労働審判、団体交渉などの紛争対応、顧問企業からの法律相談、労務DD、労基署対応などを行う。
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