労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集(第33回)
メンタル不調で休職した者を軽易業務で復職させる必要はありますか?
2021年2月
Q. メンタル不調で休職した者を軽易業務で復職させる必要はありますか?
メンタル不調で私傷病休職に入った正社員がいます。休職から1年近くが経ち、当社の就業規則上の休職期間の満了を迎えようとしています。そうした中、本人から「正社員業務での復職は体調的に厳しいが、週3日、軽易な業務での復職を認めてほしい」という要求がありました。
A. 正社員としての職務遂行が可能な状態に回復したとは認められない
(1)労働法の考え方
私傷病休職における復職要件である「治癒」とは、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したことを意味します。つまり、その社員が労働契約上求められる職務を十分遂行可能な状態まで復調したということです。
ただし、休職期間満了時において、100%の状態まで回復していなくても、ほどなくそのように回復すると見込まれる場合には、経過措置的に軽易業務に就かせる配慮を行うべきとされています。あと1~2か月あれば100%の状態まで戻れるのであれば、その期間中に限って配慮を求めるものです。
また、うつ病などのメンタル疾患においては、当初から100%の職務に戻るのが性質上難しいため、主治医診断や産業医の意見も参考にしながら、段階的に元の業務に復帰させていく配慮も求められます。
このように、復職要件は100%の状態まで復調するのが原則論ですが、[1]ほどなく回復する見込みがある場合の経過措置、[2]段階的に元の業務に復帰させていく配慮が求められる、というのが労働法上の考え方です。
(2)設問について
本設問の復職要求は、正社員としての職務を遂行することを前提に、段階的・一時的に「週3日・軽易業務」に就かせてほしいという話([2])ではありません。また、ほどなく正社員としての職務遂行が可能な状態まで復調する見込み([1])が証明されているわけでもありません(メンタル疾患の性質上、そのような証明は実際上難しいでしょう)。
これからずっと「週3日・軽易業務」で働かせてほしいという要求です。このような状態では、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したとは認められないため、復職要求に応じる必要はありません。
裁判例においても、「総合職としての複雑な業務の遂行に堪え得る程度の精神状態にまで回復していたとはおよそ認めるに足りない」「復職に当たって検討すべき従前の職務は、職員が本来通常行うべき職務を基準とすべき」と述べ(前者は東京地裁平25.1.31判決、後者は東京地裁平16.3.26)、軽易な業務に就ける状態になったから治癒したとはいえないとして休職期間満了による退職を有効と認めています。
これに対し、復帰当初は軽易業務に就きながら、徐々に正社員としての職務遂行(100%)へと復帰していきたいという要求については、上記[2]が求められるため、主治医診断や産業医見解にもよりますが、配慮を検討する必要があります。しかし、あくまで段階的な措置であり、継続的にそのような勤務を認める必要まではありません。
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筆者プロフィール
橘 大樹(たちばな ひろき)
石嵜・山中総合法律事務所 パートナー弁護士
専門分野 労働法(企業側)
慶応義塾大学法学部法律学科、一橋大学法科大学院卒業。司法試験合格後、司法修習を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、石嵜・山中総合法律事務所に入所。労働法を専門分野として、訴訟、労働審判、団体交渉などの紛争対応、顧問企業からの法律相談、労務DD、労基署対応などを行う。
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